発作性夜間ヘモグロビン尿症とは「PIGA」という遺伝子の変異によって、血液中の赤血球が壊される「溶血」や、免疫細胞が自身の造血幹細胞を攻撃してしまうことによって起こる「骨髄不全」を引き起こす希少疾患です。
今回は発作性夜間ヘモグロビン尿症の症状や原因、溶血が起こるメカニズムについて大阪大学大学院医学研究科 内科系臨床医学専攻 血液・腫瘍内科学の西村純一先生にお話を伺いました。
発作性夜間ヘモグロビン尿症とは、後天的に造血幹細胞*の遺伝子に異常が起きることで、血液中の赤血球が壊れる「溶血」が起こる疾患です。溶血が起こると赤血球中の血色素であるヘモグロビンが血球外に溶出してしまいます。
「発作性夜間ヘモグロビン尿症」という疾患名は、睡眠が溶血を誘発し尿中にヘモグロビンが溶け出すことで、寝起きに排泄する尿がコーラ色の「ヘモグロビン尿」になることから名付けられました。
発作性夜間ヘモグロビン尿症は最初からこの疾患に罹患する方もいれば、再生不良性貧血や骨髄異形成症候群(MDS)を経て発作性夜間ヘモグロビン尿症に至る方もいます。
*造血幹細胞……脊髄に存在する細胞で、白血球、赤血球、血小板などの血液細胞を作り出す役割があります。
発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者数は1998年の調査では430名程度といわれていましたが、近年の調査では1000名ほどは存在すると推測されています。
しかしこの数字はあくまで推測であり、実は発作性夜間ヘモグロビン尿症は厳密な患者数を把握しづらい側面があります。なぜなら最初は再生不良性貧血と診断されていた患者さんが夜間ヘモグロビン尿症に段階的に移り変わっていくこともあるため、診断の線引きが難しいからです。そのため1000名という数字は、現在臨床的に発作性夜間ヘモグロビン尿症の症状が見受けられる患者さんの推定数となります。
発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんのほとんどは成人で、特に20〜60歳代によく見受けられます。しかし近年は新薬の登場で患者さんの生命予後が向上したこともあり、70〜80歳代の患者さんも増えてきました。
また発作性夜間ヘモグロビン尿症は遺伝子の変異が原因となる疾患であるため、男女比に大きな差はなくどちらにも発症します。また遺伝子の異常による疾患ではあるものの、変異が後天的に起こるため遺伝することはありません。
発作性夜間ヘモグロビン尿症には3大症状と呼ばれる代表的な症状があります。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症の3大症状>
ここではそれぞれの症状とそれにともなって起きる現象について、ご説明します。
人の体は赤血球が減少するとそれを補おうと、赤血球を多く作るようにはたらきかけます。しかし溶血がひどいと赤血球の増産が間に合わず、その結果貧血になってしまいます。このような溶血に伴う貧血を「溶血性貧血」と呼びます。貧血と耳にすると鉄不足によって起こる「鉄欠乏性貧血」を思い浮かべるかもしれませんが、溶血性貧血の場合、鉄を補っても貧血が改善することはありません。
貧血は下記のような体調不良を引き起こします。
<貧血による体調不良>
発作性夜間ヘモグロビン尿症と再生不良性貧血は経過中に合併・相互移行を起こすことがあります。再生不良性貧血とは体内の異物を排除する役目を持つ免疫細胞が造血幹細胞を攻撃してしまうようになり、造血幹細胞の数が減り、その結果造血幹細胞で作られるべき赤血球、白血球、血小板などが十分に作られなくなってしまう疾患です。この再生不良性貧血も一般的な鉄欠乏性貧血とは異なり、鉄分補給によって病状が改善することはありません。発作性夜間ヘモグロビン尿症では、この再生不良性貧血にみられる骨髄不全の病態を、症例ごとに程度の差はありますが伴っています。
再生不良性貧血は上記でご説明した溶血性貧血同様、貧血による倦怠感や動悸などの症状を引き起こすほか、白血球が減少することにより細菌やウイルスに弱くなり、感染症にかかりやすくなったり、血小板の減少により出血しやすくなり、止血が難しくなったりしてしまいます。そのため、この症状が重い場合には、感染症の罹患や出血が原因で亡くなってしまう患者さんもいらっしゃいます。
