筋ジストロフィーの症状は、筋細胞の壊死と再生が慢性的に繰り返されることを原因とし、結果、筋肉量が減少することで筋力低下を招き、運動機能に問題が生じてくるほか、心臓や呼吸などの内臓機能に症状を及ぼす可能性がある遺伝性の筋疾患です。
筋ジストロフィーには様々な病型がありますが、最も代表的なのはデュシェンヌ型筋ジストロフィーという病型であり、幼い男の子に発症します。今回はデュシェンヌ型筋ジストロフィーを中心に、筋ジストロフィーの症状と原因、病態と経過、全身症状について、国立精神・神経医療研究センター病院小児神経診療部医長・臨床研究推進部長の小牧宏文先生にお話しいただきます。
筋肉は、筋線維(きんせんい)という組織の集合体です。この筋線維は、20個並んでおよそ1mmの太さになるという、非常に細いものです。
筋ジストロフィーの患者さんは筋線維が弱く、壊れやすくなっています。
通常、筋肉は壊死(えし:こわれる)と再生を繰り返す組織です。筋肉の再生能力がしっかりと発揮できていれば、破壊された細胞の隙間を埋めるようにして筋の再生が行われます。つまり筋組織が壊れても、その分再生がなされると、筋肉量が減少することはありません。ところが、筋ジストロフィーの筋肉では筋線維の壊死が活発に行われるために、再生が追いついていかなくなり、徐々に筋肉量が減少していきます。また筋肉の壊死と再生を繰り返す過程で筋肉に線維化が起こることで筋肉が硬くなり、柔軟性が悪くなってきます。この結果関節拘縮という、関節の柔軟性が悪くなってしまう現象が生じます。関節拘縮が進行すると運動機能にも影響が出てきますので、筋ジストロフィーの病態を考える際は、筋力が落ちるのみではなく、筋が硬くなることを考慮する必要があります。
筋ジストロフィーの治療を考える場合には、筋が壊れないようにするにはどうするか、筋の再生能力を回復するにはどうすればよいのか、筋が固くなることをどうやって予防するのか、それぞれを考慮していく必要があります。
筋ジストロフィーにはデュシェンヌ型、ベッカー型、顔面肩甲上腕型、エメリー・ドレイフス型など多くの病型(タイプ)があります。それぞれのタイプによって、発症時期、進行のスピード、合併症などが異なります。
筋ジストロフィーは難病に指定されている疾患であり、一般的なイメージから予後(治療に伴う経過)も悪いと捉えられがちですが、必ずしもそうではありません。たとえばベッカー型の軽症の患者さんの中には、老年期になっても元気に過ごされる患者さんもいます。
体幹や下肢の筋力が落ちると、下図のように起立時に膝に手をつくなどの努力が必要になってきます。
筋ジストロフィーは、一般的に腰周囲の筋肉が最初に障害されます。歩行するときに左右に揺れ、お腹を前方に突き出すような特徴を示すようになります。また、ジャンプや階段昇降など、重力に逆らう運動に困難さが生じます。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、小児期に発症する筋ジストロフィーの中でもっとも頻度が高い病型です。男児に発症し、発症時期は3歳ごろに多く、未治療の状態では、大半の方が10歳未満で歩行が難しくなります。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、ジストロフィンという遺伝子の変異が原因です。
ジストロフィン遺伝子はX染色体の中に入る遺伝子です。X染色体は、女性であれば2本持っています。つまり、女性はジストロフィン遺伝子を2つ持っていることになります。
一方、男性はX染色体とY染色体をひとつずつ持った状態で生まれてきます。そのため、ジストロフィン遺伝子がひとつしかありません。
たとえば、何らかの理由でジストロフィンをもつX染色体が一つ変異したとします。
男性はジストロフィンをひとつしか持っていないため、ジストロフィンが変異したときに変異遺伝子の代わりを果たしてくれる存在がありません。Y染色体には全く別の遺伝子が存在するため、X染色体の代わりにはならないからです。
一方、女性の場合はX染色体を二本持っているので、片方のジストロフィン遺伝子が変異したとしても、もう片方のジストロフィン遺伝子が役割をカバーしてくれます。そのため、変異が表には現れないか、あるいは現れたとしてもデュシェンヌ型の男性と比べるとその影響は軽くなります。このように、変異遺伝子を持っているものの身体的に変化が現れない女性を「保因者(キャリアー)」と呼びます。
なお、これは一部の筋ジストロフィーの病型を説明したものであり、原因遺伝子がジストロフィンなどX染色体の中にある遺伝子でなければ男女に関わらず発症します。たとえば下記表の福山型は男女双方に発症しうる病型の筋ジストロフィーです。
※筋肥大:実際には筋量が増えてないのに、見かけ状は増えている状態
上図はあくまで一部の病型であり、この他にも非常に多くの種類の筋ジストロフィーがあります。病型によって症状に進行などの経過や特徴が異なる場合があることは知っておいていただきたいポイントです。
