私たちの生活に大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)。これまでに人類はさまざまな感染症と闘い、ワクチンや予防接種などの対策を講じることで克服してきました。日本でも、乳幼児期から定期接種となっているワクチンが複数あります。2021年4月9日に行われたセミナー「WHO(世界保健機関)と考える、非常時のメディアのあり方とは-新型コロナとワクチンをめぐる報道-」から、天然痘、ポリオ、麻疹とワクチンの歴史についてレポートします。【第2章 高島義裕先生講演】
※本記事は、高島先生の講演に編集部で一部内容を追記しています。
【プログラム】
人類と感染症の歴史のなかで、ワクチン予防接種を用いた国際感染症対策がどのような役割を果たしてきたのかを、天然痘、ポリオ(急性灰白髄炎・小児麻痺)、麻疹を例にご説明します。
まず「天然痘」について。天然痘は、天然痘ウイルスによってヒトだけが感染する病気です。致死率が高く、10人かかるとそのうちの2~5人が亡くなります。根本的な治療法がなく、対症療法(症状を和らげるための治療)のみという、非常に厄介な病気です。ワクチンによる予防がもっとも重要な対策となります。
今から3000〜3500年ほど前のエジプトのミイラに天然痘の病変が見つかったように、天然痘ははるか昔からありました。日本でも、奈良時代から人々は何度も天然痘の危機にさらされ、何十年かに一度、大きな流行が起こるたびに多くの命が奪われていたのです。明治時代以降も、1年間に5000〜2万人が亡くなるような流行がたびたび起こっていました。
イギリスの医師エドワード・ジェンナーが18世紀の終わりに「牛痘種痘法」を発見しました。当時、乳牛にときどき牛痘(牛の天然痘)が流行し、これに感染した乳搾りの女性は天然痘に感染しないことが知られていました。ジェンナーは、乳搾りの女性から牛痘の発疹内容液を採り、子どもの腕に傷を付けてこれを接種。6週間後にヒトの天然痘のうみを接種しても感染しなかったことが、牛痘種痘法を発見するきっかけになったのです。これが人類史上初のワクチンとなりました。
ただ、天然痘のワクチンは保管が難しいという課題があり、日本にようやく入ってきたのは1849年頃(江戸時代末期)のことです。ワクチン接種の体制を整えて天然痘ワクチンの到来を待っていた当時の医師や地方自治体の役割を担う藩によって、一斉に日本での種痘が始まりました。
1958年には、世界保健総会で天然痘を地球上から根絶することが決議されました。当時、世界中で毎年およそ2000万人もの人が天然痘にかかり、およそ400万人もの人が命を落としていたのです。
しかし、1966年までは天然痘根絶事業に大きな進展はありませんでした。そこで、ドナルド・A・ヘンダーソン博士と蟻田功博士が新しい戦略をスタート。その戦略とは、世界的にワクチンの品質管理を強化し、同時に疫病監視システム(サーベイランス)をつくり天然痘の患者を発見してワクチン接種を行い、感染伝播をくい止めるというものでした。
この戦略が功を奏し、10年ほどかけて天然痘は世界的に根絶されていったのです。下の図のように、南アメリカ大陸、アフリカ大陸、南アジアや東南アジアにあった天然痘は徐々に根絶されていき、最終的には1980年に世界保健総会で「天然痘の世界根絶」が宣言されました。
地図上の薄緑色の部分は輸入による天然痘の流行があったことを示しています。このように感染症の世界根絶を実現するには、あらゆる国と地域において感染の伝播を止め、それを世界中で同期させなくてはなりません。国単位で根絶できたとしても、国をまたいで人の行き来がある現代では、輸入による感染症の流行が起こりうるからです。
ポリオとは、ポリオウイルスで発症し、ヒトのみに感染する病気です。感染源となるのはポリオ感染者や不顕性感染者(感染しているが症状がない状態の人)です。不顕性感染者が感染を広げる可能性があるという点では、COVID-19に似ています。
