北里大学北里研究所病院の眼科では、一定の基準をクリアした施設でしかできない“羊膜移植”を実施しています。角膜(黒目)の上の皮がはがれてしまってなかなか治らない場合(再発翼状片、角膜潰瘍・上皮欠損、結膜腫瘍、角膜穿孔など)に羊膜を移植すると早くきれいに治ることが実証され、2014年に保険適用となりました。今回は羊膜移植と翼状片について、北里大学北里研究所病院 眼科部長の川北 哲也先生にお話を伺いました。
羊膜は、母親のお腹の中で赤ちゃんを包んで保護している膜のことです。
生まれてくる赤ちゃんが傷だらけで出てくることはありませんよね。それは羊水や羊膜(を含む卵膜)が赤ちゃんを守っているのと同時に、もし傷ができても羊膜から傷を治す因子が放出されますので、きれいに治って生まれてくるからです。この羊膜の性質を活用することで、移植後に瘢痕(傷あと)が残りにくく、炎症を抑えながらきれいに治すことができるのです。また、もともと母親と子ども、別々の個体の間にある膜で血管の成分も含まれないため、拒絶反応が起こりづらい組織です。
移植に用いる羊膜は、帝王切開で出産する妊婦さんに承諾を得て、ご提供いただきます。帝王切開時に清潔に取り出し、洗浄・裁断したうえで保存液に浸けて冷凍され、“羊膜バンク”として保存されています。羊膜移植をする場合に取り寄せて、解凍して使います。
羊膜移植は一般にあまり馴染みがないかもしれませんが、実はかなり前から研究されていました。人体に初めて羊膜移植をしたのは1910年であったといわれています。眼科では1940年に結膜欠損の治療として羊膜移植が行われたのが最初です。ほかにも腹部手術での癒着防止などでの使用が試されてきましたが、その後しばらくの間はあまり行われていませんでした。
そして1995年になって、米国マイアミ大学がヒトの羊膜を移植してウサギの眼表面疾患を治したという報告を出すと、眼科領域で羊膜移植がたくさん行われるようになりました。私は2000年から日本で羊膜移植を研究的に実施しており、このマイアミ大学から羊膜研究を報告されたScheffer Tseng先生の研究所で、3年間研究、勉強してきました。
日本でも2003年には羊膜移植が先進医療として認定され、2014年に一部の目の病気で保険適用になったという経緯があります。2022年現在保険適用になっている病気以外にも、羊膜移植にはまだまだ可能性が秘められており、眼科に限らず脳や心臓の病気など、幅広い活用方法が模索されているところです。
羊膜移植はどこの病院でも受けられるわけではなく、きちんと要件を満たした術者や施設でないと実施できません。当院も私も、この要件を満たしたうえで羊膜移植を実施しています。
術者の要件の1つに “羊膜移植術について術者または助手としての経験を6例以上有すること”があるのですが、私自身はこれまで東京歯科大学市川総合病院、慶應義塾大学病院で執刀経験があります。羊膜がきれいに生着するようにピンと張った状態で移植をすること、縫合をできるだけ少なくして術後の炎症を最小限にすること、瘢痕がなるべくできないようにすることにこだわって手術しています。
また、羊膜移植では痛みはほとんどありませんが、当院では笑気麻酔を吸っていただくことで緊張をほぐし、リラックスして眼科手術を受けてもらえるようにしています。
なお、当院の場合、羊膜移植は入院せずに外来でも実施できます。遠方から来られた方などは2泊3日ほど入院される場合もあり、患者さんの希望に応じて臨機応変に対応しています。
羊膜移植は、角膜(黒目)に結膜(白目)の一部が入り込んでしまう病気である“翼状片”の治療選択肢の1つとしても使われます。
翼状片は三角形の形をした結膜が角膜の鼻側に侵入してくる病気です。これは結膜の下にある組織が異常に増殖したために起こるのですが、悪性ではありません。どうして翼状片ができるのかはよく分かっていませんが、紫外線をよく浴びる方(漁師やゴルフのキャディなど)に多いようです。高齢の患者さんが多いですが、若い方にも起こります。
翼状片があると充血してしまい、見た目で変化が分かりますので、気にして眼科受診をされる方が多いですが、かなり進行してから受診される方もいます。若い方だと進行が早く、術後の再発率も高い傾向がありますので、眼科医の立場としては、少しでも気になるなと思ったらお早めに受診していただきたいです。
翼状片が進行して角膜の中央部分に迫ってくると、乱視が起こって見えづらくなりますし、もっと進んで中央まできた場合は極端な視力低下が起こることもあります。また、翼状片によってまぶたと結膜がくっついているような場合(眼球癒着)は目が動かしづらく、横を見たときに二重に見える(複視)症状が出てくることもあります。
翼状片の治療としては、角膜への侵入がごく軽度(1~2mm程度)で厚みも薄い場合は、充血・炎症を伴わないことが多く、経過観察もしくは点眼薬のみで様子を見ることが多いです。しかし、厚みが増してきたり、乱視が出てきたりしているような場合は手術を検討します。
翼状片の治療として羊膜移植が適応となるのは、それまでにいろいろな治療法を試しても治らず、羊膜移植でしか治せないだろうと考えられる場合です。再発した例や、かなり厚みがあって結膜の切除範囲が広い例などが該当します。切除範囲が広いと眼球の壁である強膜が露出してしまうので、そこに羊膜を移植することによって感染のリスクを下げ、うまく上皮が張るようにサポートできます。また、眼球癒着を起こしている場合は、患部を切除するだけでは治らないことが多いのですが、羊膜移植をすると治りやすくなります。
翼状片で羊膜移植などの手術を受けていただいた場合、手術の翌日には眼帯が取れることがほとんどです。翌日は少し見づらさがあると思いますが、ほぼ普段どおりの生活をしていただけます。ただし、充血はしばらく続きますので、抗菌剤の目薬と炎症を抑えるステロイドの目薬を1~3か月ぐらい、漸減していくような形で使います。このようにして回復を待つと、いつも充血していた目がきれいになったり、二重に見えて不便だったことが解消されたりします。
なお、羊膜移植には特に年齢制限などはありません。白内障手術やレーシックなどをしたことがある方でも問題なく受けていただけますので、この手術ができないという方はあまりいらっしゃいません。
「充血することが多い」「黒目・白目がちょっと気になる」ということがあっても、こんなことで受診してよいのかと思ってしまう方がいるようです。
今回ご紹介したような羊膜移植や翼状片に限らず、目の表面のことで気になることがあれば、ちょっとしたことでも構いませんので、眼科に相談にお越しください。最新の治療を含めて解決方法を一緒に考えさせていただきます。もし、羊膜移植のような目の手術が必要になる病気の場合でも、可能な限りご希望に応じて外来か入院か選べるように配慮しますし、痛みや緊張を少し和らげるような麻酔をして、術後の炎症をなるべく少なくできるように執刀いたします。どうかお気軽に眼科へお越しください。
川北 哲也 先生の所属医療機関
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