順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)は、がんや難病といった専門的な医療から救急医療まで、幅広く対応する大学病院として、地域と密接に連携した医療体制を構築しています。さまざまな科で導入されているロボット支援下手術、AIを活用した病床管理や患者支援システム、さらには4,000以上の機関と連携するAIマッチングシステムなど、臨床とデジタルの融合により、次世代の医療提供体制を模索し続けています。
院長として病院運営を統括しながら、自らもリウマチ・膠原病の専門医として診療を続ける山路 健先生にお話を伺いました。
当院は、1838年に佐藤 泰然が開いた医学塾である“和田塾”がルーツになっている、順天堂大学の附属病院です。長きにわたり医学部を中心とした医療人育成と高度医療の実践に取り組んできました。
近年では、医学部、スポーツ健康科学部、医療看護学部、保健看護学部、国際教養学部、保健医療学部、医療科学部、健康データサイエンス学部、薬学部など9つの学部を備え、順天堂大学全体として“健康と医療を軸とした学際的な学び”の場へと進化しています。これらの学部は、附属病院での臨床実習や共同研究を通じて現場との結びつきを強めており、教育・研究・診療が三位一体で機能する総合医療機関の一翼を担っています。
当院では、“がん”“難病”“救急医療”の3領域を柱とし、いずれにおいても患者さんの生活を支える質の高い医療の提供を目指しています。
救急体制では、初診の救急患者について従来は各専門の診療科が個別に救急対応をしていましたが、現在はまず救急科がファーストタッチを担い、その後に専門の診療科へ引き継ぐ形を採用しています。これにより、夜間や休日でも迅速かつ適切な対応が可能となり、2024年度は救急車の受け入れ台数が7,829台に達しました。また、救急救命士や診療看護師(NP)*、特定行為看護師の配置、チーム医療の強化にも力を入れており、さらに受け入れ余力を高めていく方針です。
*診療看護師(NP)……日本NP教育大学院協議会が認めるNP教育課程を修了し、本協議会が実施するNP資格認定試験に合格した者を指す。
当院では、手術支援ロボットを計5台(da Vinchi 3台、hinotori 2台)活用しており、10の診療科で年間900件を超えるロボット支援下手術を行っています(2024年度実績)。これだけの数のロボットを導入したことにより、幅広い領域で低侵襲な治療を提供できる点が当院の強みです。
2025年4月には、da Vinchiの製造販売企業であるインテュイティブサージカル合同会社と共に日本初の“Total Program Observation Site(トータルプログラム・オブザベーションサイト・TPOサイト*)”の立ち上げについて、基本合意をいたしました。これは当院の手術運用の質と効率化の両立に向けた取り組みが評価された結果だと自負しています。今後は、ロボット手術の効率的な活用や症例データの分析を通じた質改善も進めてまいります。
このような高度な医療提供に取り組む一方で、当院では難病の診療にも力を入れています。脳神経内科や膠原病・リウマチ内科、消化器内科を中心に、現在は約338疾患に対応しており、東京都難病相談・支援センターや難病医療ネットワークの拠点として、医療機関同士の連携支援にも力を注いでいます。
*TPOサイトとは……確立されたda Vinchi手術のプログラムを有する医療機関が、da Vinchi手術を導入している(あるいは導入を検討している)医療機関の医療従事者や経営層に対し、効果的なロボット手術のプログラム運用に必要な要素をpeer-to-peer(直接的に)で包括的に学ぶ機会を提供するもの。
当院では、デジタル技術の活用も積極的に進めています。院内やWeb上で利用できるAIコンシェルジュは、患者さんの疑問に対してリアルタイムで案内を行い、初診の流れをサポートします。さらに、当院の玄関ホールにもAIコンシェルジュが配備されており、来院者の質問にその場で対応できる体制が整っています。自宅のパソコンやスマートフォンからもアクセスできるように、ホームページ上にカルテ作成をお手伝いする機能も備えています。
加えて、順天堂バーチャルホスピタルという仮想空間も構築しています。ここは院内構造を再現した3D環境になっており、AIコンシェルジュと連携した案内機能を提供しています。さらに、来院前に経路を確認することもできるため、院内で迷うことが減るためスムーズな受診につながっています。
もう1つの取り組みが、メタバース面会アプリ“Medical Meetup(メディカルミートアップ)”です。これはリゾート施設などリラックスできる仮想空間にアバターを配置し、入院中の患者さんとご家族などが遠隔で交流できるようにしたシステムです。実際に対面するわけではないので、たとえば、容姿の変化が気になるがん患者さんや、お子さんとの面会が難しいケースでも、気兼ねなく会話や時間の共有ができる新しい支援方法として活用しています。
上記で挙げた以外にも、1,051床ある病床の稼働状況をリアルタイムで可視化し、空床の有効活用を進めるシステムも独自に開発し、業務効率の向上と受け入れ体制の強化を両立させています。
また、地域医療との連携では、“ペイシェントフローマネジメント(PFM)AIマッチングシステム”を開発しました。退院後の生活支援を見据え、患者さんの病態や家庭環境、キーパーソンの住所など多角的な情報をもとに、登録済みの4,000以上の医療機関の中から適切な受け入れ先を自動的に提案します。
かつては電話や手作業で探していた転院先を、よりスムーズに効率よく選定できるようになりました。これは、大学病院と地域の医療機関がシームレスにつながる一助となっており、患者さんが“生活に戻る”ための医療を実現するための仕組みでもあります。
私は元々、開業医の家庭で育ち、地域医療の現場を間近に見てきました。大学病院の立場だけでは気付けない、地域の先生方のニーズや感覚を体得できたのは大きな財産だと感じています。
今後さらに求められるのは、大学病院が高度医療を担うだけでなく、地域と共に患者さんの生活全体を支えていく姿勢です。そのためには情報共有の仕組みや、役割分担を可視化するネットワークが欠かせません。
がんであっても、難病であっても、あるいは救急であっても、ご本人が望む生活に戻ることを前提に、医療者が支援していく環境づくりが必要です。そうした意味でも、患者さんが“あきらめずにいられる医療”を提供できる体制を今後も整えていきます。
地域の患者さんや先生方にとって“まず相談できる病院”であり続けられるよう、今後も歩みを止めず、変革と信頼を積み重ねてまいります。
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。