山形県酒田市に位置する日本海総合病院は、庄内地方の中核病院として、専門性の高い急性期医療や三次救急医療を担っています。人口の減少が続く地方都市にありながら、良好な経営状況を維持し続ける日本海総合病院は、優秀な医師や看護師が集まる病院としても知られています。
日本海総合病院を運営する地方独立行政法人山形市・酒田市病院機構理事長の栗谷義樹先生に、病院経営戦略と日本海総合病院の特徴・強みについてお話しいただきました。
日本海総合病院の外観 提供:栗谷義樹先生
地方独立行政法人山形市・酒田市病院機構が運営する日本海総合病院は、庄内地域を支えてきた2つの公的病院、(1)山形県立日本海病院と(2)酒田市立酒田病院の再編統合により、2008年に誕生しました。
再編統合以前、県立日本海病院は初期投資の過大な償還などが原因で、100億円を超える累積赤字を抱えていました。また、庄内地域には三次救急医療機関が存在しておらず、県立日本海病院が診療機能の枠を超えて、地域の3次救急をカバーしているという状態にありました。一方、1969年に現在地に移転改築した市立酒田病院は、平成の時代に入り建物の老朽化という問題に直面していました。
市立酒田病院の改築に向けた外部委員会では、県立日本海病院との医療機能の重複や、庄内地域の将来人口減少といった懸念事項が指摘され、改築を見合わせて、県立、市立両病院の集約再編を提言しました。これを受けた酒田市は、地域医療を支える病院の持続的運営のため、両病院の経営統合を山形県に申し入れました。山形県もこの意見に賛同し、2病院の再編統合と地方独立行政法人山形市・酒田市病院機構が発足しました。
2008年、県立日本海病院は日本海総合病院として、市立酒田病院は日本海総合病院酒田医療センターとして稼働を開始しました。現在に至るまでの経営状況は良好であり、初年度から8年連続の黒字決算となっています。
また、日本海総合病院には高度な診療機関を持つ救命救急センターが新設され、庄内地域唯一の三次救急医療機関として、地域の3次救急医療を担っています。
日本海総合病院の救命救急センター 提供:栗谷義樹先生
2017年現在の病床数は合計で760床です。前身である県立日本海病院の病床数は528床、市立酒田病院は400床のベッドを有していましたが、再編統合時に重複する医療機能を集約し、それぞれの病床数を以下のように調整しました。
・急性期医療機能を持つ日本海総合病院:646床
・回復期医療機能を持つ酒田医療センター:114床
病床稼働率は現在80%前後であり、回転率は260%を超えており、効率的かつ持続可能な運用ができているといえます。
日本海総合病は27の診療科を有していますが、いくつかの診療科によっては2次医療圏全域を事実上カバーしています。内科のうちでは循環器内科と消化器内科は業務量も多く、充実した診療機能を持っています。
循環器内科は、日本海側で初めてTAVI(経カテーテル大動脈弁置換術)実施施設としての認定を受けた医療機関です。
TAVIとは、大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換の最新治療法であり、開胸手術が困難な高齢患者さんにも行えるため、大きな注目を集めています。山形県内でTAVIを実施している施設は当院のみで(2017年5月現在)、二次医療圏を超えて多くの患者さんが治療を受けに来られています。
消化器内科では、検査、処置、治療を含む上下内視鏡は年間12、000件近い件数があり、特に早期がんに対する治療は年間1500件を超えています。(※平成27年度)
日本海総合病院のハイブリッド手術室 提供:栗谷義樹先生
日本海総合病院に入院される患者さんの平均在院日数は、2008年と比べ5.6日短い11.8日となっています。
平均在院日数の大幅な短縮を実現できた理由には、地域の病院、診療所との連携強化が挙げられます。入院日数が長い慢性疾患を抱える高齢患者さんの急性期治療を終えたあとに地域の連携病院、あるいは、かかりつけ医に紹介し、専門的な医療を必要とする重症の患者さんを紹介してもらうことで、平均在院日数は短くなり、より多くの患者さんに高度な医療を提供することが可能になります。
