病気という“心配の種”を取り除き、人生に光を与えられる存在でありたい

DOCTOR’S
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病気という“心配の種”を取り除き、人生に光を与えられる存在でありたい

脳神経外科医として、患者さんのQOLとADL改善を追求し続ける坂田勝巳先生のストーリー

横浜市立大学附属市民総合医療センター 脳神経外科 部長
坂田 勝巳 先生

医学の道に導いてくれた親友との出会い

高校時代に、のちに親友となる同級生と出会います。北海道から転校してきた彼とは不思議とウマが合い、すぐに意気投合しました。
彼は医学部志望で、医療への興味を共有しようとしたのか、渡辺淳一の医療小説を紹介してくれました。当時まだ珍しかった医療小説に、私はすぐ引き込まれました。彼とは、医学部の実習を題材とした映画『ヒポクラテスたち』を観に行った記憶もあります。そのようにして、私の医療に対する関心は徐々に高まっていったのです。 

なかでも強く印象に残っているのは、国立がんセンター設立当初の医師たちに光を当てた、柳田邦男のドキュメンタリー小説『ガン回廊の朝』です。患者さんやがんと向き合う医師たちの情熱に、私はそれまで抱いたことがないほどの感動を覚え、「外科医はかっこいいな」と憧れを抱くようになりました。当時は、小説に刺激を受け、どうにかしてがんを撲滅できないものかと漠然と考えてもいました。
そして、進路を決める時期が訪れる頃には、人間そのものへの興味と、学んだことをそのまま実学として人の役に立てられるのではないだろうかという考えから、医学部入学を目指していました。

私を医学の道に導いてくれた親友は、結局、医学部には進学せず理系の技術者となりました。その後、しばらく経った頃、彼は自らの命を断ってしまいました。自殺の原因は分かりません。もし彼が生きていたら、あの頃のように語り合いたかった。私は、親友が導いてくれたこの医師という職業を、彼の分まで全うしようと心に決めています。

研修医時代に魅了された、脳神経外科の世界

1987年に三重大学を卒業後、横浜市立大学附属病院で研修を受けました。変わらず外科医に憧れていたので、臨床研修の専門を外科、脳神経外科、放射線科、麻酔科の4つに決めました。

そして、横浜市立大学附属病院の脳神経外科における研修で、故 桑原武夫教授と、藤津和彦助教授にお世話になりました。藤津先生は、難易度の高い脳神経外科手術を次々にこなされていました。その颯爽たる姿は『白い巨塔』の財前五郎を彷彿させ、とにかくかっこよかった。
また、手術が成功して、患者さんの意識が戻ったり、手足の動作が不自由だった患者さんの手足が動くようになったりする様子を目の当たりにし、たいへん感銘を受けたのです。そして、術野で目にする脳や神経、血管が荘厳で美しいものに感じられたことが強く印象に残っています。

脳神経外科の分野には、手術によって治すことのできる病気が存在します。特に、良性腫瘍や血管障害、そのほかの悪性疾患以外では、うまく手術することができれば、機能を回復させ、患者さんのQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)を改善できる。つまり、術者の手腕が手術の結果にダイレクトに現れるとも言えます。その意味では、脳神経外科は厳しい世界です。しかし私は、このような脳神経外科の世界に大きな魅力を感じ、脳神経外科医を志しました。

米国留学で得た、プライスレスな経験

医師人生におけるターニングポイントは、米国留学です。アポロ11号の月面着陸、ハリウッド映画、ジャズといったアメリカの歴史、文化に強く惹かれていたので、一度はアメリカに住み、日本という国を外から眺めてみたいと、もともと憧れていました。とはいえ、高校生の頃から英語に苦手意識を持っていた私にとって、米国留学など当初は「夢のまた夢」でした。
しかし、麻酔科の研修でお世話になった故 森田茂穂教授に「日本の外に出ろ」と繰り返し聞かされたこと、1993年にメキシコのアカプルコで開催された世界脳神経外科学会に参加して「英語を使うことができれば、世界中の人と交流できる」と実感したこと、これらが私の背中を押し、留学への思いが徐々に熱を帯びていったのです。

そして、ついに山本勇夫教授のご紹介で、米国アーカンソー州立大学脳神経外科への留学が決まりました。留学先では、アル・メフティ教授とヤシャギル教授から手術手技と哲学を学び、また、経錐体手術法における脳静脈解剖に関する論文を書きました。たくさんの素晴らしい手術手技に触れる機会を通じ、少しずつ自分のスタイルを形成しました。

