インタビュー

筋疾患における筋病理診断の重要性

筋疾患における筋病理診断の重要性
西野 一三 先生

独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第一部 部長

西野 一三 先生

この記事の最終更新は2016年03月23日です。

筋ジストロフィーミオパチーなど筋疾患の診断を行う上で、筋病理診断は非常に重要な位置を占めています。しかし、そのためには患者さんの筋肉の組織の一部を採取する筋生検を行ない、新鮮凍結固定という特殊な保存方法や染色法の技術が必要とされます。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所で疾病研究第一部の部長を務めておられる西野一三先生に、筋疾患における筋病理診断の重要性についてお話をうかがいました。

筋肉は力を発生させることに特化した臓器ですので、筋疾患の病態を突き詰めるといずれも筋力低下ということになります。もちろん発症時期や体のどの部分の筋肉が侵されているのかなどによってさまざまな分類がありますが、ほぼすべての筋疾患に共通することは筋力低下とその延長線上にある筋萎縮ということになります。したがって、実際に異常が生じている患者さんの筋肉から組織を採取する「筋生検(きんせいけん)」が不可欠なのです。

はるか昔の臨床家にはおそらく、筋肉の中で一体何が起こっているのか知りたいという強い欲求があったと思われます。そこから出発した筋病理学は臨床家が育てた学問であるといえます。ですから現在、世界的に有名な筋病理学者の多くは小児科医か神経内科医であり、病理を専門としている研究者はほんの一握りしかいません。その点が筋病理学のひとつの特殊性でもあります。

従来の筋疾患の概念や分類は主に病理学に基づいて形成されており、筋ジストロフィーの定義にも病理学的な概念が含まれています。したがって、原則的に筋病理・筋生検をしなければ診断がつけられないというのが今までの病理学のもっとも大きなルールであったといえます。

ところが今日では、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのような頻度が高いものについては、遺伝子診断が簡単にできるようになっています。痛みを伴う筋生検は行わずにいきなり遺伝子診断を行うということも実際に行われていますし、おそらく今後はそうなっていくと思いますが、少なくともこれまでの歴史においては、筋疾患を診るときには基本的に筋生検をして筋病理診断を行うことが大前提だったのです。

ですから現在でも、原則として筋疾患を診るときには筋病理診断を行うということに変わりはありません。筋疾患の診断をする上で、筋病理診断は非常に重要な位置を占めています。

しかしながら、筋病理診断には新鮮凍結固定という特殊な技術が必要とされ、さらに染色方法がそれぞれ異なります。一般的な病理に携わっている人はそのための教育も受けていませんので、まずできる人がいません。したがって、筋病理診断ができる施設は非常に限られます。かつては大学の神経内科や小児科の先生たちが筋病理診断を手がけていることもあったのですが、臨床に時間が取られてしまうということもあって、現在ではごく一部でしか行われていません。

一方で患者さんは確実にいらっしゃるわけですから、必ずどこかで筋病理診断を行う必要があります。とはいえ筋疾患は患者さんの数が少ないので、頻度としては積極的に筋生検を行っている施設でも月に1例あれば多いほうであると言っていいでしょう。おそらく地方の基幹病院であれば年に2回程度の機会ではないかと思われます。

そこで国立精神・神経医療研究センターでは、筋生検・固定手技の解説ビデオをタイ・マヒドン大学シリラート病院と共同で作製し、公開しています。 

詳しくはこちら

年に1〜2回の筋生検のために特殊な技術を用意して、知識も常にアップデートするということは現実的ではありません。どこか1ヶ所にセンターを作ってそこに集めるほうが効率的だということになります。最初からそういったことを意図していたわけではありませんが、私の恩師である筋病理学の第一人者、埜中征哉先生のお人柄と人望もあって、国立精神・神経医療研究センターに各地から検体が送られてくるようになりました。1978年以来、今年(2016年)で38年目になりますが、全国からたくさんの検体が集まっていて、昨年(2015年)は年間849検体が送られてきました。

そうして送られてきた貴重な検体は、必ず誰かが診断をつけなければなりません。今はその作業を私がひとつひとつやっているという状況です。あくまでも本来の研究とは別の、ある意味課外活動的な位置づけになりますが、おそらく筋病理診断の検体数としては日本全体の7〜8割を扱っていることになるでしょう。

実は希少疾患と呼ばれるものは程度の差こそあれ、すべて同じ問題を抱えているといえます。その道の第一人者であるベテランの先生がひとりで抱えていて、他にできる人がいないという状況が往々にして見受けられます。

もちろん私自身、日本の筋疾患医療の中核を担っているという自負はありますが、システムとして必ずしも望ましい形であるとはいえません。今後どのような形にしていくかはひとつの課題であると考えています。

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