年齢を重ねるにつれて身体機能は低下します。転倒や骨折をきっかけに急激に体力が落ち、介護が必要な状態に陥ることも少なくありません。日常生活が問題なく送れる期間を健康寿命といいますが、平均寿命との間には男女とも10年程度の開きがあります。この差をなるべく短くするアプローチの1つとして、近年ではロボットスーツを用いた運動も注目されています。
本記事では、いちはら病院 名誉院長/筑波大学 名誉教授の山崎 正志先生に、超高齢社会の我が国における健康寿命の重要性やロボットスーツを用いたリハビリテーションの実際についてお話を伺いました。
日本は世界でも類を見ないほど高齢化が進行した状況にあります。日本の総人口は2008年にピークとなり、その後急激に減少しているのと同時に、高齢化が急速に進行しています。
高齢化率(総人口に占める65歳以上の人口の割合)が7%を超えると“高齢化社会”、14%を超えると“高齢社会”、21%を超えると“超高齢社会”と定義されています。日本は1970年に高齢化社会となり、その24年後の1994年には高齢社会、さらに、その13年後の2007年には超高齢社会となりました。そして、その11年後の2018年には高齢化率が28%の大台を超えてしまいました。日本では高齢化社会から高齢社会へ24年で進んだのに対して、イギリスでは46年、フランスでは126年かかっています。諸外国に比べて日本の高齢化のスピードは速く、さらに加速度的に高齢化が進んでいることが分かります。人口構成の変化に伴い、日本における運動器疾患も急速にその様相を変えています。日本の整形外科医は、世界のどの国と比べても“高齢者の運動器疾患”を治療する機会が圧倒的に多いといえるでしょう。
また、日本における少子高齢化に伴い、もっとも危惧されるのが生産年齢人口の減少といえます。それは、財源やマンパワーの不足につながるからです。今後、私たちは財源やマンパワーが限られるなかで、超高齢社会の医療を成り立たせていかねばなりません。これが、運動器疾患の予防が重要な課題となっている所以なのです。
日本の整形外科医が関わる病気は、関節疾患、脊椎・脊髄疾患、外傷、スポーツ障害、骨軟部腫瘍、骨粗鬆症など多岐にわたります。これらの病気はいずれも、人が立ち、歩き、手を動かすのに必要な運動器の機能を障害するもの、すなわち運動器疾患です。
日本の整形外科医の運動器疾患に対する取り組みは、保存療法(手術以外の治療法)が基本になります。そして、手術の必要があると判断された患者さんに対しては、適切な時期に適切な手術を提供できるように努めています。加えて、昨今の日本におけるさまざまな社会・医療情勢を鑑みると、予防という観点から運動器疾患に取り組むことが重要といえます。
2013年に実施された調査*において、介護が必要になった主な原因全体では運動器疾患が25%で、脳血管疾患や認知症を上回って原因の1位でした。内訳は、転倒・骨折が11.8%、関節疾患が10.9%、脊髄損傷が2.3%であり、いずれも麻痺と痛みが介護の要因と考えられます。
日本整形外科学会は2007年にこのような運動器疾患の治療および予防の体系を確立するため、ロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)という概念を提唱しました。ロコモは、運動器の障害により移動能力の低下をきたした状態と定義されます。重度のロコモでは、要支援・要介護となるリスクが大きくなります。
2012年の研究成果報告によると、日本における主な運動器疾患の有病率は以下のとおりです。
上記のうち、どれか1つ以上を有している患者さんは4,700万人で、これは国民の約3人に1人は運動器疾患を有しているということを意味します。すなわち、現状の高齢化の状況を鑑みると、今後の日本においても国民の多くがロコモ、あるいはその予備群に該当すると言っても過言ではないと考えられます。
日本型少子高齢化社会における医療のさまざまな課題を克服するため、日本整形外科学会では2010年にロコモチャレンジ!推進協議会を設立しました。そして、ロコモの治療・予防の重要性の啓発に取り組んできました。
