記事1『筋ジストロフィーの標準治療』では、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを中心に、筋ジストロフィーの病態についてご説明しました。筋ジストロフィーの治療は現在、対症療法としてのリハビリテーションをはじめ、病型によってはステロイド療法などの薬物治療が行われます。
しかし、今のところ根本的な治療法はみつかっていません。このような現状を打開するため、国立精神・神経医療研究センター病院臨床研究推進部長、小児神経診療部医長の小牧宏文先生は「エクソン53スキップ」という新しい治療法の開発に尽力されています。また、患者さんが新しい治療法にいち早くたどり着けるための登録サイト「Remudy」にも関わっておられます。今回は、筋ジストロフィー治療の新薬開発に向けた小牧先生の取り組みと、Remudyの仕組みについてお話しいただきました。
筋ジストロフィーの場合、初期治療としてはリハビリテーションが非常に重要になります。ストレッチやマッサージに取り組むことで、筋が硬くなるのをある程度予防することができます。
ステロイド療法は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する有効性が確認されている治療法です。ステロイドで筋力低下の進行を遅らせることで、歩行障害になるまでの期間を2年程度延長できるとされています。また、呼吸不全や心不全の発症や進行を遅らせ、脊椎が曲がってくる側弯症(そくわんしょう)を予防する効果も期待できます。
現在、世界中でデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する治療薬が開発されています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、「ジストロフィン」という蛋白がうまく体内で生成できない病気です。デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの重症度が異なる理由には、このジストロフィンの生成量が関係します。
デュシェンヌ型はジストロフィン生成がまったく欠損しており、ベッカー型は多少作られてはいるものの、不十分な状態にあるのです。ですから、全く欠損しているデュシェンヌ型のほうが症状は重くなります。
後述するエクソン・スキップは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーをベッカー型筋ジストロフィーの状態に持ってくる(ジストロフィンが少しだけ生成できるようにする)ということを目指した治療法です。
ジストロフィン遺伝子のなかには、「イントロン」と「エクソン」というふたつから成ります。エクソンを最後まで順番に読み取ることで、正常のジストロフィンが作成されることになります。ところが、どこかのエクソンが変異すると、変異した先のエクソンを読み取ることができず、ジストロフィンを生成することができません。たとえば、50・51・52番のエクソンが生まれつき変異していると、遺伝子にずれが生じてしまいます。このずれがジストロフィンの生成に影響をもたらします。
日本にはおよそ3000人~4000人のデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんがいると推定されています。
製薬企業が日本のみで莫大な費用をかけて、新薬を作れる余裕はあるのかという問題は残ります。ただし、これが世界規模であれば、開発の見込みがあります。
実際、治験にまでたどり着いているものはたくさんありますし、いったん研究が進みだすと企業も動きはじめますから、協力体制が可能になります。
現在私たちが研究を進めているエクソン53スキップは、国立精神・神経医療研究センターと日本新薬株式会社の共同開発で進められているものであり、2013年より同センターで第Ⅰ相試験が行われ良好な結果を得ることができました。その結果、2015年10月に厚生労働省より先駆け審査指定制度(有効な治療法がなく命に関わる疾患に対し、革新的医薬品等を世界に先駆けて日本発で早期に実用化すべく国内での開発を促進する制度(日本新薬より))の指定を受け、日本に加えて米国でも第Ⅰ/Ⅱ相試験が開始されることになりました。
*参考リンク
・日本新薬ニュース「デュシェンヌ型筋ジストロフィー治療剤「NS-065」の 米国での前期第Ⅱ相臨床試験開始についてのお知らせ」
※エクソン53スキップは、ジストロフィン遺伝子のエクソン42-52、43-52、45-52、47-52、48-52、49-52、50-52、52が欠失した遺伝子の病型の患者さんが対象です。
エクソン53スキップは、53番目のエクソンを「人工的に読まなくする(スキップする)」ことでエクソン配列のずれを是正し、短縮型ジストロフィンを生成するという仕組みを持った治療です。53番目のエクソンが抜けると、ジストロフィンの長さは短縮しますが、ずれは修復されます。ずれが生じると全く異なる違う暗号になってしまうため、ずれの是正によってかなり病状を回復させることができます。
