近年、遺伝子解析の技術が飛躍的に伸び、医療分野での応用も進んでいます。特に筋疾患では、原因遺伝子の特定によって治療法の開発に繋がることが期待されます。しかしその裏にはゲノムだけでは解決できない課題も残されています。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第一部・部長の西野一三先生は、同メディカル・ゲノムセンターでゲノム診療開発部および臨床ゲノム解析部の部長も務めておられます。この記事では、西野先生に筋疾患における遺伝子診断の重要性と現状の課題などついてお話をうかがいました。
まず筋疾患には、遺伝性疾患と後天的な炎症性疾患などいろいろな種類がありますが、筋ジストロフィーを含めて遺伝性疾患が多いということがいえます。遺伝性疾患は原因遺伝子がわかれば、その時点で研究がある意味ひと山越えたということになりますが、まだ原因がわかっていないものが今でも数多く存在しています。ですから我々はまずそれを明らかにしたいと考えています。そういう意味で次世代シークエンサーというものを使っています。
これは日本医療研究開発機構(AMED)の拠点事業として行っているもので、日本の中で6カ所の拠点があります。次世代シークエンサーによるゲノム解析で業績のある施設は他にもあるのですが、我々は筋疾患で30数年の経験と蓄積を持っていますから、筋病理診断とゲノム解析を統合的に解釈できることが他にはない大きな強みであると考えています。実は次世代シークエンサーでゲノムの遺伝子変異のデータは大量に出てくるのですが、どれが本当の変異なのかということを見つけるのがひと苦労なのです。
たとえば3世代にわたって家族歴がある、特有の遺伝性疾患があったとします。この人のDNAを調べれば必ず異常があるはずです。そこでもっとも一般的に行われるのはエクソーム解析という、22,000の遺伝子のエクソンを全部シークエンスしてくるという方法です。
エクソーム解析で出した全データを自動的に今ある標準配列と比較するのですが、この標準配列というのが曲者で、白人の標準配列は日本人とはかなり異なります。それだけで数万カ所の違いが出てきてしまいます。この数万ヵ所の違いを日本人のデータベースと照合したり、あるいはNIPと呼ばれるさまざまな遺伝子多型(DNA配列の個体差)のデータベースなどと比較します。そこで一定以上の頻度でみられるものは違うということですべて排除していきます。しかしそれでもなお数百〜千以上が残りますので、家族の中で発症していない人、つまり遺伝的要因を持っていない人を差し引きしてまた絞り込むといった膨大な作業が必要となるのです。
すでに報告されている遺伝子であればまだよいのですが、新しいものを見つけようとする場合にはさらに難しくなります。遺伝子の配列を決めることをジェノタイピングといいますが、このジェノタイピングの技術が今日非常に発達してきた結果わかったこととして、実はフェノタイピングが重要であるということが今さかんに言われています。フェノタイピングとはその疾患、あるいは患者さんの症状というものをどれだけ正確に記述できているかということです。このことが重要な手がかりとなるのです。
ところが、正確に症状を記述する医師もいれば、大雑把にしか診ていない医師もいるため、我々から見るとあてにならない情報もあります。しかしその場合でも、少なくとも我々は病理に関しては世界中どこに出しても恥ずかしくない形で筋病理報告書を記載してきたという積み重ねがあります。染色法に関しても20数種類の染色法を1978年の最初の検体からすべて行っています。
これだけしっかりと筋病理報告書の記載を行っているところは世界中どこを探してもありません。詳細な筋病理のデータがあって初めて、遺伝子解析と統合したときに相乗効果で良いものができるのです。この病理診断と遺伝子診断の両方を高いレベルで提供しているということが我々の強みであるといえます。
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