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前立腺がんの治療の選択肢―手術、放射線、ホルモン療法、監視療法

前立腺がんの治療の選択肢―手術、放射線、ホルモン療法、監視療法
岸田 健 先生

神奈川県立がんセンター 副院長、地域連携室長、泌尿器科 部長

岸田 健 先生

目次
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この記事の最終更新は2019年03月26日です。

悪性度によって進行速度に差がみられる前立腺がんには、手術、放射線、ホルモン療法に加え、治療せず慎重に経過観察を行う方法(監視療法)など、幅広い選択肢が存在します。根治を目指す場合は手術または放射線治療、病気を抑えながらうまく共存を目指す場合はホルモン療法など、患者さんの容体や希望に応じて治療法を選択することが可能です。多種多様な治療にはそれぞれ利点・欠点があり、患者さん自身がそれぞれの治療について理解したうえで治療法を選択してほしいと、神奈川県立がんセンター泌尿器科部長の岸田健先生はおっしゃいます。前立腺がんの治療の選択肢と治療を決定する際の重要なポイントについて、引き続き岸田先生にお話しいただきました。

同じ前立腺がんにも、良性に近い(悪性度の低い)性質のがんと、極めて悪質な(悪性度の高い)がんがあります。その方のがんが、どれくらいの悪性度であるかを判断するために重要なのがグリソンスコアです。グリソンスコアは、前立腺がん組織を顕微鏡所見で分類し2か所の合計点数で示したもので、6点から10点までの5段階に分類されます。

6点の場合、がんの悪性度は低く進行が緩やかで、そのようながんがごく一部にみつかった場合は、治療をしなくても生涯にわたりがんによる問題が起きないことも少なくありません。一方、8点~10点の場合はがんの悪性度が高く、比較的進行が速いタイプと考えられるので、早期治療がすすめられます。ただし、針生検で得られた標本は全体の一部ですから、違うタイプのがんが潜んでいる可能性があることに注意が必要です。

【グリソンスコアによるがんの悪性度の分類】

  1. 比較的ゆっくりのタイプ…グリソンスコア6点
  2. 中間のタイプ…グリソンスコア7点
  3. 比較的早く進行するタイプ…グリソンスコア8、9、10点

前立腺がんの進行度は、T(前立腺の評価)、N(リンパ節への転移の有無)、M(遠隔転移の有無)の3つの観点から分類します。

このうち、T(前立腺の評価)はがんの大きさや周囲への浸潤の具合によって大きく4つの段階に分けられます(がんの評価が不可能な場合〈TX〉、がんの存在を認めない場合〈T0〉を除く)。

T1:がんを画像診断や直腸診でみつけることはできないものの、生検や前立腺肥大症の手術で切除した組織を顕微鏡で確認したところ発見できた場合

T2:直腸診や画像診断でがんの存在が確認できて、前立腺の被膜内にとどまっている場合(限局がん)

T3:がんが前立腺の被膜を超えて周囲に浸潤しているか、精嚢まで及んでいる場合(局所浸潤がん)

T4:膀胱や直腸など精嚢以外の隣接臓器にがんが浸潤している場合(周囲臓器浸潤がん)

一方、N(リンパ節への転移)やM(遠隔転移)のいずれかまたは両方がみられる場合は、T(前立腺の評価)がどの段階にあるかにかかわらず、転移がんと分類されます。

一般的に、がんが前立腺内にとどまっている(限局がん)段階で余命が10年以上あると推定される場合、完治が期待できる手術あるいは放射線治療を第一選択として検討します。一方、期待余命が10年以内と予想される方や前立腺がん以外の病気で健康状態が優れない方は、前立腺に限局したがんでもホルモン療法で抑えていく選択もあります。このような方は手術後に合併症を発症する危険性が高くなりますし、ホルモン療法では完治は困難ですが、がんと共存して天寿を全うできる可能性もあるからです。手術を推奨できる年齢は個々の患者さんの健康度によって異なりますが、一般には75歳ぐらいまでが手術適応の目安とされています。

患者さんの意向は、我々が治療選択においてもっとも重視する観点です。

どの治療法にもメリット・デメリットがあります。完治を目標に手術を希望する方もいれば、ホルモン療法でがんとうまく付き合うことを希望する方もいます。悪性度の低い前立腺がんであれば、経過観察のみで治療による副作用の懸念をせずに生活できることもありますが、病気が進行する可能性がないとは言えず、不安な気持ちでいるのが辛い場合もあります。グリソンスコアが高い・悪いタイプのがんは、手術だけでの完治は困難な場合もありますが、手術を行い、再発時には放射線照射を追加するという積極的な方針もあります。

