概要
大動脈弁輪拡張症は、心臓から体全体に血液を送り出す大動脈と心臓をつなぐ部分にある“大動脈弁輪”が異常に広がる病気です。
大動脈弁輪は心臓の弁(大動脈弁)を支える輪状の線維性組織で、大動脈弁は血液の逆流を防ぐ重要な役割を果たしています。また、大動脈弁とその周辺の大動脈を大動脈基部と呼びますが、何らかの理由で大動脈基部や大動脈弁輪が拡張すると、大動脈弁が正常に閉じなくなる“大動脈弁閉鎖不全症”を引き起こすことがあります。また、重症化すると大動脈基部が破裂する危険性もあります。
大動脈弁輪拡張症は、初期段階ではほとんど症状が現れません。そのため、気付かないうちに心臓の機能が低下し、さまざまな心臓の病気を引き起こす可能性があります。症状が進行して心不全の状態になると、息切れ、疲れやすさ、動悸、胸の痛みなどが現れます。
大動脈弁輪拡張症の原因はさまざまで、生まれつきの体質や高血圧症、動脈硬化*などが関係していると考えられています。特に、マルファン症候群などの遺伝性疾患では、結合組織**の異常により発症リスクが高まります。
治療方法は症状の程度によって異なります。軽度の場合は薬物療法で経過観察することもありますが、多くの場合は手術が必要となります。手術では、拡張した血管や大動脈弁を人工血管や人工弁に置き換える大動脈基部置換術や、大動脈弁を温存し機能の改善を図る自己弁温存大動脈基部置換術などが行われます。
*動脈硬化:血管の内壁が厚くなり、血管の内側が狭くなって弾力性を失った状態。
**結合組織:体のさまざまな部分を支え、つなぎ合わせる役割を持つ組織。
原因
大動脈弁輪拡張症の原因は、何らかの要因で大動脈が異常に拡張することです。大動脈が広がると、大動脈弁輪も同様に拡張します。
その要因の1つとして、マルファン症候群が挙げられます。これは遺伝子の異常によって結合組織に障害が生じる先天性疾患で、全身の結合組織がもろいため、心臓や血管、筋肉、骨、目など多くの器官や組織に影響を及ぼします。マルファン症候群の患者では、大動脈基部が拡張しやすく、その結果として大動脈弁輪拡張症が引き起こされることがあります。
また、エーラス・ダンロス症候群などのほかの結合組織疾患も、大動脈弁輪拡張症の原因となることがあります。
さらに、高血圧症、動脈硬化、加齢なども大動脈弁輪拡張症の発症に関与していると考えられています。高血圧症は大動脈に持続的な圧力をかけるため、長期間にわたり大動脈の拡張や損傷を引き起こす可能性があります。同様に、動脈硬化も大動脈の硬化や肥厚を招き、柔軟性を損ない、拡張を促進します。また、加齢により大動脈の弾力性が失われることで、拡張しやすくなることもあります。
症状
大動脈弁輪拡張症は、初期段階ではほとんど症状が現れないことが特徴です。多くの患者は、病気が進行するまで自覚症状がないまま過ごすことがあります。しかし、病状が進行すると、大動脈弁閉鎖不全症を引き起こす可能性があります。
大動脈弁閉鎖不全症は、大動脈弁が正常に閉じなくなることで、心臓から大動脈に送り出された血液の一部が心臓に逆流します。この逆流が続くと、心臓に過度の負担がかかり、徐々に心臓のポンプ機能が低下していきます。その結果、息切れ、疲れやすさ、動悸、胸の痛みなど心不全の症状が現れ始めます。
検査・診断
大動脈弁輪拡張症では明確な症状がないため、初期段階で発見するのは困難です。病状が進行すると聴診で心雑音が確認できるようになります。
また、大動脈弁閉鎖不全症が疑われる場合には、心電図検査や胸部X線検査、血液検査などが行われます。心電図検査では心臓の肥大や不整脈の有無を、胸部X線検査では心臓の肥大や胸水の有無をチェックします。血液検査では、心不全の重症度を評価します。
精密検査として心臓超音波検査(心エコー検査)や経食道心臓超音波検査を行います。これらの検査により、病気の程度や原因を詳しく調べることができます。また、大動脈弁輪部や大動脈の拡大を評価するために、大動脈CT検査が行われます。
手術が必要と判断された場合には、入院のうえ心臓カテーテル検査が実施されることがあります。心臓カテーテル検査では、足の付け根の血管から医療用の細い管(カテーテル)を通して心臓まで進め、心臓内部の圧力や血液の流れを調べます。
治療
軽度の大動脈弁輪拡張症であれば薬物療法で経過観察を行うこともありますが、根本的な治療としては手術が行われます。手術では、大動脈基部置換術や自己弁温存大動脈基部置換術などが行われます。いずれの手術も、人工心肺を用いて心臓を一時的に止めた状態で行うため、体への負担が大きくなります。
薬物療法
病気の進行を遅らせ、心臓への負担を軽減するために血圧を下げる薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬など)が使用されます。ただし、薬物療法では血液の逆流を治すことはできないため、定期的な心エコー検査などでの経過観察が必要です。
大動脈基部置換術
通常、大動脈弁輪の拡張によって大動脈弁閉鎖不全症が引き起こされます。そのため、拡張した大動脈を人工血管に置き換えるとともに、大動脈弁を人工弁に置き換えます。手術後は、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を継続して服用する必要があります。
自己弁温存大動脈基部置換術
大動脈弁を温存しつつ、拡張した大動脈基部を人工血管で置換する方法です。この手術は、患者自身の弁を残せるメリットがありますが、弁の状態が良好か否かによる影響も受けます。また、高度な技術が必要なため、経験豊富な施設で行われることが多い術式です。
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