Remudyは、筋ジストロフィーをはじめとした神経筋疾患の患者さんのために、新しい治療を開発することを目的とした患者登録システムです。Remudyに国際間共通の項目から成り立つ情報を登録していただき、国内外を問わず患者さんと研究施設、製薬企業をつなぐ仕組みになっています。登録していただいた患者さんのもとには、定期的に筋ジストロフィーに関係した治験など、最新医療情報が届きます。
<Remudyの目的とポイント>
●目的
リクルート:患者さんが臨床研究・治験にスムーズに参加できる
実態を知る:臨床研究・治験の立案のための基礎データ臨床研究を実施
●ポイント
・患者さんが起点
・グローバルシステムの構築
・品質管理
・経時的なデータ収集
Remudyには、現在1500人近くの患者さんに登録していただいています。このような世界規模でのつながりを利用すると、前述したエクソン・スキップという治療法の開発も不可能ではなくなります。
とはいえ、エクソン・スキップの治験対象となる患者さんは非常に少ないのが現状です。そのため、患者さんを募集する仕組みを整えています。
治験を行う施設も少ないので、こうしたネットワークを作って臨床研究や治験を勧めようと活動することは、開発を進歩させるためにとても重要なことです。
現在はエクソン・スキップの対象となる患者さんが皆さん治験に参加されており、これからさらに進歩することが期待できます。
現在の標準治療は、リハビリテーションやステロイド療法、人工呼吸器、心筋保護治療、側弯手術、車椅子の使用など、個体としてのヒトに対する治療法が中心です。今後は、この治療の標準を個体から臓器・細胞・蛋白質・RNA・DNAと徐々に遺伝子レベルに変化させていく必要があると考えます。
エクソン・スキップなどは治験段階であり、遺伝子治療、再生医療、iPS細胞に至ってはまだ動物実験段階ですが、これらの治療法が確立されていくにつれ、筋ジストロフィーをはじめとした希少疾患治療の開発が進んでいくでしょう。前述したRemudyの発展も、治療の開発に非常に有用なものだと考えています。
今回主に説明してきましたエクソン・スキップと呼ぶ方法以外にも様々な種類の治験が行われています。また現在はデュシェンヌ型が主に治験の対象となっていますが、今後は他のタイプの筋ジストロフィーや筋疾患でも治験を行えるような環境作りを行っていきたいと考えています。
エクソン・スキップ療法は、現在のところまだ開発段階ですが、日本新薬と共同開発のもと、これから新しい治療法を確立させるために研究開発を続けていきます。
今後は筋ジストロフィーの患者さんにとって治療の選択肢が広がっていくでしょう。
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本臨床薬理学会 臨床薬理指導医
熊本大学医学部卒。標準的診療(現在提供可能な治療法、ケア)を基盤として臨床研究・治験を展開していくことで、医療全体の向上を大きな目標としている医師のひとり。現在は国立精神・神経医療研究センターに勤務し、特に筋ジストロフィーをはじめとした希少疾病の新しい医療ならびに開発モデルの提案や、効率的・効果的な臨床研究支援体制(Academic Research Organization: ARO)の構築を行っていきたいと考えている。
小牧 宏文 先生の所属医療機関
関連の医療相談が7件あります
DMDの治療薬について、ご教示ください
私の弟に関する相談です。 DMD患者で、エクソン46から50の欠失です。 ①エクソン51スキップに応答する変異ジストロフィン遺伝子を有しているという理解で宜しいでしょうか。 ②FDAで迅速承認された、核酸医薬品であるExondys51はPOCが取得できていないようです。そのため、PMDAは承認しないでしょう。私の弟が使用できる可能性があり、最も上市の可能性が高いパイプラインをご教示ください。 何卒、よろしくお願い申し上げます。
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お世話になります。 男性なのにお恥ずかしい話ですが、最近胸の大きさに左右の差がハッキリと出るようになりました。 具体的には右の胸が痩せて、左側そのままというような感じです。 これは何らかの病気等の可能性がありますでしょうか。 ここのところ、体調がすぐれず、ネットで調べるとalsと類似した症状があり、この胸の件もそうではないかと思い、心配しています。 よろしくお願いいたします。
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肉割れの部分がよく赤くなるとかは聞くんですが、青かったり痛みがあったりはするもんですか? 青くなっていて結構深く切れてる感じがします 表面の皮膚ってよりはなかの脂肪まで切れている感じです。 それも肉割れなんでしょうか。
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