がん治療は日々進歩しており、予後が不良ながんとして知られる肝がんも例外ではありません。腹腔鏡を使うことで患者さんの負担を抑えたより精度の高い手術が可能となったり、新たな薬の開発試験が進んでいたりするなど、今後は治療選択の幅がさらに広がることが予想されます。今回は、山梨県立中央病院 院長補佐兼肝胆膵外科 飯室 勇二先生に、同院で積極的に行っているという腹腔鏡下肝切除術の概要や実際の流れをお伺いするとともに、肝がんの予後改善を目指す同院の取り組みについてもお話しいただきました。
腹腔鏡下肝切除術では、がんのある場所に応じてお腹に5~12mmの穴を複数開け、そこから腹腔鏡というカメラや器具を挿入して手術を行います。切除したがんはへそ部分に開けた穴など、1か所の穴を拡大して取り出します。また、がんが大きい場合には下腹部を数cmほど切開して取り出すこともあります。
開腹手術の場合はお腹を大きく切開する必要があるため、それに伴って出血量が多くなったり、回復に時間がかかったりしがちです。一方、腹腔鏡下肝切除術では、傷が小さく済むため術後の回復が早いという利点があります。また、開腹手術に比べて出血を抑えられることもメリットです。傷が小さいことに加え、腹腔鏡下肝切除術ではお腹に二酸化炭素を入れて膨らませるため、常に圧迫止血されているような状態で手術を行えます。
さらに、腹腔鏡下肝切除術ではカメラを使うため、病変を拡大して見ることもできます。開腹手術では目が届きにくいような部分も観察しながら手術を行えるのは腹腔鏡下肝切除術ならではの特徴です。
腹腔鏡下肝切除術は、開腹手術と比較すると手術時間が長くなる傾向があります。また、健康状態によっては適応にならないケースもあります。お腹に二酸化炭素を入れて膨らませることがリスクになると考えられる方(心肺機能に不安がある方など)は、腹腔鏡下肝切除ではなく開腹手術となることが多いです。そのほか、がんが大きい場合や、がんが重要な血管に広い範囲で接している場合なども開腹手術となります。
なお、腹腔鏡下肝切除術を選択したとしても、安全性を考慮して開腹手術に移行する場合もあります。体への負担を少なくすることも大切ですが、なによりもまず安全が第一ですので、その点はご理解いただく必要があります。
当科では手術予定日の前日、または前々日に入院していただいています。腹腔鏡下肝切除術は全身麻酔下*で行い、手術時間はおおむね5時間程度です。手術後の入院期間については経過により長くなるケースもありますが、平均すると1週間程度です。
*麻酔科標榜医:久米 正記先生
一般的にがんの経過観察期間は5年とされていますが、肝細胞がんは再発のリスクが高いため、5年経過後も継続的なフォローが必要とされています。通院頻度は、手術直後は4週間に一度、その後、術後2年経過する頃までは3~4か月に一度程度の受診をしていただいています。以降は少しずつ間隔を空けることはできますが、継続的な通院は必要です。なお、治療後は定期的な通院だけでなく、バランスのよい食事を取る、飲酒を控えるなど、生活習慣を見直すことも大切です。
当科では内科と連携し、C型肝炎の治療をした後に肝がんを発症した患者さんには、可能な限り肝切除を実施しています。C型肝炎ウイルスを駆除したとしても肝がんが発生することがありますが、その際の治療には肝切除を選択すると以降の再発を抑えられる傾向があるためです。
当院では、これまでも肝炎や肝炎に起因する肝細胞がんの治療、研究に注力してきており、C型肝炎については経口抗ウイルス薬によるC型肝炎国際共同治療を主導し、薬事承認につなげた実績があります。その後の経口抗ウイルス薬のさらなる進歩もあり、C型肝炎の治療は大きく進展し、肝がんの発症率は低下しつつあります。今後も内科との緊密な連携により、肝がんのよりよい予後を目指していきます。
当院は、2013年にゲノム解析センターを設置し、がんの発症に関与する遺伝子異常を明らかにするための研究を進めています。2023年4月には、がんゲノム医療拠点病院にも指定されました。昨今、がんゲノム医療*が進展していますが、肝細胞がんについては特有の遺伝子変異に効果を発揮する薬がまだあまりない状態で、発展途上にあるといえます。一方で、肝内胆管がんを含む胆道がんは、がんゲノム医療の有効性がより期待できるともいわれています。
当院では現在、肝切除を受けられる患者さんのうち同意をいただいた方について、全例でがん遺伝子パネル検査(遺伝子解析)を実施しています。この遺伝子解析結果を元に、多発肝がんや再発肝がんの治療において、肝臓内で転移した病変の場合(肝内転移)と新たに発生した病変の場合(多中心性発生)を正確に区別することで、より望ましい治療選択に役立てる、などの研究に力を注いでいます。
*がんゲノム医療:がん細胞のゲノム(遺伝情報)を調べ、遺伝子変異からがんの性質を知り、適した治療法を選択する医療。
C型肝炎治療の進展によりウイルス性の肝細胞がんが減少してきましたが、この傾向は今後さらに進むでしょう。また、非ウイルス性の肝細胞がんが増加傾向にあるとはいえ、脂肪肝に起因する肝炎の治療研究も着実に進んでいます。これに伴い非ウイルス性の肝細胞がんの発症も抑えられるようになれば、肝細胞がん全体の発症はさらに減少していくと予想しています。たとえ発症がゼロにならなかったとしても、免疫チェックポイント阻害薬などを用いる治療も大きく進歩しており、いずれ“予後が不良ながん”といわれることもなくなるかもしれません。
ゲノム解析については、現在は切除した肝臓の組織を使って解析していますが、血液による解析が可能になれば、患者さんの負担が減ることはもちろん、医療者側としてもより適切な治療の判断がしやすくなると考えています。
また、当院では、近い将来、肝細胞がんの治療にもロボット手術の導入を検討しています。これにより患者さんの体への負担をさらに抑えた手術が実現できればと考えています。
健康診断や人間ドックで肝臓の病気の可能性を指摘された方は、内科でも外科でも構いませんので、まずは一度受診いただくことをおすすめします。たとえ肝がんが見つかったとしても、今は手術以外にもさまざまな治療選択肢があります。治療選択に迷われている方については、セカンドオピニオンを受けてから決めるのも1つの方法です。どのような状況であれ、肝臓に不安を抱えている方は1人で悩まず、医師にご相談をいただければと思います。
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