医療と医学の両輪で、いまだ治療法のない病気に対するニーズを解消したい

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医療と医学の両輪で、いまだ治療法のない病気に対するニーズを解消したい

研究から得た知見を医療に生かす石田 晋先生のストーリー

北海道大学大学院医学研究科眼科学分野 教授
石田 晋 先生

『ブラック・ジャック』に影響を受け、医師を夢見た少年時代

両親が医師だったということもあり、私にとって医師という職業はもともと身近なものでした。小さい頃は日が暮れるまで外で泥だらけになって遊んで帰ってくるような子どもでしたが、同時に手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』を読んで大きな影響を受けていました。中学生になる頃には漠然と「医師になりたい」と思うようになり、できれば手術をするような診療科がいいな、と夢を膨らませていました。

マイクロサージェリーに魅力を感じ、眼科医の道へ

私には最初から、脳神経外科や眼科などで中枢神経に関わる難しい領域の手術に挑戦したいという気持ちがありました。また、耳鼻咽喉科でも聴神経腫瘍や喉頭がんなどの大がかりな手術を行っていることを知り、医師を目指すにあたってこの3つの診療科を候補に考えていました。

その根底にあったのは、私が当初から抱いていた、手術で中枢神経の機能を回復させ、患者さんに喜んでもらいたいという思いでした。特に顕微鏡を見ながら精密な手術をする眼科のマイクロサージェリーに魅力を感じていたので、その点でも3つの診療科の中では眼科が一番向いているのではないかと考えるようになり、ほとんど迷うことなく眼科の道を選んだように思います。

また、眼科では手術後に眼帯を外して目がよく見えるようになったときの患者さんの喜びがとても大きいので、機能を改善して患者さんに喜んでいただくという意味でも、とてもやりがいのある診療科であると感じていました。

失明に直結する網膜疾患の難しさと救われた患者さんの喜び

私が専門領域としている目の“網膜”は、脳とつながっている神経組織であり、中枢神経そのものであるといえます。たとえば、眼球の表面にある角膜や、目のレンズの役割を担う水晶体に何らかの障害がある場合には、角膜移植や眼内レンズなどで置き換えることが可能です。しかし、眼球の内側にある網膜が障害されると、失明に直結してしまいます。網膜剥離(もうまくはくり)や糖尿病性網膜症、黄斑円孔(おうはんえんこう)など手術の適応となる網膜の病気は、非常に微細な組織を扱うため手術がとても難しく、高度な技術が求められます。

手術を受けるかどうかということも含め、治療の選択肢がいくつも提示された場合、患者さんはどうしても迷ってしまい、決められなくなってしまうことが少なくありません。ですから、私は患者さんに対して「もしあなたが私の家族だったら」と前置きをして、どのように治療を選択するとよいのかをお伝えすることがあります。変に誘導するようなことは慎むべきですが、患者さんが納得して治療を受けられるよう提案することで、患者さんが納得して治療を受けられることが大切だと考えているからです。

最近、東京で行った市民向けの講演では、10年以上も前に手術をして回復した患者さんがわざわざ足を運んでくださったということを後で知り、本当に嬉しく思いました。患者さんから感謝の気持ちを伝えていただけることは、医師としての私の生きがいであり、原動力となっています。

血管新生に対する内科的アプローチを求めてVEGFの研究へ

医師になって10年が過ぎた頃、網膜の手術の経験を積み、手術に関してはかなり熟練してきたと自信がついた一方で、どうしても治せない病気もありました。既存の血管から新しい血管が形成される“血管新生”という現象が深く関わって発症する、加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)や糖尿病性網膜症などの網膜疾患です。当時これらの病気は、手術の技術の進歩によって完全失明こそ免れるようになっていましたが、手術後の経過については多くの課題がありました。そこで私は、血管新生そのものを抑えるような内科的なアプローチが必要だと考えたのです。

しかし、当時は血管新生を抑制する薬剤の開発が始まっていたものの、実際に使用できる薬はまだありませんでした。血管新生にはVEGF(血管内皮細胞増殖因子)という糖タンパクの一種が関与していることが明らかになり、2020年現在では当たり前のように抗VEGF療法が行われていますが、そのころは依然として手術以外に治療のすべがなかったのです。

