
秋田県に住む菅原 勝翔さんは、スポーツカーの絵を描くのが得意な高校生です。1歳半過ぎに徐々に筋力が低下する病気“デュシェンヌ型筋ジストロフィー”と診断されましたが、車椅子生活が一般的とされる年齢を超えた現在も、自らの足で歩みを続けています。幼少期から継続してきたリハビリ、希望を託して参加した治験、新薬との出会い、そしてこれからの将来のこと……2026年春、社会人となる勝翔さんと母・玲奈さんにお話を伺いました。
※こちらでご紹介するのは1人の患者さんの体験談で、全ての患者さんが同様の経過をたどるわけではありません。
勝翔さん:
僕は今18歳です。秋田県大館市に住んでいて、支援学校の高等部に通っています。
今1番好きなのは、絵を描くことです。特に海外のスポーツカーが好きで、イタリアのフェラーリ、ドイツのベンツ(メルセデス・ベンツ)などがお気に入りです。絵はいつも色鉛筆を使って描いています。スポーツカーのドライバーになって遊べるレースゲーム“グランツーリスモ”も好きです。
玲奈さん:
勝翔は絵が得意で、細部までとても丁寧に描くのですごいなと思っています。小学生の頃には、MOA美術館児童作品展で賞をもらったこともありました。
玲奈さん:
勝翔の病気が判明したのは、1歳半を少し過ぎた頃のことです。ヘルニアで手術を受ける前の血液検査で、クレアチンキナーゼ(CK)*の値が異常に高いことが分かったのです。再度検査をしたのですが結果は変わらず、最終的に遺伝子検査でジストロフィン遺伝子**のエクソン52という部分が欠損していることが分かり、“デュシェンヌ型筋ジストロフィー***”と診断されました。遺伝を疑い私を含め家族も検査を受けたのですが、勝翔は遺伝性ではなく突然変異によって生じた突発性と分かりました。
もし手術を受けることがなかったら、病気が分かったのはもっと後になってからだったと思います。「発達が少しゆっくりだな」と思っていましたが、それほど大きな違和感はありませんでした。
それからは、週に1回地元の総合病院で隣県の大学病院から来る先生の診察を受けています。病気の影響で関節が硬くなるのを予防するために、リハビリテーション(以下、リハビリ)をしたほうがよいと聞き、診断直後から週1回のリハビリを始めました。ただ、根本的な治療薬はないため5歳頃から副腎皮質ステロイド(以下、ステロイド)の服用を始めました。
*クレアチンキナーゼ(CK):心筋や骨格筋にある酵素。
**ジストロフィン遺伝子:筋肉の構造を保つ役割のあるタンパク質であるジストロフィンの設計図となる遺伝子。
***デュシェンヌ型筋ジストロフィー:ジストロフィン遺伝子の変異によって、小児期に起こる筋ジストロフィーの1種。主に男児が発症し、運動機能の低下のほか、症状が進行すると肺や心臓などに合併症が起こることもある。
勝翔さん:
ステロイドの副作用で、毛が濃くなったり顔が丸くなったりする(ムーンフェイス)のは嫌でした。
玲奈さん:
変化が訪れたのは勝翔が10歳くらいのときだったと思います。主治医の先生から「治験*に参加してみませんか?」とお話をいただいたのです。この頃、外出時には車椅子を使うようになっていました。
先生からは、治験では“本物の薬(薬の候補、実薬)”を使うグループと“プラセボ(偽薬)”を使うグループがあり、患者さんはランダムに振り分けられること、どちらのグループになるかは分からないこと、そして副作用のリスクがあることについて説明を受けました。同じタイミングで2つの治験を提案いただいたのですが、勝翔を含め家族で話し合い、期間が短いほうに参加することにしました。
*治験:“薬の候補”が病気の治療に効果があるか、安全に使用できるかを調べる試験のうち、国の承認を得るためのデータを集める目的で行われる臨床試験。
勝翔さん:
治験に入るときは期待していました。歩くのがよくなったらいいなって。
玲奈さん:
ただ、治験を実施していたのは、東京都の多摩地域にある病院でした。薬の投与は週1回、毎回病院に行く必要があったので、治験に参加していた数か月間は勝翔と一緒に毎週秋田から東京まで通いました。夫に隣県の盛岡駅まで送ってもらい、新幹線で東京駅まで出て、それから在来線をいくつか乗り継いで……。最初は宿泊もしたのですが、慣れてきてからは日帰りです。移動が車椅子だったのと少し遠かったので大変でしたが、でも楽しかったです。「今日はカフェでハンバーガーを食べよう」「今日は丸の内に行ってみよう」と楽しい予定を立てて、それを目標に頑張りました。
玲奈さん:
治験が終わった後は再びステロイドの治療に戻りました。そして2020年、勝翔が13歳になったとき、主治医の先生が「勝翔くんが参加していた治験の薬が承認されますよ。受けませんか?」と教えてくださったのです。それを聞いたときは本当にうれしかったですね。「ぜひ!」とお答えして、発売直後から再び薬の投与を始めました。
薬を投与するようになってからは、さまざまな変化を感じるようになりました。たとえば、それまで補助が必要だった車への乗り降りが勝翔1人でできるようになりました。椅子や車椅子から立ち上がるときも補助がないと難しかったのが、座面に手をついて自分で立ち上がれるようになりました。歩くときの足の動きもスムーズになったと思います。
勝翔さん:
薬を始めてから足が疲れにくくなりました。外では車椅子を使っているけれど、家の中では歩いて移動しています。
玲奈さん:
この病気では10歳くらいになると常に車椅子を使用することが一般的なようですが、薬の効果もあって、18歳になった今も歩けているのかなと思っています。治験に参加したこと、そしてその薬が発売され使えるようになったのは本当に幸運でした。
玲奈さん:
また、リハビリの効果も大きいと感じています。1歳半過ぎに病気が分かってから、毎週欠かさず週1回のリハビリを続けてきました。ここ数年は主治医の先生に教えていただき、隣県の大学病院でロボットスーツ*を用いたリハビリも行っています。
*ロボットスーツ:下肢の動きなどをアシストする装着型の医療機器。
勝翔さん:
ロボットのリハビリの後は、体が動きやすいし、足が軽くなって歩きやすくなります。
玲奈さん:
勝翔も楽しんで取り組んでいるので、将来的には地元の病院でもできるようになればありがたいと思っています。まわりの方から「病気が分かってから一生懸命リハビリを続けてきたのですね。今その成果が出ているのだと思います」と声をかけていただいたときは、続けてきて本当によかったと思いました。“当たり前のこと”と思ってきたのでそれほど苦でもないのですが、胸がいっぱいになってなぜか涙が出てしまいました。
玲奈さん:
勝翔と生活していると、現状の福祉制度が私たちのニーズに追い付いていないと感じる場面が多々あります。自宅では、基本的に勝翔が自分のことは自分でできるように環境を整えています。家の中は段差のないバリアフリーで、廊下には手すりをつけ、トイレも自分で行けるようにしています。勝翔が座る椅子やソファーは、楽に立ち上がれるように少し座面が高いものを家具屋さんで一緒に選んで買いました。また、勝翔の部屋は2階にあるので、階段には電動の昇降機を設置しています。
このように暮らしを整えるためには、いろいろと必要なものが発生します。時間の経過とともに体の状態も変化してくるので、以前とは別の福祉用具が必要になることもあります。しかし、「以前補助金を使用したので今回は対象外です」と判断され、自費で購入せざるを得ないことも少なくありません。状況に応じてもう少し柔軟に対応していただけるように改善されるとよいなと思っています。また、生活に必須のものだけでなく、趣味や生きがいのために使うものも、いくばくか補助の対象になれば生活に彩りが生まれるのではないかと思います。
勝翔さん:
最近、友達の紹介でツインバスケット*を始めました。とても楽しかったので、これからも続けていきたいと思っています。
*ツインバスケット(車椅子ツインバスケットボール):従来の車椅子バスケットボールで使用されるゴールに加え、それよりも低いもう1つのゴールを設け、2組(ツイン)のゴールを使用して行う競技。
玲奈さん:
ご縁があって隣県のチームに参加させてもらったのですが、とても楽しかったようです。勝翔には姉と妹がいるのですが2人ともバスケをしており、私もかつてミニバスのコーチをしていました。その影響もあるのかもしれません。勝翔は体が動かしづらいので今まで我慢していた部分もあるのだと思いますが、本来はスポーツをやりたいタイプなのだと感じています。ありがたいことによいチームに出会えたので、これからはできるだけ参加する機会を作っていきたいと思っています。
玲奈さん:
勝翔はこの春、支援学校の高等部を卒業します。卒業後は、地域の就労継続支援B型事業所で学校教材などを作成する仕事に就く予定です。
病気に関しては、今の薬は心臓には効きづらいと聞いているため、将来的には心臓にも効果が期待できる薬が発売されることを待ち望んでいます。医学の進歩に期待しつつ、希望を持って、でもまずは今日できたことが明日もできるように、“現状維持”を大切にしたいですね。新しい環境でも、勝翔らしく日々を楽しく過ごしてくれることを願っています。
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