前述した通り、筋肉は心臓や呼吸、消化管などの内臓機能にも重要な役割を持っています。それらの機能が低下してくることによって、筋ジストロフィーの患者さんでは、呼吸機能や心機能、消化管機能に問題が生じてくることがあります。
また、知的障害や発達障害もデュシェンヌ型、ベッカー型、福山型などの筋ジストロフィーの患者さんに認めうる特徴です。
ジストロフィン蛋白は脳にもあるということが分かっているので、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんの場合は脳のジストロフィン蛋白に問題が生じていると予想できます。ただし、これは神経細胞が壊れるという意味ではありません。幼い頃から知的障害がある子どももいれば、そうでいない子どももいます。ただし、通常の子どもに比べて知的障害や発達障害を合併する頻度が高いことが分かっています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは1歳前後に、風邪や定期検診など別の目的で血液検査を行った際に、偶然見つかることがあります。
血液検査をしてみると、筋肉の壊死によって筋肉の中に含まれるたんぱく質が血液に流れ出るため、クレアチニンキナーゼ(CK)という数値が上昇します。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの場合、このクレアチニンキナーゼが1~2万(通常200前後)にまで上昇します。一般の医師が見ても驚くほど高い数値です。
また、AST・ALTという値もよく定期検診で検査されるのですが、これらも筋ジストロフィーの患者さんでは上昇がみられます。これらの値は肝臓に障害があると上昇する場合が多いのですが、AST・ALTは肝臓だけではなく筋肉にも含まれているため、筋ジストロフィーの場合にも上昇するのです(肝臓が悪くなっている場合、クレアチニンキナーゼは上昇せずAST・ALTのみに上昇がみられます)。
このような理由から、子どもの体調に問題があって採血をする機会にたまたまCKやAST・ALTの上昇が発見されることによって、症状を全く認めない時期に筋ジストロフィーと診断されることが増えています。
先ほどお示ししましたように筋肉には体を動かすだけではなく、呼吸器や心臓の働きも担っています。そのため、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのように全身の筋肉が侵される病型では、これらの機能が低下し、心不全や呼吸不全を示してくるようになります。
かつて治療法がなかった場合(自然歴)では、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんの大半は呼吸不全で亡くなっていました。
しかし現在、呼吸不全を補う治療が進歩したことで、筋ジストロフィー患者さんの死因は大きく変化しています。具体的にはマスクを用いた人工呼吸器の登場です。人工呼吸器は非侵襲的(患者さんにかかる負担が少ない)で効果も高く、これによって呼吸不全で亡くなる患者さんが減少しました。
現在は、呼吸不全に代わり、心不全が死因の多くを占める形になっています。そのために定期的に心臓機能の評価を行い、必要に応じて早い段階から心臓に対する薬物療法を行う必要があります。薬物療法には、β遮断薬や、ACE阻害薬といった薬物を用いる場合が多くなっていますが、心臓機能の低下を確実に防げる方法はまだみつかっておらず、心臓機能の維持に関する新しい治療法の開発が求められています。
また呼吸不全治療の進歩に伴い、平均死亡年齢も大幅に改善されました。1980年前後の自然歴の場合、筋ジストロフィーの患者さんは多くが10代後半で亡くなっていましたが、現在は平均30歳を越え、35歳程度まで伸びてきています。
これまで、筋ジストロフィーには「治療法が無い」といわれてきました。
しかし、実は治療法があるのです。確かに根治治療としてはいまだに見つかっておらず、治療法といっても対症療法が中心となりますが、対症療法の積み重ねによって患者さんの予後が改善されてきていることは事実です。
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本臨床薬理学会 臨床薬理指導医
熊本大学医学部卒。標準的診療(現在提供可能な治療法、ケア)を基盤として臨床研究・治験を展開していくことで、医療全体の向上を大きな目標としている医師のひとり。現在は国立精神・神経医療研究センターに勤務し、特に筋ジストロフィーをはじめとした希少疾病の新しい医療ならびに開発モデルの提案や、効率的・効果的な臨床研究支援体制(Academic Research Organization: ARO)の構築を行っていきたいと考えている。
小牧 宏文 先生の所属医療機関
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