
妊娠はできるものの、2回以上流産や死産を繰り返す場合を不育症といいます。流産や死産を複数回経験することは、患者さんの心に非常に大きな衝撃を与えるため、次の妊娠に向かうためにも、医療者やご家族による精神的なケアが極めて重要になります。
不育症の原因(リスク因子)と患者さんご夫婦の不安や悲しみを軽減するための方法・啓発について、富山大学附属病院産科婦人科教授の齋藤滋先生にお話しいただきました。
不育症とは、不妊症とは異なり妊娠はするものの、2回以上連続して流産もしくは死産してしまった場合のことをいいます。
これまで不育症の定義に関する見解は専門家間でも分かれており、2回の流産(死産)で診断をつけるべきとする意見と、3回以上とする意見がありました。
流産(死産)は、たとえ1回でも患者さんの心身に非常に大きなダメージを与えます。3回繰り返すまで不育症と診断されず、保険診療で検査を受けられないとなると、患者さんの抱える悲しみや負担は、計り知れないほど大きくなってしまいます。
また、治療介入が遅れ時間が経過してしまうと、加齢というリスク因子も増えてしまいます。
このような理由から、私が代表を務ていた厚生労働科学研究班(以下、研究班)では、2011年には流産・死産を2回繰り返した時点で不育症と診断をつけ、検査をすべきであると主張していました。
その後、2013年にはアメリカ生殖医学会も不妊症の規定を「2回以上の妊娠の不成功があった場合」と定め、現在では世界的にこの定義が用いられています。
不妊症のリスク因子(原因)として現在わかっているのものは、以下の通りです。
リスク因子ごとに治療法が変わるため、原因を探す検査を行うことは非常に重要です。
(検査項目は記事2『不育症の検査と費用、有効性の高い治療法-保険適用で受けられる治療とは?』をご覧ください)
・子宮形態異常 7.8%
・甲状腺機能異常 6.8%
・染色体構造異常 4.6%
・抗リン脂質抗体陽性 10.2%
・第XII因子欠乏 7.2%
・プロテインS欠乏 7.4%
・リスク因子不明/偶発的流産 65.3%
不育症のリスク因子のうち高い割合を占める偶発的流産とは、胎児側に偶然に染色体の異常が起こり、流産に至ることを指します。
この場合、ご夫婦のどちらにも必然的に流産を起こしてしまう要素はありませんので、外科的治療や薬物療法などを受ける必要はありません。無治療で、安心して次回妊娠に臨んでいただくことができます。
ただし、どのような原因の流産でも、TLC(Tender loving Care/テンダーラビングケア)と呼ばれる心のケアは、非常に重要になります。
現在私たち研究班では、流産してしまった患者さんに対するTLCの方法をケースごとに紹介するDVDを作っています。
このDVDは、産婦人科の医師や看護師、助産師など、患者さんと接する機会のあるあらゆる医療者に向けたものです。
流産の既往のある患者さんの大半は、流産という出来事自体によって辛い思いをされているだけでなく、その後に受けた周囲からの何気ない言葉により、更に深い悲しみに襲われています。そのなかには、医療者による説明や声掛け時に受けた言葉も含まれています。
そこで本DVDには「よい例」だけでなく、患者さんの声をもとにした「悪い例」も映像化し、盛り込んでいます。あと少しするとDVDを公開できるようになります。
流産という出来事の受け止め方には、夫婦間でも差があります。
多くの男性は、流産が起きた後の1週間ほど落ち込みますが、女性の場合、1年や2年といった期間が経っていても、急にその時のことを思い出し、泣き出してしまうことがあります。
このような差異があるため、旦那さん側から「突然奥さんが泣き出したり怒り出したりしてしまい、どうしてよいかわからない」と相談を受けることもあります。
私は、このような男女の感情の乖離についても、DVDのなかで紹介していきたいと考えています。なぜなら、私たち医療者は診療に来ていただき精神的ケアを施すことができるものの、奥さんと最も長い時間接するのは、旦那さんにほかならないからです。
先にも述べたように、女性は高齢になるに従い妊娠しづらくなりますが、悲しみを引きずってしまうと当然次の妊娠には踏み出しづらくなります。