ポリオは感染者の0.1〜2%に手足の麻痺が見られます。天然痘と同様、対症療法およびワクチンによる予防しか対策のない病気です。実は日本でも戦後15年ほど毎年数千例の麻痺型のポリオが発生し、数百人の死亡者が出ていました。1963年頃から全国で大々的なワクチン接種を行い、1980年以降、日本ではポリオの発生が確認されていません。
世界においては、1988年時点で125の国において35万の麻痺型ポリオ患者が確認されており、同年の世界保健総会で「2000年までにポリオを根絶する」と宣言されました。
WHO西太平洋地域でもポリオ根絶事業に取り組み、1997年にカンボジアで最終症例が確認され、ポリオの根絶が宣言されています。
日本の政府および民間の支援により、西太平洋地域からのポリオ根絶が達成されました。その際にはポリオの実験室診断の国際ネットワークは国立感染症研究所(感染研)を中心につくられています。その形をモデルにして、今では感染研を中心に麻疹や風疹、ロタウイルス感染症、日本脳炎などの実験室診断の国際ネットワークが形成されています。
西太平洋地域から根絶されたポリオですが、上の図にあるように、2000年頃からワクチン由来のポリオウイルスが毒性を持ちアウトブレイク(一定期間内に特定の場所で、感染者数が基準となる症例数を超えて発生した状態)を起こす例が見られました。そのため、現在WHO西太平洋地域事務局では、ポリオの対策を強化しています。
麻疹とは、麻疹ウイルスによって起こる非常に伝播力が高い感染症です。ワクチンが実用化された今、麻疹を「怖い病気」と思う方は少ないかもしれませんが、特異的な治療法が存在せず、実は非常に厄介な病気です。いまだに先進国でも感染すると1000人に1〜2人が亡くなります。
麻疹は、今から5000〜6000年前の古代メソポタミアが起源とされています。元々は牛か犬の感染症だったものが都市化と共にヒトの中に広がり、都市同士の交流によって世界中に拡大したと考えられています。日本でも平安時代から数十年に1回の頻度で大きな流行が起こり、ワクチンができる前は多くの人が命を落としていました。
WHO西太平洋地域では、ポリオの根絶が宣言された後の2000年以降、麻疹の排除に努めてきました。2002年時点の西太平洋地域における麻疹の患者数は670万人、死亡者数は3万人と推計されており、2005年には「2012年までに麻疹の排除を達成する」ことを決定しました。
ところが、上のグラフのように2013年頃から中国やフィリピンで大きな流行が始まり、そこから飛び火するように世界中で麻疹の流行が起こりました。西太平洋地域では麻疹の新たな戦略を設定して取り組みを強化し、最終的には2018年頃までに日本や韓国、オーストラリア、カンボジアなどで排除に成功しています。
日本は元々麻疹の感染が多く、排除するのにたいへん苦労したのも事実です。しかも、2007〜2008年には国内で麻疹の大きな流行が起こりました。そのような日本が短い期間で麻疹を排除できたことに世界の国々は驚きました。現在では、日本では、土着の麻疹ウイルスではなく海外へ渡航した人などから検出される症例が注視されています。
このように、ワクチンと予防接種を用いた国際感染症対策は、人類の感染症への取り組みにおいて多大な成果を上げてきましたが、その背景には、たいへん多くの人々が何十年も努力を積み重ねてきた歴史があるのです。
さらなる国際公衆衛生の取り組みの1つとして、2020年10月にはWHO西太平洋地域委員会が「今後10年間のワクチンと予防接種を用いた国際感染症対策の新戦略」を承認しました。その中にはもちろんワクチンを使ったCOVID-19対策もあります。現在、日々世界で得られる新しい知見や経験を取り入れながら、COVID-19へのワクチンを用いた対策を加速させているところです。
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