ヤシャギル教授(右)とアル・メフティ教授(左)と共に
ヤシャギル教授(右)とアル・メフティ教授(左)と共に

研究室には、北米、南米、アジア、欧州、中東など世界中から文化も宗教も異なるフェロー(特別研究員)が集まり、活気に溢れていました。その熱量たるやすさまじく、大いなる刺激を受けました。初めの頃は文化の違いに戸惑ったこともありましたが、最終的には、“人間性が大切”という考えにたどり着きました。

留学を通じて英語への苦手意識はなくなり、言葉の壁は取れたように思います。ついつい「英語を上手に話そう」と考えがちですが、かっこつけずにとりあえず伝えようとすれば、徐々に話せるようになるものです。知らない土地で母国語以外を使い暮らすという経験によって、かなり度胸はつきました。

留学先のフェロー仲間と共に

今では、留学先で切磋琢磨した旧友たちと国際学会で再会することが、このうえない喜びとなっています。留学があったからこそ今があると言っても過言ではないでしょう。米国アーカンソー州立大学への留学は、私にとってまさにプライスレスな経験となったのです。

人として、脳神経外科医として“honesty(正直さ)”を大切にする

医師になって5〜6年目のこと。世界的に知られる脳神経外科医のドレイク先生にお会いする機会がありました。思い切って「脳神経外科医にとって一番大切なものは何ですか?」と質問したところ、少し考えられた後に、一言、「honesty(正直さ)」と。しかし当時の私には、ドレイク先生がおっしゃったその言葉の意味を理解できなかったのです。

あの日から十数年後、ドレイク先生が他界された際、『Journal of Neurosurgery(脳神経外科雑誌)』に追悼文が発表されました。そこには、何度も“honesty”という言葉が登場しました。「脳神経外科医は、自分の手術成績をごまかしてはいけない。正直に、結果に真摯に向き合わなければいけない」と、周囲によく説いていたようです。
私は、あのときドレイク先生が示してくださった“honesty”という一つの答えを、十数年に渡る医師としての経験の積み重ねを得てようやく、受け取ることができたような気がしました。
一瞬ごまかせたとしても、全ての結果は自分に返ってくる。ですから、人として自分や周囲に正直に生きることが大事なのです。そして、私たちは脳神経外科医として、1つ1つの治療に真摯に向き合い続ける使命があると強く感じています。

若い医師たちには、留学などを通じて“経験”してほしい

後進の医師たちには、留学を積極的にすすめています。
現代は、インターネットで世界中の情報を得ることができます。情報が多いぶん、情報の真偽を見極められる確固たる自己が必要とも言えるでしょう。
手術動画を通じて、技術的なヒントを学ぶのは昔に比べて容易になりました。しかし、大事なことは手術に至る準備、術野周りのセッティング、そして、その根底となる外科医の哲学です。これらは、師事する者とある程度の時間を共にしないと得られないものです。
このような便利な時代だからこそ、足を使って現場に出向き、自分自身の目で見て経験することが大切ではないでしょうか。留学などの実地体験を通じて、異なるバックグラウンドを持つ世界中の同士たちと切磋琢磨し、多くを学び、さらに人間性を磨いて欲しいと考えています。

病気という“心配の種”を取り除き、人生に光を与えられる存在でありたい

坂田先生

多くの方にとって、脳の病気が見つかることは青天の霹靂(へきれき)なわけです。大きな不安を感じるでしょうし、なかには脳動脈瘤が見つかったことでうつ病を発症する患者さんもいます。
医師としての私の役割は、患者さんの背景を考慮して、病気という“心配の種”を人生から取り除くこと。そして、毎日を憂いなく楽しく過ごせるように、患者さんのQOL、ADLを少しでも改善すべく治療を行うこと。そのためには、日々、手術手技と人間力を磨く努力は欠かせないのです。

国内外を問わずたくさんの先生方に教えられ、ここまで歩んできました。厳しい道のりでしたが、自らの選択に後悔はありません。手術が無事に終わり、患者さんに「ありがとう」と言っていただくことが、医師として一番の喜びであり、原動力です。
これからも、困っている患者さんの人生に光を与えられる存在でありたいと強く思います。そして、一人でも多くの患者さんの力になれるよう、人間味溢れる脳神経外科医を目指し、精進し続けます。

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