しかし、それを安易に言葉にしては、ますます奥さんの気持ちを傷つけてしまうことにもなりかねません。
当院では、旦那さんに上記のことをご説明し、診療の間の奥さんのフォローをお願いしています。こうした取り組みがDVDを通して、全国に広がっていくことを願っています。
TLCは、妊娠がわかったあとも重要です。通常、妊娠がわかると多くの女性は笑顔になられますが、不育症の患者さんは既に流産を経験しているため、不安で泣き出してしまいます。そのため、当院では胎盤が完成して安定期に入る妊娠10週までの間、毎週診察を行い、そのたびに胎児が成長していること、胎児心拍が見えることなどをお伝えして安心感を共有することを心がけています。
不妊症のリスク因子のひとつに染色体構造異常があります。このうち最も多いのは、「相互転座」という、染色体の一部と一部が入れ替わる染色体構造異常です。
しばしば、染色体転座が見つかった患者さんは、ご自身が病気になりやすい体質なのではないかと心配されますが、転座の場合、染色体の数自体は足りているためその心配はありません。
また、生まれてくる赤ちゃんに先天性の奇形といった問題が生じることも多いのではという質問も受けますが、胎児の染色体に不均衡があった場合は、約99%が流産となってしまうため、約1%とお答えしています。
不安が強い方には、羊水検査(妊娠16週あたりで行う胎児の染色体検査)という選択肢があることもお伝えしますが、羊水検査自体にも0.3~0.5%の頻度で流産が起こるというリスクがあります。
そのため、私が担当した患者さんのなかで羊水検査を希望された方は現時点では少ない数に留まっています。
不育症でご夫婦どちらかに染色体構造異常があった場合でも、最終的には85%の方が出産に至っています。
現在、不妊症の方は全体の15~20%ほどとされており、普通のカップルであっても妊娠・出産に至るのは約80~85%です。
つまり、染色体構造異常が原因の不育症であっても、お子さんを得られる可能性は普通のカップルとほとんど変わらないということです。
流産回数はどうしても多くなってしまうものの、お子さんを得られないわけではないことを知っていただき、前向きに次の妊娠に歩を進めていただきたいと考えています。
ただし、染色体に異常があるかどうかを調べることは精神的なハードルが高く、私たちの持つデータベースでは、約5000人中2000人ほどしか染色体検査を受けていません。
夫婦染色体検査により、ご夫婦のどちらか一方に染色体構造異常があるとわかった場合、離婚に至るカップルもいます。これは、不育症を扱う医師ならば誰もが経験する事態であり、研究班でも議論の的となっていました。
そのため私たちは、染色体の異常が見つかったときには、「問題はご夫婦の中にあります」という言い回しを用いて告知を行っています。
このような工夫により、ご夫婦の受け止め方にも改善がみられ、二人で一緒に乗り越えていこうという姿勢になられる方が増えました。
※ご希望があれば、ご本人への告知も行っています。
先述したように、夫婦染色体検査に対する心理的な抵抗感は大きく、検査を受けられる患者さんはいまだ低い割合に留まっています。
しかし、リスク因子不明で悩んでおられた患者さんのなかには、原因がわかったことで気持ちがすっきりされたという方も多数おられます。
また、上述した一連の説明を丁寧に行うことで、患者さんの多くは精神的に落ち着かれ、次の妊娠に前向きに向かおうとされます。
不育症を専門とする医師の立場からも、リスク因子を突き止めることは重要であり、最終的に健康なお子さんを腕に抱いていただくためにも、夫婦染色体検査は受けたほうがよいとお伝えしたいです。
齋藤 滋 先生の所属医療機関
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情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。
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