筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)や筋ジストロフィーなど進行性の神経・筋疾患や、遺伝性痙性対麻痺、HTLV-1関連脊髄症(HAM)などの脊髄疾患では、徐々に運動機能が低下し日常生活に影響が及びます。歩行機能が低下するスピードは病気の種類や患者さんによって差がありますが、その歩行機能を改善する効果が認められ、病気全体の進行のスピードも緩やかにすると考えられているのがロボットリハビリテーション(以下、ロボットリハビリ)です。
今回は、独立行政法人国立病院機構新潟病院 院長の中島 孝先生に進行性の神経・筋疾患、脊髄疾患とロボットリハビリの重要性についてお話を伺いました。
神経・筋疾患とは、何らかの原因で脳や脊髄にある運動ニューロンの病変が起き末梢神経を介して筋への信号伝達が上手くできなくなる場合と、筋自体の機能が低下し筋が萎縮する場合の病気の総称です。神経・筋疾患は通常進行性で、代表的なものとして、筋ジストロフィーやALSなどが挙げられます。
また、進行性の脊髄疾患では、脊髄そのものが何らかの原因によって障害され、脳から運動ニューロンへの信号伝達が上手くできず、運動機能の低下が徐々に進んでいきます。HAMや遺伝性痙性対麻痺が例として挙げられます。
これらの病気では、座った状態から立って自分の力で歩くなどの日常生活機能が障害されていきます。こうした状況に直面することで、患者さん自身が次第に“できることが減っていく”と元気を失ってしまう原因となります。
これら進行性神経・筋疾患に対してはリハビリがとても重要と考えられてきました。病気の進行スピードは病気や患者さんごとに異なりますが、リハビリを実施すれば、前向きな気持ちになり運動機能を改善できるはずなのではと考えられてきたのです。しかしながら、これらの病気に対して一律に通常のトレーニング方法を行っても、苦痛や疲労感につながるだけでした。たとえば体の状態を見極めずに“毎日スクワット20回”など筋力トレーニングを行っても、筋や神経系に不必要なダメージを与えてかえって病気を悪化させてしまうのです。
標準的なリハビリ方法は今までまったく開発されず、進行性神経・筋疾患患者さんにリハビリを行う際には医師や理学療法士と相談しながら患者さん一人ひとりの状態に合わせた内容を地道に行って、運動機能の低下を穏やかにするしか道はありませんでした。
進行性神経・筋疾患、脊髄疾患のうち特定の病気は、医師主導治験1,2)でロボットリハビリの有効性と安全性が検証され、歩行機能の改善を目的にロボットを用いたリハビリを行うことが健康保険診療(J118-4 歩行運動処置、ロボットスーツによるもの)として認められています。
この医療用リハビリロボット(一般名:生体信号反応式運動機能改善装置3))は、歩行する際に、皮膚表面に貼り付けた電極を介して脳からの運動意図を反映する生体電位信号を受け取ると、その信号(つまり装着者の意思)に合わせて装着した医療用リハビリロボットが下肢の動きをアシストします。患者さんが自らの歩行運動を行う際に、医療用リハビリロボットによる正しい歩行動作が起き、患者さんの歩行機能に関する神経・筋系はフィードバックを受けて正しく変化していきます。
1) https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2092220156
2)https://doi.org/10.1186/s13023-021-01928-9
3) 生体信号反応式運動機能改善装置(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/kikiDetail/GeneralList/22700BZX00366000_A_03)
進行性神経・筋疾患、脊髄疾患のうち保険診療でロボットリハビリを実施できるのは、以下の病気によって歩行機能が低下している場合です。
・SMA
・球脊髄性筋萎縮症(SBMA)
・ALS
・シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)
・遠位型ミオパチー
・封入体筋炎(IBM)
・先天性ミオパチー
・筋ジストロフィー
・HAM
・遺伝性痙性対麻痺
ただし、装着者の体重が40~100kgであること、身長150~190cm程度、または大腿(脚の付け根から膝)や下腿(膝から足首)の長さ、腰幅など体のサイズが医療用リハビリロボットに合い装着が可能であることが、ロボットリハビリを行ううえでの前提条件となります。足が変形しており床に足がつけられない場合、転倒予防装置の装着が難しい場合、センサーを貼り付ける部位に皮膚疾患がある場合、骨粗しょう症で骨がもろくなっている場合などは、ロボットリハビリを実施できない条件といえます。ペースメーカーのような体内植込み型の能動医療機器・電子装置を使用している場合には医師の立ち合いが必要です。