日本が世界の中で長寿国であることは広く知られています。しかし、平均寿命と健康寿命の差、すなわち日常生活に制限のある期間が、男性で約9年、女性では約12年存在しています*。そして、その制限の多くが運動器の障害によるものといわれています。したがって、ロコモの治療・予防により健康寿命の延伸を達成することが、整形外科医に課せられた責務と考えています。
*厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」より
日本において少子高齢化が進行するなかで、ロコモの治療・予防に役立つ医療機器として、ロボットスーツを用いた運動を行うという選択肢があります。本記事では、筑波大学システム情報系の山海 嘉之教授によって開発された外骨格型の動作訓練支援ロボットスーツについてお話しします。
このロボットスーツの特徴は単なるパワーアシストによるものではなく、interactive Bio-Feedback(iBF)理論に基づいた運動学習の反復によってもたらされるとされています。つまり、本ロボットスーツを用いた機能再生治療のコンセプトは、「体を動かしたい」という脳神経系由来の生体電位信号を皮膚に貼っているセンサーで検知し、思ったとおりに体を動かせるようにアシストするということであり、その意味では“装着型サイボーグ”と呼称するにふさわしいと我々は考えています。
筑波大学附属病院では、開発したロボットスーツを用いた機能再生治療の安全性・有効性を検証するために医学分野と工学分野が連携(医工連携)しながら、さまざまな医師主導型自主臨床試験を進めています。
このロボットスーツは、装着者の脳神経由来の生体電位信号を感知するための生体電位センサーを搭載している点が特徴といえます。
装着者の運動意図が、生体電位信号として現れると、ロボットスーツが信号を感知し、股関節・膝関節のアクチュエータ(電気などのエネルギーを機械の動作に変換する装置)が作動し関節運動を補助します。これにより、ロボットスーツでは随意運動(自分の意図した運動)訓練が可能となり、生じた関節運動により中枢神経系にフィードバックがかかるというiBF理論のもと機能回復が期待できます。
これらの機能によって、関節運動が起こらない程度の微弱な脳神経由来の電位であっても生体電位センサーが信号を感知し、関節角度センサーに先行して装着者の意図を捉えることが可能になっています。
本ロボットスーツには、両脚・単脚・単関節(肘を対象とした上肢タイプ・膝を対象とした下肢タイプ)・腰に装着するタイプがそれぞれあります。
ロボットスーツは適用サイズが定められているため、身長や脚の長さ、腰幅などに応じたサイズを選択する必要があります。また、基礎疾患によっては装着できない、あるいは注意が必要な場合があるため、使用前に医師やリハビリのスタッフにご相談ください。
ロボットスーツは介護保険施設や医療機関などに導入されているほか、腰や関節に装着するタイプのロボットスーツは自宅で使用するためにレンタルすることも可能です。その場合には、オンラインにてスタッフがサポートを行いながら使用する方の症状や悩みに応じたプログラムに取り組んでいただくことになります。
ここでは、筑波大学で進めている医工連携の研究についてご紹介します。ロボットリハビリテーション専用の治療スペースとして、筑波大学附属病院内に未来医工融合研究センター (Center for Innovative Medicine and Engineering: CIME) を設置し、臨床研究を行っています。
CIMEには上記で説明した全ての種類のロボットスーツが常備されています。天井にはモーションキャプチャ装置を設置するとともに、装着者の表面筋電図(脳から筋への運動指令を皮膚表面で測定したデータ)と動作の情報をワイヤレスで同期させるシステムが稼働しています。これにより精度の高い3次元動作解析が可能です。
2024年7月現在、整形外科領域で進めている本ロボットスーツを用いた医師主導型自主臨床試験は以下の図のとおりです。
