大都市圏に出された3度目の緊急事態宣言にも関わらず、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)による影響はいまだ収まりません。国内外で報告されている変異ウイルスについては、日々情報が更新されています。2021年4月9日に行われたセミナー「WHO(世界保健機関)と考える、非常時のメディアのあり方とは-新型コロナとワクチンをめぐる報道-」から、変異ウイルスや新型コロナワクチンの仕組みについてまとめました。【第4章 峰宗太郎先生 講演1】
【プログラム】
まずは、変異ウイルスの用語の使い方で混乱されている方が多いと思うので整理しておきましょう。
一時期使われていた「変異種」、これは間違いです。変異種というのは新型コロナウイルスとインフルエンザウイルス、あるいはヒトとサルくらい違います。ほかの種類に完全に変わることを意味するので、正しくありません。
次は「変異株」、これも実は微妙なところで正しくはないです。変異株と表現した場合、ウイルスの生物学的な特徴や振る舞いが大きく変わったことを指します。ただ、現在の新型コロナウイルスの変異はそこまでの違いがあるとは明らかになっていません。
実際に採取した変異したウイルスを「isolate」といい、ややこしいことにisolateを「株」と訳すことがあるのです。これが日本での「変異株」いう表現につながっているのかもしれません。
ではどのように表現したらよいかというと、今回のように変異が生じて異なるウイルスが現れた場合、基本的には「変異体(variant)」と呼びます。ほかにも系統群(clade)、系統(lineage)という言葉があります。ただ、どれも聞き慣れない言葉ではあるので、現段階では「変異ウイルス」と表現するとよいかもしれません。
ワクチンの基本原理をお伝えするために、まずは新型コロナウイルス(正式名:SARS-CoV-2)の構造をご説明します。
上の図のように、新型コロナウイルスは表面に「スパイクタンパク質」という突起があります。内容物としては、脂の二重膜の中に(+)鎖RNAという形で自分自身の遺伝情報(設計図)を含んでいます。
上の図のように、ワクチンにはいくつかの種類があります。
まず「生ワクチン」はウイルスを弱毒化したものを感染させることで機能します。そのほかにウイルスを不活化(毒性をなくす)した「不活化ワクチン」、ウイルスの成分の一部を使う「組換えワクチン」などがあります。また、設計図を別のウイルスに組み込んで感染させるものを「ウイルスベクターワクチン」といい、現在、アストラゼネカ、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど各社が研究・開発し、実用化もされています。
そして、今日本で承認されているファイザー社の新型コロナワクチンは「mRNA(メッセンジャーアールエヌエー)ワクチン」です。これは、ウイルス表面のスパイクタンパク質の設計図をRNAとして体に入れるワクチンです。
どのような仕組みかというと、上の図のように、我々ヒトの体内ではDNAという形で全ての遺伝情報が記録されています。そのDNAを一度mRNAに書き写し、そのmRNAの情報を基にタンパク質が組み立てられているのです。
mRNAワクチンは、この中間にいるmRNAを体内に注射で入れることでウイルスの一部であるスパイクタンパク質が体内で合成され、それに対して抗体をつくらせるという仕組みです。mRNAとそれを元にできるタンパク質自体は体内に数日から1週間ほど残るのみで、DNAや染色体に組み込まれることはありません。生ワクチンなどとは異なり、ワクチンの成分そのものの長期的な安全性としてはほぼ懸念される要素はないのです。
変異ウイルスについて説明する前に、新型コロナウイルスがどのようにして体内に侵入するかをおさらいしましょう。
新型コロナウイルスは、スパイクタンパク質という突起を使い、我々の体の細胞が持っている「ACE2」という受容体と結合して、細胞内に入り込みます。これにより感染が成立します。
上の図をご覧ください。先ほど、新型コロナウイルスの遺伝情報は(+)鎖RNAに書き込まれているとお伝えしました。この(+)鎖RNAを1本に伸ばすと、A・C・G・Uという4つの文字(塩基)が並んでいて、約3万文字の情報があります。それは、スパイクタンパク質を含むさまざまなタンパク質や酵素などのパーツの遺伝情報になっています。
「変異」とは、この遺伝情報が書き換わってしまうことです。なぜ書き換わるのかというと、ウイルスが細胞の中に入る際には自分のRNAを細胞の中に出し、その後にこのRNAをコピーすることで自分を増やすのですが、この約3万文字を書き写す過程でエラーが生じてしまうのです。すると、RNAの文字が書き換わり、タンパク質の性質が変わります。これはすなわちウイルスの性質が変わることを意味します。このように、ウイルスの変異とはRNAの文字の書き間違いによって起こるのです。
ここで、ワクチンのお話です。一般的に、ウイルスに結合してウイルスが細胞に感染するのを邪魔する抗体を「中和抗体」と呼びます。
新型コロナワクチンの場合は、ウイルス細胞の表面に出ているスパイクタンパク質に結合することで、ウイルスがヒトの細胞のACE2に結合するのを防ぐことが分かっています。これにより感染を防ぐというわけです。
スパイクタンパク質の中でACE2という受容体に結合するのは、スパイクタンパク質の一部(RBD:receptor binding domain:受容体結合ドメインといいます)です。そのため、ウイルスが変異してワクチンがターゲットにしているスパイクタンパク質の性質が変わった場合、抗体に影響を与える、つまりワクチンが効くかどうかが変わる可能性があるのです。
ただし、ウイルスの変異というのは常に起こっていることを忘れないでください。今話題になっている変異ウイルスは複数ありますが、世界中ではもう何万種類もの変異ウイルスがあると思ってよいでしょう。その中で特に性質や振る舞いが変わったものに人が注目して、VOC(Variants of Concern:懸念される変異体)、VOI(Variants of Interest:着目すべき変異体)と名付けて監視している状況です。
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