個々の患者さんにとってより適していると考えた治療選択肢を医師は提案しますが、提案以外の治療法を選択した場合もそのご意見を最大限尊重します。しっかりと担当医の説明を聞いたうえで、どのような治療を受けたいか、セカンドオピニオンなども利用しながら最終的には患者さんご自身でご決断いただいた方法が、その方にとって最適な治療方針であると我々医師は考えています。

手術のメリットとして、完治が得られる可能性が高いこと、より正確にがんの状況が把握できること、術前にはわからなかったリンパ節転移を含めて治療しうること、などがあります。手術単独で完治することが期待できるのは患者さんの7~8割で、悪性度の高いがんの場合、術後に再発することがありますが、放射線治療や薬物治療を追加し完治を目指すことが可能です。

手術は尿漏れなどの排尿障害、腸管損傷などの合併症が起こる可能性がありますが、手術技術の進歩により改善が得られています。また術後のインポテンスを防ぐための神経温存手術が、リスクの低い前立腺がんでは選択可能です。

神奈川県立がんセンターでは、ダヴィンチと呼ばれる手術支援ロボットを用いた腹腔鏡下前立腺全摘術を導入し、より精度の高い手術を目指しています。

完治を目指す方で、手術の合併症が不安である、ご高齢である、合併症などの問題から手術が難しい、という方は放射線治療の対象になります。

手術後に再発が疑われる場合も切除した部位に放射線を照射します。前立腺がんの放射線治療には、体の外側から前立腺に放射線をあてる外照射と呼ばれる手段として、IMRT(Intensity Modulated Radiation Therapy:強度変調放射線治療)と呼ばれる前立腺に集中的に放射線を当てる方法や、より短期間で治療が終了し副作用の比較的少ない重粒子線・陽子線治療などの方法があります。

かつての放射線治療では、隣接する膀胱や直腸にも放射線が照射されるために副作用の多さが問題視されていましたが、現在は焦点を絞ってピンポイントでがんに照射できる技術が進歩したため、周囲への影響が少なく有効性も上がっています。外照射には、低リスク以外ではホルモン療法を通常6か月~2年間併用します。悪性度が低い限局性のがんでは、前立腺に放射線の針を埋め込む小線源治療が有効です。

これらの放射線治療のデメリットとして、前立腺組織を摘出しないため正確ながんの状況が分からないこと、再発した場合に手術が困難なこと、若い方が放射線治療を受けると20年以上先に2次発がん(膀胱がん直腸がん)の発症がごくわずかですが危惧されること、などがあります。

(重粒子線治療の詳細は記事3『前立腺がんにおける重粒子線治療、適応されるケースや特徴は?』

がんが転移しており、手術や放射線では治療できない場合や、ご高齢などの理由でより負担の少ない治療を希望される場合はホルモン療法が行われます。また、手術や放射線治療の治療効果を高めるためにホルモン療法を併用する場合もあります。手術や放射線による根治治療後に再発してしまった場合にも病気の進行を抑えるために行われます。

前立腺がんはアンドロゲンという男性ホルモンによって細胞の増殖が維持されています。ホルモン療法は、この男性ホルモンを抑えることで、がんの成長を抑えるという方法です。精巣摘出または薬物治療の2つの方法があり、精巣摘出の場合は、当センターでは4~5日間入院して手術を行います。薬物治療の場合は、1~3か月に1度のペースで外来を受診し、生涯にわたってLH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)アゴニストまたはアンタゴニストというホルモン薬を注射します。このほか、抗アンドロゲン薬という飲み薬を併用することもあります。

ホルモン療法はがんとの共存を目指す治療法で、効果の持続期間はがんの悪性度によって異なります。半年程度で再燃(薬が効かなくなること)してしまう場合もありますが、10年以上にわたり、がんの成長が抑えられる場合もあります。再燃した場合は薬の種類を変えて対応しますが、徐々に病気が進行していくことを覚悟しなければなりません。