ロボットリハビリは、進行期においても導入できますが、転倒予防装置をつけ、両足底を床につけ、立位姿勢がとれることが必須です。いつから使えるかなどの可否や時期の見極めには、まず一度、実際に試してもらうことも有用です。「歩行障害があるが、医療用リハビリロボットを装着して歩行したら、外した後にいつもよりも歩きがよかった」「外した後、歩く感覚が分かって立ち上がりやつかまり立ちが安定した」などの効果が感じられる場合は、とてもよいタイミングといえます。反対に、医療用リハビリロボットを装着しても疲れるだけで効果が分からない(装着前と外した後の体の動きが変わらない)場合は、時期が合っていないか装着方法が適合していないと考えられます。
実際にロボットリハビリを行うには、まずはロボットリハビリを行っている病院の脳神経内科やリハビリテーション科などを受診する必要があります。外来で診察を行い、診断の確認、脚長測定、筋力評価と日常生活動作に関するヒアリングなどを行い、医療用リハビリロボットの適応があるか確認します。その際に、施設見学と医療用リハビリロボットの試着を行える場合があります。適応があると判断された場合は、具体的な治療計画を立て入院する時期を調整します。
当院では原則、初回のロボットリハビリは入院して行います。当院における一般的な1回の入院期間は3~4週間ほどを推奨しており、週3~5回の頻度で全9回程度ロボットリハビリを行い、これを1コース(1クール)としています。また、この入院期間には医療用リハビリロボットを用いない体調を整えるリハビリを並行して行います。初回は集中してリハビリに取り組むため入院をおすすめしています。ロボットリハビリを継続する場合、2クール目以降は通院でリハビリを行う方もいますが、リハビリ期間は他のことを忘れ意識を集中して行うことが重要です。クール間(ロボットリハビリを行わない期間)は平均3か月程度ですが、患者さんの状況に合わせて柔軟に対応しています。当院の患者さんには、年に2~3回入院して1回の入院時に9~12回ロボットリハビリを集中して行う期間を設け、それ以外は数週間に1回通院で実施している方もいます。
初回のロボットリハビリでは、転倒予防装置をつけ、両足底を床につけ、立位姿勢がとれることが確認されていれば、まず左右の脚に電極を貼り付けケーブルを取り付けます。次に、転倒を防止するために、患者さんの体にパラシュートで体を固定するような形のハーネスやスリングなどを装着し、転倒予防装置とフックで接続します。その後、医療用リハビリロボットを装着します。電位(生体信号)を測定しながら足を動かし医療用リハビリロボットの調整を行った後、実際に約20分(〜30分)歩行練習を実施します。装着された医療用リハビリロボットが患者さんの意思でスムーズに動き、専用シューズの床反力センサー(動いた時に足底にかかる力を計測する装置)が動作している必要があります。2回目以降も同様に歩行練習をしながら医療用リハビリロボットの調整を行います。順調に進めば、回数を重ねるごとに徐々に歩行距離が伸びていきます。ただし、最初のうちは連日ロボットリハビリを行うと疲労などが生じるため、医療用リハビリロボットを用いるのは1~2日おきにして、ロボットリハビリを行わない日はマッサージや体の調整をして理学療法士と歩行の振り返りをしながら進めていきます。
私たちの経験では、多くの方がロボットリハビリの初回や2回目で、自分の想定よりも歩行がうまく行くことに驚き、効果を感じるように思います。そして、自分自身の足で歩ける喜びや楽しさでいっぱいの顔になりリハビリに前向きになります。慣れてくると週5回行うことができる方もいます。1クール終了するごとに徐々に効果が積み重なり、進行性の病気でも数年間にわたりロボットリハビリ前より状態を高く保てる方がいます。私たちのグループは、まさにこうした笑顔や喜び、それによって前向きな気持ちになることこそ、ロボットリハビリを行ううえでとても重要だと思うのです。
実は、進行性神経・筋疾患、脊髄疾患においてリハビリは無効、あるいは逆効果といわれることがあります。今までは“一定の方法でこれを実施すれば改善する”という方法はなく、個別に患者さんに合わせて、医師や理学療法士と患者さんが話し合いながらリハビリを行うしかありませんでした。
しかし、この医療用リハビリロボットを用いたリハビリは定められたやり方で適切な回数を実施することで、歩行機能の改善効果が安全に得られることが正式な臨床試験(医師主導治験)を通じて検証されています1,2)。
