小学校の卒業文集では「将来はお医者さんになりたい」と書きました。
私の少年時代は病気がちでした。今でこそ健康ですが、子どもの頃、よく熱をだしては扁桃腺を腫らし、学校を休むことも少なくありませんでした。
「病気になっても病院に行けばよくなる。」
「どんなに不安を抱えていてもお医者さんが病気を治してくれる。」
私は次第に、医師に憧れを抱くようになりました。
一方、患者の私に対して聴診器をあてたり、口のなかをみたり…そんな様子を見ながら、
「目の前のお医者さんはいったい何をみて、何をしているのだろう」
という純粋な興味を覚えるようになりました。その気持ちは高校生になってからも変わることなく、私は医師の道に向け歩みだしたのです。
人間の体がいかに調節され、病気によってどう変化していくのか知りたい。その思いに合致するのは外科よりも内科だと思い内科の道に進みましたが、これは正解でした。研修医の頃から診療に従事することは非常に面白かったですし、やりがいを感じていました。
内科医としてたくさんの患者さんを診療するなかで気づいたことがあります。それは、「医師の役割とは、病気を治すことだけではない」ということです。
私は、子どもの頃からずっと「医師とは病気を治すもの」だと思っていました。それは、病気がちな少年時代、医師に診てもらえば病気が治るという経験をしていた私からすれば当然かもしれません。
しかし、実際に内科医になってから、治らない病気が山ほどあることを、身を以って知ります。現代の医学ではまだ有効な治療法が見つかっていない病気がたくさんあったのです。
有効な治療法がないとはいえ、もちろん治療には一生懸命手を尽くします。ですが、根治的な治療が見つかっていないケースでは残念ながら最終的には亡くなってしまう患者さんもいらっしゃいます。
難病として指定されているクローン病の若い患者さんを担当した時のことです。当時は治療法の開発も現在ほど進んでおらず、何を食べても下痢をしてしまい、患者さんはどんどん痩せていってしまいます。
私は様々な栄養素とゼリーを混ぜ、何とか栄養をとれないかと試行錯誤しました。病気で苦しむ患者さんに「こんなもの食べられるか!」と拒否されたこともあります。残念ながらその患者さんは転院し亡くなられてしまったのですが、その方のお母さんが訪ねて来られて「故人は先生に感謝しながら息を引き取った」と伝えてくれました。
その患者さんには治療を拒否されることもあったので、感謝されていたということに私は驚きました。病気を治すことができなかったにもかかわらずだからです。結果論ではありますが、私はこの患者さんに「患者さんに寄り添い続ける医師になる」という、私が進むべき道を示してもらえたような気がしたのです。
私が考える「寄り添う」とは、病気を治療することに留まらず、患者さんの心や人生をサポートすることです。
それは必ずしも、教科書に従うことを意味しません。腎臓の機能に問題がある女性の患者さんを担当したことがあります。子どもを持つことを強く望まれていた彼女は、妊娠・出産のリスクを知ったうえで妊娠します。
もちろん妊娠・出産によるリスクを改めて伝えましたが、彼女の出産への強い決意は変わりません。医師として、腎臓の機能を考えるならば、妊娠を諦めるよう伝えることが正解であることはわかっていました。
しかし、長くその方の診療を担当していた私は、彼女がどれほど妊娠・出産を望んでいるのかを痛いほど知ってました。熟考した末、私は彼女の思いを受け止めることに決めたのです。
出産までの約10か月間、何か危険があればすぐに対応することを約束し、彼女のサポートを続けました。そして、その患者さんは無事に元気な赤ちゃんを出産されたのです。教科書的にいうと、確かにこの決断は間違いかもしれません。
しかし、患者さんと信頼関係を築き、その方の人生に寄り添うという意味では、望むサポートができたのではないかと思っています。
患者さんにはそれぞれの人生があります。私は、本人が望む方向に進むことができるようサポートすることも我々医師の大切な仕事だと思っています。もちろん技術や知識が十分にあることが前提になりますが、私は疾患の治療にとどまらない、心や人生のサポートができる医師でありたいと思っています。