臨床を離れて研究に打ち込み、多くの人々に支えられた日々

そこで私はまず、自分が摘出した新生血管膜の検体を、母校である慶應義塾大学の病理学教室に持ち込んでVEGFの研究を始めました。当時、病理学教室の教授であった岡田 保典(おかだやすのり)先生(現・順天堂大学大学院 客員教授)や、講師の池田 栄二(いけだえいじ)先生(現・山口大学医学部医学科 病理形態学 教授)は、門外漢の私に惜しみなく手を差し伸べてくださいました。そのおかげで私は、新生血管に存在するVEGF受容体という物質の発現パターンの違いを調べ、そのパターンによって予後が悪いものがあるということを見出すことができました。そして、2000年に『Investigative Ophthalmology & Visual Science』という医学誌でこのことを論文として報告したのです。医師になってから10年、それまで手術の技術向上を優先させていた私にとって最初の研究であり、また最初の論文でもありました。

この論文をきっかけに、私はハーバード大学のアンソニー・アダミス先生のもとでVEGFの研究に携わるようになり、2年間の留学中に書いた3本の論文が医学誌に掲載されました。その中のひとつ、『Journal of Experimental Medicine』に掲載された論文は、のちに抗VEGF薬として世に出ることとなる薬を使って、動物実験で血管新生を抑制することを明らかにしたものでした。

私が帰国して慶應義塾大学に戻ったときは、ちょうどその薬の臨床試験が日本で始まるところでした。当時教授であった坪田 一男(つぼたかずお)先生は、臨床試験を統括していた大阪大学の田野 保雄(たのやすお)先生(元・大阪大学眼科学教室 第8代教授、故人)に私のことを紹介してくださいました。そのおかげで慶應大学病院を試験施設に加えていただき、当時まだ38歳だった私が治験責任医師として関わらせていただくことができたのです。

今にして思えば、手術という外科的な医療の限界を感じ、血管新生という現象に対して内科的なアプローチが必要だと考えたことが、私にとって大きな転機となりました。その後、病理学で論文が書けたこと、その論文を持って留学できたこと、将来ヒトに対して用いられることになる薬の効果を動物で検証できたこと、その薬の治験に携われたことは、私にとって夢だったことが全てつながったような得がたい経験でした。

手術に懸命に取り組んでいなければ、その限界を感じて血管新生を何とかしなければと思うこともなかったでしょう。手術でできることを追求したうえで感じた問題点を自分の気持ちの深いところに落とし込むこと——何としても血管新生の研究でしっかりと成果を出して、医療を一段上のレベルに引き上げるための医学をやりたい——最初にそう思えたからこそ、その実現のために努力し、結果がついてきたのだと思います。

抗VEGF療法を越えて——ひとりでも多くの患者さんを救いたい

石田先生

今では抗VEGF療法は一般的な治療法となっていますが、もちろんそれで全ての患者さんを救えるわけではありません。中には治療に反応しない症例も存在します。ここ数年は“Beyond VEGF”と言われるように、VEGFを超えた別の新しい創薬ターゲットが模索されています。細胞から分泌されるたんぱく質であるサイトカインをターゲットとした治療のアプローチなどもそのひとつです。私も一貫して血管新生の研究を続けていますが、今はVEGFから少し離れ、さまざまな分子の研究にも取り組んでいます。

網膜疾患に限ってみても、まだ治せない病気はたくさんあります。患者さんを救うという意味では、全ての病気に対して何らかの治療法があるということが大切です。いまだ治療法のない病気に対する医療上のニーズ、いわゆるアンメット・メディカル・ニーズを解消したいというのが私の思いです。

目そのものや“見る”という機能を助ける診療科は、本来その領域全ての病気を治せるような医療レベルを目指すべきですし、そのための遺伝子治療や再生医療の研究も進んでいます。どんなアプローチであれ、“死ぬまで見える目”を実現することが、眼科医である自分にとって最高の医療であると考えています。

私にとって医療と医学は両輪であり、医療から医学へフィードバックし、また医学から医療へフィードバックするという繰り返しで今日まで進んできました。これからも患者さんのために、この両輪を回し続けていきたいと考えています。

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