血栓症とは血管内に血栓が形成されることで血管が詰まり、血流が滞ってしまう疾患です。なかにはこの血栓症によって命を落としてしまう患者さんもいます。明確な発症機序は解明されていませんが、溶血が深く関与していることは間違いなさそうです。
コーラ色が特徴のヘモグロビン尿はこの疾患の名称にもなっていますが、実はすべての患者さんに起こる症状ではありません。ヘモグロビン尿を経験したことのある患者さんは全体の3分の1程度といわれています。
また基本的には睡眠が溶血を誘発するため、寝起きに排泄する尿がヘモグロビン尿である確率が高いのですが、なかには日中も常にヘモグロビン尿が出てしまう患者さんもいます。溶血を誘発する要素としては睡眠の他にも感染症が挙げられ、風邪を引いた際などにヘモグロビン尿が見受けられることもあります。一方でヘモグロビン尿を一度も経験しない患者さんも半数以上いらっしゃいます。
溶血は貧血、血栓症の他にもさまざまな症状を引き起こします。代表的なものは下記のとおりです。
<溶血が引き起こすその他の症状>
嚥下困難や胸痛、腹痛、男性機能不全は、溶血によって流出したヘモグロビンが血管の拡張・弛緩を促す一酸化窒素(NO)と結合し、その働きを急激に抑制してしまうため、血管の収縮や筋肉のけいれんが起こることによって発症するといわれています。
発作性夜間ヘモグロビン尿症には上記の3大症状を始めとするさまざまな症状がありますが、どの症状がどれくらいの重症度で現れるかは個々人によって異なります。
症状の出方はとりわけ人種による差が激しく、欧米系の白人種の方の場合は溶血が強く血栓症で命を落とすことが多い一方、日本を含むアジア系の人種は、血栓症は少ないものの骨髄不全症状が強く感染症や出血で命を落とす方が多いという特徴があります。血栓症を合併しやすい白人種のほうが重症の患者さんが多いといわれています。
発作性夜間ヘモグロビン尿症の原因遺伝子は「PIGA(ピッグエー)」遺伝子です。造血幹細胞の1つに後天的に遺伝子の異常が起きることによって「PNH幹細胞」と呼ばれる細胞がつくられます。PNH幹細胞は少数のときには特に影響を及ぼしませんが、何らかの原因で徐々に増殖し、ある一定の量まで増えると症状を引き起こします。
PNH幹細胞がなぜ増殖してしまうのか、その理由はまだ解明されていません。しかし再生不良性貧血から発作性夜間ヘモグロビン尿症に進展する患者さんの場合に限り、下記のような機序が考えられています。
再生不良性貧血の患者さんの約60%は発症時すでにPNH型血球を微量に持っているといわれています。免疫細胞の攻撃によって正常な幹細胞が減っていくなか、PNH幹細胞が免疫細胞の攻撃を逃れ相対的に増えてしまうからではないかといわれています。
少し難しい話になりますが、ここで発作性夜間ヘモグロビン尿症がなぜ溶血を引き起こすのか、そのメカニズムについてご説明します。
補体は外から侵入する外敵を排除する免疫システムで、異物が侵入するとそれがシグナルとなって補体が活性化しますが、補体は敵味方、自己非自己の区別なく攻撃します。健康な人の体内では、異物を排除しようとして補体が矛のように向かってきても、自身の身を守るための盾となる蛋白である補体制御因子(CD55やCD59)を持っており、補体に傷つけられることはありません。しかしPNH患者さんでは、補体制御因子を欠く為に補体の攻撃にさらされ、最も弱い赤血球では大きな穴をあけられてしまい、PNHの象徴的な症状である血管内溶血を引き起こしてしまいます。
CD55やCD59は、GPIアンカー型蛋白という細胞の膜表面に発現している蛋白群に属します。健康な人の細胞膜表面にはこれらの蛋白が発現していますが、PNHの患者さんでは血液細胞内のPIGA遺伝子の異常により、GPIアンカー型蛋白が細胞表面に発現するためのアンカーといわれる部分の合成ができないため、CD55やCD59も欠落してしまいます。このようなGPIアンカー型蛋白が欠落した血球をPNH型血球と呼びます。
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