診察の結果、状態がよければ、「すばらしい!」とか「すごくいい!」と必ず褒めるようにしています。そのせいかもしれません。日々たくさんの患者さんに接するなかで、「先生の診察を受けると元気になれる」という言葉をいただくことがあります。よほど印象的なのでしょう。「先生のその言葉を聞くために来ました」とおっしゃる方もいるくらいです。
もちろん、診察の結果、悪い状態であるときはすぐに対応します。しかし、変化がない場合や良好な結果が現れた場合には、医師はそのまま診察を終わらせがちです。しかし、私は、変化がない場合やよい結果が現れた場合であっても患者さんとのコミュニケーションを大事にしています。
たとえば、体重を減らす必要がある患者さんが1キロでも体重を減らすことができたら
「よく頑張りましたね!どんな努力をしたんですか?」
と聞くようにしています。すると、患者さんは嬉しそうに話してくれます。
内科の疾患は、何年、何十年と治療を継続しなければならない疾患ばかりです。薬を飲み続けたり、病院に通い続けたりと、嫌になる瞬間もきっとあるでしょう。心が強くなければできないことだと思っていますので、患者さんの努力には敬意を表します。
これは自分の経験からもいえることですが、最初の数日の努力は簡単です。しかし、これを継続することがとても難しい。続けるには、励ましてくれたり見守ってくれたりする存在が重要になるのではないでしょうか。
私は治療を継続する患者さんの努力に敬意を表するとともに、「もう少し治療を頑張ろう」と少しでも思ってもらえるよう、励まし見守る診療を心がけています。
私にとって、医師は天職だったと思っています。私も人間なので、プライベートでは腹が立つことや愚痴をこぼすようなこともあります。しかし、医師として患者さんの診察や治療にあたることにストレスを感じることは全くといっていいほどありません。
私にとって医師とは、人生をかけて取り組むことができる、大きなやりがいを感じる仕事なのです。
病気がちだった少年時代。不安や悲しみ、いろいろな感情を持ちながら診療室の椅子に座っていた自分。医師として患者さんに相対するとき、患者としての自分をときどき思い出します。だからでしょうか。子どもの頃とは逆の席に座り患者さんに接するとき、患者さんのさまざまな気持ちを感じとることができるような気がするのです。
私もまだ道半ばです。病気の治療だけではなく、これからも患者さんの心や人生に寄り添ったサポートができる医師でありたいと思っています。
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東京女子医科大学病院
東京女子医科大学 血液内科講師
萩原 將太郎 先生
東京女子医科大学 腎臓小児科 講師
三浦 健一郎 先生
東京女子医科大学 がんセンター長 /化学療法・緩和ケア科 教授/診療部長
林 和彦 先生
東京女子医科大学病院 リハビリテーション科 教授
若林 秀隆 先生
東京女子医科大学 形成外科 主任教授
櫻井 裕之 先生
東京女子医科大学 放射線腫瘍学講座 教授・講座主任
唐澤 久美子 先生
TMGあさか医療センター 脳神経外科 部長・てんかんセンター長
中本 英俊 先生
東京女子医科大学医学部 膠原病リウマチ内科学講座 臨床教授
川口 鎮司 先生
東京女子医科大学病院 小児科 准教授
石垣 景子 先生
東京女子医科大学 脳神経内科 特命担当教授
清水 優子 先生
東京女子医科大学病院 病院長、消化器・一般外科 主務/教授、炎症性腸疾患外科学分野 基幹分野長
板橋 道朗 先生
東京女子医科大学 脳神経外科学講座 教授・講座主任
川俣 貴一 先生
東京女子医科大学 泌尿器科学教室・前立腺腫瘍センター 准教授
飯塚 淳平 先生
東京女子医科大学病院 眼科 講師
長谷川 泰司 先生
東京女子医科大学病院
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