ホルモン療法の副作用としては発汗やほてり、脂肪がつきやすくなる、男性機能の喪失、骨強度の低下などがみられることがありますが、その多くは軽度な症状です。

3のホルモン療法でがんを抑えられなくなった場合に適用される治療法です。ドセタキセルとカバジタキセルの2種類の薬剤が用いられています。3週ごとに点滴しますが、食欲不振や免疫力の低下による感染症など、やや副作用が強い治療で、80歳以上のご高齢の方では困難かもしれません。

グリソンスコアから悪性度が低い(6点以下)と判断され、がんが前立腺のごく一部からのみ検出された場合、治療を開始せずに定期的な採血や針生検を行いながら様子をみる方法もあり、これを監視療法といいます。がんがおとなしいままであれば、無治療のまま、生涯元気に生きられる可能性もありますが、がんの性質が変化して悪化する恐れもあるので、定期的な経過観察は欠かせません。悪化の徴候がみられた時期に治療を開始すれば、ほとんどの場合は手遅れになることはありませんし、50%近くの方が10年以上治療を開始せず過ごせるといわれています。

手術で前立腺を摘出すると、男性機能が失われて勃起しなくなってしまいます。このことを不安に思われる患者さんも多いのですが、男性機能の温存を希望される場合、神経温存という方法があります。前立腺の被膜周囲には性機能にかかわる神経があるので、この神経を残すことで男性機能を温存することができるのです。ただし、神経と共にがんが残ってしまうこともあるので、がんが被膜に近かったり、悪性度が高い方にはおすすめできません。

また、根治を目指したいけれど男性機能をどうしても失いたくないという方に対しては、放射線治療を単独で実施する選択があります。しかし、リスクの高いがんの場合は放射線単独よりもホルモン療法併用(6か月~2年)が推奨されており、ホルモン療法は男性ホルモンを抑制するので、男性機能が失われます。

治療技術の向上と共に後遺症の割合は減ってきていますが、日常生活に支障が出る程度の尿失禁(尿漏れパッドを1日2枚以上)が一部の患者さんにみられます。術後の尿失禁に対しては、骨盤底筋体操というトレーニングや、近年では人工尿道括約筋植込術による治療が一部の施設で保険診療として行われています。

前立腺がんの再発発見にも、先ほどご紹介したPSAの値が非常に重要です。PSAは前立腺だけから作られるタンパク質のため、手術でがんを含めて前立腺を完全に摘出すればPSAは当然、0になります。手術後、PSAが0のまま5年間経過すれば、ほぼ完治したといっても差し支えありません。

しかし、手術後にPSAが0まで下がらなかったり、一旦0になった後に上昇してきた場合は、どこかの場所でがん細胞が増殖してきていると考えられます。術後にPSAが0.2ng/mLを超えたら再発の疑いが大きいと判断され、通常は0.5ng/mLぐらいまでの間にもともと前立腺があった場所に放射線治療を追加します。この時点ではCT等の画像診断では、がんの場所は特定できないため、照射部位以外にがんが広がっていれば効果は得られません。その際にはホルモン療法を追加します。

5年以上経ってから再発する可能性もゼロではないので、一度前立腺がんの治療を受けた方は、異常がみられなくても年1回程度はPSA検査を受けることを推奨します。

これまでご説明してきたように、前立腺がんに対しては多種多様な治療法が存在します。我々医師は検査結果や患者さんのご容体から、患者さんにとってどの治療法が望ましいか真剣に考えて、ふさわしいと思われる治療法の選択肢を提案しますが、最大限患者さんのご希望を尊重したいと考えています。

繰り返しになりますがどの治療を選ぶかは、患者さんご本人がお考えいただき決断することが大切です。そのためには担当医の説明をよく理解し、必要に応じてセカンドオピニオンを活用しながら、ご自身がどのような治療を受けたいか、じっくりとお考えいただきたいと考えます。そのうえで導かれた選択が、その方にとって適した治療法であると我々は考えます。

神奈川県立がんセンターの前立腺センターでは、手術や重粒子線治療から監視療法まで、幅広く治療の選択肢を設けており、ご希望に沿った治療を提供できるという特徴があります。セカンドオピニオンも受け入れているので、現在治療の選択に迷われている場合はお気軽にご相談ください。

前立腺がんは時として命にかかわることのある病気ですが、しっかりと治療すれば完治や長期間の共存が望めます。未来に希望を持ち、がんとうまく付き合いながら医師と共に治療に向き合っていきましょう。

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  • 神奈川県立がんセンター 副院長、地域連携室長、泌尿器科 部長

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