今回は、腰に装着するタイプのロボットスーツに焦点を当てて解説します。腰に装着するタイプでは、腰部とお尻に固定具を、股関節部にパワーユニットを取り付けます。これによって、一般的に背筋と呼ばれる腰部脊柱起立筋の上にある皮膚に貼付された生体電位センサーが装着者の動作意図を読み取り、適切なタイミングとトルクで股関節部のパワーユニットに内蔵されたアクチュエータが股関節動作を支援します。すなわち、腰椎の運動を股関節動作に代替かつサポートをすることで腰部負荷の軽減が期待できるのです。
我々は、重量物挙上反復動作、ショベリング除雪動作(雪かき)、患者さんの移乗動作などを行うことで職業性腰痛の発生のリスクが高い方に対して、腰に装着するタイプのロボットスーツの効果を検討してきました。その結果、このロボットスーツを用いることで腰痛予防だけでなく、作業効率の向上が期待できることが分かりました。工学的に解析すると、本タイプのロボットスーツによって特に疲労時の筋シナジー(同時に動作する筋の組み合わせ)が変化するというデータが得られました。この所見は、腰に装着するタイプのロボットスーツの使用によって、腰部に疲労を蓄積させない方向に筋の組み合わせパターンが変化するということを示していると考えられます。
そのほか、パラアスリートに対する体幹機能訓練、高齢者の動作補助、腰椎手術後の後療法の支援にも腰タイプのロボットスーツを使用しており、良好な成績を得ています。
我々は、高齢者のロコモ予防・治療を目的として、介護老人保険施設に入所、あるいはデイケアを利用している33名を対象に腰に装着するタイプのロボットスーツによる訓練を実施しました。訓練内容としては、立ち上がり動作や歩行訓練などを行いました。
複数あるロボットスーツの中でも腰に装着するタイプを用いる利点は、高齢者でも容易に装着ができ、訓練が可能な点です。結果として、腰に装着するロボットスーツを用いた訓練により運動機能の改善が認められました。片脚起立持続時間が伸び、複合的動作能力(Timed up and go test)*のスピードが増しました。
加えて、腰に装着するロボットスーツを用いた訓練により痛み・認知機能の改善が認められました。腰痛の程度を示す数値(Visual analogue scale:VAS)が低下し、認知機能の指標であるミニメンタルステート検査(MMSE)の値が上昇しました。
*複合的動作能力(Timed up and go test):椅子から立ち上がり、3m先の目印まで歩きまた椅子に座るまでの時間を計測するテスト
日本において高齢化が加速度的に進んでいる現状を鑑みると、日本整形外科学会が2007年にロコモティブシンドロームという概念をいち早く提唱したことの意義は大きいといえるでしょう。ロコモは運動器の障害により移動能力の低下をきたした状態と定義され、超高齢社会の医療を組み立てるうえで必須の概念です。我々は、治療の最優先課題は移動能力の維持であると認識し、この考えを共有する必要があると考え日々研究に取り組んでいます。
現状の日本における整形外科医の運動器疾患に対する取り組みは、保存療法・手術療法がその基本となっています。しかし、超高齢社会に対応するには、プラスアルファが必要になるでしょう。今回ご紹介した筑波大学附属病院におけるロボットスーツの臨床研究の結果は、ロボットリハビリテーションがロコモ対策の重要なツールとなることを期待させます。
人類は、狩猟採集社会、農耕社会、工業社会と発展し、現状は情報社会になっています。未来について我々は、ヒトとロボットが融合した新たな社会の到来を想像しています。これは、医療体制についても同様だと考えています。
その意味で、我々が進めているロボットリハビリテーションは、超高齢社会へ対応するための切り札になると私は確信しています。
超高齢社会の日本においては,高齢者の運動器の機能低下が深刻な問題となっています。ロボットスーツによる治療は高齢者の動作補助においても有用であり、日本の運動器疾患のさまざまな領域で応用可能と考えています。今後、ロボットリハビリテーションを組み入れた運動器疾患に対する新たな治療体系の構築を期待しています。
いちはら病院 名誉院長、筑波大学 名誉教授
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