十数年前には救えなかった命を、救えるようにするために

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十数年前には救えなかった命を、救えるようにするために

立場が変わってもなお、学びの姿勢を貫く秋田弘俊先生のストーリー

北海道大学病院 病院長、北海道大学大学院医学研究院 腫瘍内科学教室 教授
秋田 弘俊 先生

根底にあるのは、「人の役に立ちたい」という思い

中学生、高校生のころから動物や人間の体のしくみへの興味が強く、理科や生物の授業が好きでした。そのため、自分の将来を考えたときに、医師になるという選択肢が出てきたのは自然な流れだったのかもしれません。とはいえ、ずっと医師を目指していたわけではなく、高校3年生のときには、医学部へ進むのか、生命科学部へ進むのか迷ったこともありました。それでも、最終的に医学部への進学を決めたのは、医師という職業ならば“人の役に立っている”ということを分かりやすく、直接的に感じられると考えたからでした。「医療を通して人の役に立ちたい」という思いは、今も変わらずに持ち続けています。

2人の恩師には感謝してもしきれない

1981年に北海道大学医学部を卒業し、自身に向いていると感じた内科の道へ進むことを決めました。当時はCTやMRIが普及する前だったので、内科医として胸部X線写真の読影を学びたいと考えて北海道大学病院 第一内科(呼吸器内科)に入局し、特に肺がんの研究や診療を行いました。
入局してすぐにご指導いただいたのが、当時の教授だった村尾 誠先生でした。村尾先生に指導を受けたのは、先生が定年退職されるまでの1年間のみでしたが、その短い期間で“内科医としての作法”をみっちり教えこまれました。入局1年目の僕が教授から総回診前のチャートカンファレンスで直々に指導していただくというのは、非常に恐れ多かったです。週に1回、先生の前で僕が担当する患者さんの病状や治療方針などについてプレゼンテーションをする機会があり、いつも足のすくむ思いでした。プレゼンテーションをする前日は、毎回必死になって夜中まで準備をしていましたね。ただ、そういった緊張感のある厳しい状況の中できちんと学べたことが、のちのち実力と自信につながっていった部分はあるかもしれません。僕の中にある、ものの考え方や診療のスタイルなどは、“村尾内科” の教えがベースになっています。
僕にとって、もう1人の恩師が、村尾先生の次に教授になられた川上義和先生(現・北海道大学 名誉教授)です。川上先生には、研究に際してご指導をいただいたり、留学の相談に乗っていただいたり、留学から戻ってきたときに僕をスタッフとして受け入れていただいたりと、長年にわたり、親身になってご指導いただきました。この2人の恩師には、感謝してもしきれないと思っています。

肺がんの研究と診療がきっかけとなり腫瘍内科へ

入局後は、主に肺がんの研究と診療を行っていました。ひとくちに肺がんといっても、原発性肺がん(最初にがんができた部位が肺の場合)の患者さんもいれば、転移性肺がん(最初に別の部位にがんができ、転移した先が肺の場合)の患者さんもいます。さまざまなケースの肺がん診療を経験していくうちに、肺がんだけではなく、全身の固形がんを対象とする腫瘍内科医として、がんの研究や治療に携わりたいと考えるようになりました。

医師としても経営者としても、コミュニケーションを重視する

日々の診療においては、患者さんやご家族とのコミュニケーションを大切にしています。具体的には、一方的な診療にならないように、まずはきちんと相手のお話を傾聴したうえで、こちらからもお話しする、ということを心がけています。当院に来院されるときにはすでに病名の告知を受けているケースもあるので、ご家族が同伴されているときには一緒に診察室に入っていただきます。ご家族にも、チーム医療を行うメンバーの1人として携わっていただいているような感覚でしょうか。
そして、患者さんやご家族とのコミュニケーションと同じくらい重要なものが、診療に携わる看護師や薬剤師などのメディカルスタッフとの連携です。後進の医師に指導をする際にも、診療に関わるスタッフとどのように連携をとっていくか、そのうえでどのようなコミュニケーションの取り方がポイントとなるのか、といったことに注意を向けるように伝えています。
医師視点でのコミュニケーションのほかに、病院の経営者視点で重視しているのもまた、コミュニケーションです。僕は、院長という立場になった今でも、外来診療や総回診を行っています。診療や総回診を通じて現場の空気を肌で感じることで、そこで働くスタッフと互いに身近な存在であり続けたり、現場感覚を持ち続けたりすることができると考えています。病院の経営者、管理者として、現場の医師やスタッフが考えていること、感じていることを理解して吸い上げたうえで経営方針を決めていくことを大切にしていきたいですね。

新たな学びを得たいという欲求が、自身を突き動かす

日々変化する医療の世界では、若手の医師が知っていて、僕が知らない情報もあります。そういうときには、“教授だから”“院長だから”といったことにはとらわれずに、相手が誰であろうと素直に教えてもらうようにしています。心がけているというよりは、自然と気になったこと、分からないことは知っている人に聞いてしまう、というほうが正しいでしょうか。“知らなかったことを知る、理解する”ということが、自分の中で大きなモチベーションになっているのだと思います。そしてなによりも、新たな知識を得ることで、患者さんを救える可能性が広がるとすれば、それほど幸せなことはないと思っています。

肺がんの治療を例にとると、以前まで薬物療法といえば“抗がん剤”が中心でしたが、2000年代前半から“分子標的治療薬”が、2014年からは“免疫チェックポイント阻害薬”という薬が登場しました。このように、ここ十数年でがんに対する薬物治療は大きく変化しています。ただ、それは違う見方をすると、今なら助かる可能性がある命でも、がんになったタイミングが十数年前だったがために助からなかった命もある、ともいえるのではないかと僕は考えています。実際、「あと数か月早くあの薬が登場してくれていたら、何か変わったかもしれない」と思ったことや「数年前、この薬がないころだったらこの方の命を助けることはできなかったかもしれない」と思ったことがあります。
もし僕がもっと早くに医師を引退するべき年齢だったら、患者さんに喜んでいただける機会は、今よりも少なかったかもしれません。そういう意味では、ここ十数年におけるがんの薬物治療に関する進歩は非常に喜ばしいことです。ただ、その陰に十数年前に救いきれなかった命があるということは忘れてはならないと思うのです。だからこそ、僕は1人でも多くの患者さんを救えるよう、これからも学び続け、医師という職業、がんという病気そのもの、そして、がんとたたかう患者さんと向き合っていきます。

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