

NTT東日本関東病院 泌尿器科 部長 / 骨盤臓器脱センター センター長
中村 真樹 先生

NTT東日本関東病院 腫瘍内科 部長、緩和ケア科 部長兼務、がんゲノム遺伝診療部 部長兼務
倉持 英和 先生

NTT東日本関東病院 放射線科 主任医長
日下部 将史 先生
ホルモン療法の効果が乏しく転移がある“PSMA陽性転移性去勢抵抗性前立腺がん”(PSMA陽性mCRPC)に対して、2025年9月より“放射性リガンド療法”が新たな治療選択肢に加わりました。副作用が限定的で、予後の改善も期待されています。NTT東日本関東病院では2026年4月からこの治療を開始しました。
今回は、泌尿器科部長の中村 真樹先生、腫瘍内科部長の倉持 英和先生、放射線科主任医長の日下部 将史先生に、治療選択の考え方や放射性リガンド療法のメリット、注意点などについてお話を伺いました。
中村先生:
前立腺がんとは、男性の膀胱のすぐ下で尿道を取り囲む“前立腺”に発生する悪性腫瘍です。前立腺がんは男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて増殖する性質があります。そのため、前立腺以外の臓器に転移がある患者さん、手術や放射線療法などの治療後に再発した患者さんには、男性ホルモンの分泌やはたらきを抑える薬を用いて治療を行います。これをホルモン療法と呼びます。ホルモン療法は有効な治療法で、開始するとがん細胞の増殖が抑えられ、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の数値も低下します。しかししばらく続けていると、一部の方は男性ホルモンが抑えられている状態(去勢状態)であるにもかかわらず、増殖するがん細胞が現れる場合があります。このようにホルモン療法の効果が弱いと判断された状態を、去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)といいます。CRPCのときに前立腺以外の臓器に転移がある場合は、metastatic(転移性)の頭文字をつけてmCRPCと呼びます。
2023年に日本で前立腺がんと診断された患者さんは約102,000人で、新たにmCRPCと診断される方は年間10,000人程度といわれています。
倉持先生:
mCRPCの患者さんの場合、基本的に手術や放射線療法は適応がないため、主に薬物療法が行われます。男性ホルモン受容体のはたらきを抑える“新規アンドロゲン受容体シグナル阻害薬(ARSI)”や細胞障害性抗がん薬のほか、遺伝子検査の結果によっては分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬による治療の対象となる方もいます。2025年9月からは、新たに“放射性リガンド療法”が承認されて選択肢に加わりました。
中村先生:
治療の順序としては、まずARSIを投与して効果をみながら、次の選択肢として抗がん薬を検討するという流れになるでしょうか。
倉持先生:
最近では、腫瘍量が多い場合などは転移がなくても、あるいは去勢抵抗性でなくてもARSIではなく抗がん薬を投与する患者さんもいます。しかし、高齢の患者さんなどでは効果と副作用のバランスから抗がん薬を選択しにくい方もいます。そのような場合は、ARSIを中心に治療を組み立てていくことになるかと思います。
日下部先生:
前立腺がんに用いられる放射性リガンド療法は、前立腺がんの表面に高い確率で発現しているPSMA(前立腺特異的膜抗原)というタンパク質に特異的に結合する物質(リガンド)と放射線を放出する放射性物質(ルテチウム-177)を組み合わせた薬剤による治療法です。投与された薬剤がPSMAに結合すると前立腺がん細胞の内部に取り込まれ、ルテチウム-177が放射線を放出してがん細胞を攻撃します。
放射性リガンド療法は、薬剤ががん細胞の内部に取り込まれてがん細胞を特異的に攻撃するため、副作用は限定的であると考えられます。
倉持先生:
放射性リガンド療法は、原則として6週間に1回薬剤を投与するサイクルで、最大6サイクル行います。投与回数は病気の経過や副作用の程度などをみながら判断していきます。
治療は入院で行います。薬剤を投与すると体から放射線が放出されるので、周囲の方への影響を避けるため医療法で定められた放射線量に低下するまでの間は、“特別措置病室”という特別な部屋で過ごしていただきます。薬剤を投与する前日に入院していただき、薬剤を投与し、翌日に体から出る放射線量を確認し基準値以下になっていれば退院という流れで、多くの方の入院期間は2泊3日程度です。
日下部先生:
放射性リガンド療法の対象となるのは、PSMA陽性mCRPCの患者さんです。患者さんには事前に“PSMA-PET検査”という専用の検査を受けていただき、PSMAが陽性であることを確認したうえで、この治療の適応となるかを判断します。
一般的に“PET検査”というとFDG-PET検査を指しますが、PSMA-PET検査もPET検査の一種です。FDG-PET検査では、がん細胞が通常の細胞よりも活発にブドウ糖を取り込む性質を利用して、FDG(放射性フッ素を付加したブドウ糖)という放射性薬剤を投与し、その分布の様子からがんがある場所を調べます。一方、PSMA-PET検査では、前立腺がんに多くみられるPSMAと結合する放射性薬剤を投与し、前立腺がん細胞にPSMAが発現しているか判断します。つまり、PSMA-PET検査は前立腺がんに特化したPET検査です。
倉持先生:
当院にはPSMA-PET検査の装置がないため、放射性リガンド療法を希望される患者さんは、他の病院でPSMA-PET検査を受けていただきます。
倉持先生:
現時点ではPSMA陽性mCRPCの患者さんのうち、1種類以上のARSIによる治療を受けたことがある方が放射性リガンド療法の対象になります(2026年4月時点)。なお、放射性リガンド療法の薬剤は投与した後、主に腎臓から排泄されます。そのため、腎機能が低下している方では慎重に適応を検討する必要があると考えています。
また、この治療では薬剤を投与してから退院までの間、医療スタッフとの接触も最小限にとどめ、特別措置病室内でおひとりで過ごしていただく必要があります。当院では、特別措置病室に入院されている間は、尿はトイレに流さず容器にためていただくこと(蓄尿)をお願いしています。詳しくは後述しますが、退院してからも周囲の方への影響を少なくするために、守っていただく注意事項がさまざまあります。そのため、注意事項や作業手順などをしっかりと理解し、ご自身で身のまわりのことを行える状態であることがとても重要です。
中村先生・倉持先生:
放射性リガンド療法は、これまでさまざまな治療を受けてきて治療選択肢が限られた状態の患者さんにとって、大きなメリットが期待できる治療だと思います。
日下部先生:
先ほど、放射性リガンド療法は副作用が限定的であると申し上げましたが、この治療にも注意すべき副作用がいくつかあります。
倉持先生:
そうですね。まず、注意が必要なのは血液を作る臓器である骨髄が放射線の影響を受け、白血球や赤血球、血小板などが減少する“骨髄抑制”です。そのほか口の中が乾燥したり、疲労感をおぼえたり、吐き気や下痢、便秘なども起こる可能性があります。
日下部先生:
また、倉持先生のお話にもあったとおり、放射性リガンド療法の薬剤を投与すると体から放射線が放出されます。時間とともに低下していくため、基準値以下になったら退院できますが、退院後もしばらくは放射線の放出は続きます。同居されているご家族や周囲の方への影響を抑えるため、以下のような点に注意が必要です。当院では適切に管理いただけるよう、患者さん・ご家族向けのパンフレットをお配りし、そちらもご覧いただくようお伝えしています。
▼薬剤の投与後3日間
▼薬剤の投与後7日間
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