このロボットリハビリ歩行では、医療用リハビリロボットを装着していても“自分の足が動いているという感覚”があります。ロボットが動いている・ロボットに動かされているのではなく「自分が自分の意思で足を動かしている」という感覚で歩くことができます。これは、実際に脳からの“体を動かす”という指令を医療用リハビリロボットが受け取り正しく人をアシストし、人とロボットが一体となって歩行が可能になったことで実現されました。このロボットリハビリのことを別名、サイバニクス治療と呼んでいます。これは単にロボットによって下肢が動かされるのではなく、“自分の運動意思によって自分の下肢を動かしたという感覚”が脳にその都度返されることで自分自身の脳神経系の可塑性が促進され、疲れなく反復することで、歩行機能が改善されるという治療原理を表す言葉です。
また“自分の意思で自分の足を動かせた”という感覚は心理的にも非常によい影響をもたらします。私たちの経験では、多くの方が初日や2回目からロボットリハビリでは自分の足が自身で考えているよりも動くことを実感するように見受けられます。医療用リハビリロボットを外した状態で、自分の足が動く歩行感覚が賦活され歩行機能が改善し、自信がついてリハビリそのものを楽しく感じるようになり、積極的に取り組むようになるパターンが多々みられます。それによって歩行の速度や持久力、安定性などが改善し、さらに歩行で疲れにくくなるというよい循環がみられることもあるのが特徴です。ロボットリハビリが患者さんの笑顔を生み出している、といっても過言ではないのかもしれません。
ロボットリハビリでこうした効果を得るためには、必ず自分自身に合ったサイズの医療用リハビリロボットを、医師および理学療法士などのリハビリスタッフの下で使用する必要があります。専用シューズも含めサイズの合っていない医療用リハビリロボットを使用しても「動作が楽になった」という感覚は得られません。また、無理に使用し続けることで体に負担がかかり関節などを痛める可能性もあります。医療用リハビリロボットはS、M、L、Xのサイズ展開があるため、もしも通っている医療機関に自分に合うサイズの医療用リハビリロボットがない場合には、自分に合うサイズあるいは全てのサイズが用意されている医療機関を受診することを検討してください。
医療用リハビリロボットを用いたロボットリハビリは、子どもや知的障害がある方も行うことができます。ただしその際に必要なことは“本人がロボットと一緒に歩くことをそれなりに理解し納得したうえで取り組める気持ちになっているか”ということです。当院では、ロボットリハビリを行う本人が理解できる言葉や絵・写真で説明をし、段階的に導入したり、本人が楽しみながら取り組めるよう、積極的に声かけを行ったり、リハビリを実施するごとに用意したシートに好きなキャラクターのシールを貼ったりするなどの工夫を行っています。
進行性神経・筋疾患、脊髄疾患に対するロボットリハビリはとても有効ですが、開発が成功し保険承認されてから年数が経っていないため、認知度が高くないことが問題です。医療従事者も進行性の神経・筋疾患にはどんなリハビリも無効と信じている人がいます。医療用リハビリロボットを導入している医療機関も徐々に増えていますが、まだ病院の標準的な備品になっていないことも問題です。結果的に、現在、適応がある患者さんにロボットリハビリの情報が十分に届いていない点が課題であると感じています。こうした現状を受け、当院では患者さんから問い合わせがあった際には、患者さんのお住まいの地域でロボットリハビリを実施できる施設名を紹介しています。
以前は進行性神経・筋疾患、脊髄疾患に対しては“リハビリは効果がない”といわれていましたが、医療用リハビリロボットの開発が成功し、医師主導治験で安全性と効果が検証され、効果が期待できる歩行運動療法を行えるようになりました1,2)。次のステップとして、今後はロボットリハビリに関する正しい情報をさらに積極的に発信することで認知度を向上させ、1人でも多くの患者さんがロボットリハビリにアクセスできるようにしていくことが重要だと感じています。
現時点では、進行性神経・筋疾患、脊髄疾患に対しては、疾患修飾薬とロボットリハビリ、通常の個別リハビリを組み合わせていくというスタイルがよいのではないかと考えています。これらの分野では日本は世界をリードする存在です。そのなかでも特にロボットリハビリで重要なことは、できる限り継続したいと思えるプログラムを医師や理学療法士が患者さんと相談しながら作り上げていくことだと思います。
患者さんそれぞれに異なった生活があります。患者さん自身が、ロボットリハビリに前向きに取り組めるように考えを整えていくことも必要です。そのため自分の状況や思いを率直に相談したり、分からないことや不安なことを聞いたりできる医師や理学療法士に出会うことも大切です。
「リハビリ訓練を行うためには苦痛を乗り越えられる忍耐力が必要」ということはロボットリハビリにはまったく当てはまりません。ロボットリハビリでは“笑顔”でリハビリができると考えています。ぜひ医師や理学療法士と相談しながら進めてみてください。
独立行政法人国立病院機構新潟病院 院長、神経リハビリテーション研究室長
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