庄内地域は都市部に比べて病院数が少ないため、連携病院を選ぶ余裕などないので、限られた病院間で比較的密な病診連携がこれまでも行われていました。とはいえ、慢性期の疾患なども病院でみていた2008年の紹介率は20%、逆紹介率は34%という数値に留まっていました。紹介率・逆紹介率は、病院と後急性期を担ってくれている地域の病院、さらには診療所との連携の強さを測る数値とも言えます。
2008年の再編統合後、日本海総合病院は急性期医療機能を持つ病院としての役割を果たすべく、戦略的に外来患者を減らし、地域の診療所との適切な役割分担を病院方針として推進しました。この結果、昨年2016年の逆紹介率は97%、紹介率は64.4%と、高い数値にまで引き上げることができました。
病診連携強化の成果は、患者数の推移をみても明らかです。この8年で外来延べ患者数は18%、延べ入院患者数は13.4%減少し、新規入院患者数は8%増加しました。
平均在院日数を短縮して述べ入院患者数が減ったとしても、新規入院患者を増やすことができれば、入院単価は上がり、更に加えて一定の業務量が確保出来れば病院の経営状況は基本的には増収増益を維持できます。
統合前の医療を紙カルテで「一人あたりのカルテが徐々に厚くなっていく医療」と喩えると、統合後の当院の医療は「薄いカルテの枚数が増えていく医療」と言い表すことができます。
日本海総合病院は、若いスタッフが比較的多いという特徴を持っています。研修医は数年前からほぼ毎年フルマッチしており、看護職員確保も最近は募集人数に対し、1.5~2倍の応募があり、県下では今のところは人気の高い部類ではないかと自負しています。
多くの若手看護師が集まる理由は、オンとオフのはっきりしたメリハリある働き方ができること、産休・育休を経て仕事と家庭を両立させているロールモデルが多いこと、増収増益が継続しており待遇への満足度が高いことなどが挙げられます。
現在進行形で多くの看護師が産休・育休を取得していますが、再編統合によりトータルの病床数が減ったこともあり、病院全体の看護師数は比較的充足しています。そのため、就労中の看護師の業務が逼迫するといった事態も起こっておらず、働きやすい環境を維持できているといえます。
医師数も統合前の両病院合計に比べ41名増加しました。(2017年4月時点)これにより、医師の疲弊などの問題は一定程度緩和され、地方としては医師数には比較的恵まれた病院であると考えています。若いスタッフが増えたことで、病院に活気が出て、働く場としても魅力的な環境になったと感じています。
日本海総合病院のエントランス 提供:栗谷義樹先生
病院運営の基本方針をあえて言うなら、新規治療の導入にも積極的に取り組みますが、現在ある治療のレベルを維持向上させることを特に重要視しています。
新しいことを始める際には初期投資が伴いますが、病院は地域を下支えする基本的なインフラなので、一般的な会社のように失敗した場合に簡単に畳むということは許されません。地域の医療体制が崩壊してしまうと、その土地は必要な基本的生活環境が崩壊し、運営自治体の財務負担が限界を超えれば地域の政策予算は重大な影響を受け、極端な場合居住出来なくなるといった深刻なダメージを受けます。
病院を経営する立場として基本的な生活環境を守る意味から、提供する医療の質確保と同様、赤字を出すことなく舵取りを行うことを第一に心がけています。
これから地域を支えていく若い世代は、未曾有の人口減少、少子高齢化という大きな問題に直面し、対応を迫られることになります。今私たちがなすべきことは、見たくないものや聞きたくないものから目や耳を逸らさず、確実な未来予測を見据え、次の世代に可能な限りの資本と資源を地域で残していくことです。
今ある病院と働く人をあらゆる手段で守り続けていくという姿勢が、縮小均衡に向かわざるを得ない地域の医療を守ることにもつながると考えています。