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インタビュー

これからの医療リテラシー(2)納得するための医療知識

これからの医療リテラシー(2)納得するための医療知識
橋都 浩平 先生

株式会社ドリームインキュベータ 元常勤監査役、東京大学小児外科学 元教授

橋都 浩平 先生

前回の「これからの医療リテラシー(1)医師と患者の関係を考える―契約から信任へ」では、橋都浩平先生にこれからの医師と患者の関係についてお話し頂きました。今回は、医者と患者に情報格差があること、情報の非対称性をまずは前提とした上で、前回の記事で述べた「信任関係」と「納得のパターナリズム」を成立させるためにどのようにすればよいのか、また、患者さんが「納得」するために持つべき医療リテラシー(医療情報を適切に選別し身につける能力)とはどのようなものなのかを、橋都先生と共に考えていきたいと思います。

納得のパターナリズムを成立させるためには、患者さんにも納得してもらう必要があります。患者さんが納得するためには、医者―患者の会話が成立する必要があります。つまり、患者さんが納得するために医療リテラシーが重要なのです。そのためにも、患者さん自身が医療情報をきちんと得て、学んでいくことが重要だと考えます。

インターネット上ではいろいろな医療情報を得ることができます。それらは、どうしても歯切れの良いものが中心になってしまいます。歯切れが良い情報の方がより受けが良くなる傾向があるからです。

私はFacebookをやっています。Facebookで様々な医療記事を閲覧した時、「ワクチンは危険だ!」という意見が一般の方から非常に高い評価を受けていることに気が付きました。「なぜこれが高い評価を受けているのだろう」と思って注意深くみてみると、その理由は、「この人の言っていることは『歯切れが良い』」というものでした。しかし、これは非常に危険です。なぜなら、文章を読んだ方々が情報の内容の正確さではなく、言葉の歯切れの良さにつられてしまう可能性があるからです。

ワクチン問題やワクチンの弊害を主張する人のほうが、どちらかと言えば歯切れがいいでしょう。しかし、そうした言葉に引きずられてしまうのは危ないことです。こうした歯切れの良さには引きずられずに、地道に「ワクチンの意味は何なのか?」 「ワクチンがこれまでどれだけ公衆衛生的な意味を生み出してきたのか?」 ということを考える冷静さを持ちましょう。

ワクチンはとにかく危険である、という意見が盛んだった時期には「自閉症の原因はワクチンだ」というとんでもない意見すらありました。このような偏った考え方を生み出さないためにも、医療リテラシーを身につける必要があるでしょう。

遺伝子についても同様に、歯切れの悪さは出てくるものです。遺伝子という分野にすら、正しいと歯切れよく言い切れることはほんのわずかなのです。

一つの遺伝子が原因で起きる病気についてであれば、説明は容易です。例えば「ハンチントン舞踏病」、これは一つの遺伝子が原因で起きる疾患です。このような場合、「ある遺伝子があればその病気になる」と歯切れの良いことを言うのは簡単です。

一方、糖尿病の遺伝子は難しいです。例えば「あなたにはこの遺伝子があるから、糖尿病になる確率は1.2倍」というところまで言えたとします。さて、これをどう解釈するのでしょうか。「この遺伝子があるから絶対にこうするのがよい」などと、歯切れの良いアドバイスはできなくなってしまいます。このような歯切れの悪さを認めるのが医療リテラシーの基本である、と考えます。

インターネットが普及してから、医療情報がどんどん増えています。そうなればなるほど、まっとうでない意見も通ってしまうリスクが増えています。これには危惧しています。どうも、まっとうでない意見の方が、歯切れが良い傾向にあるからです。

医療情報を発信しようと志す方は、まっとうな意見を繰り返し提供していくことがとても重要です。さらに言えば、そのことがいかに大切であるかを本当に把握している人が、情報を発信していくことが重要です。
まっとうな意見ほど間違いなく歯切れは悪くなります。まっとうな意見だけれども歯切れが悪い意見、そのようなものを何度も何度も繰り返し提供し、広めることに、医療情報を発信する企業である「メディカルノート」の真の価値があると思います。

まっとうな意見には、必ずと言っていいほど統計が入ってきます。しかし、どうも人々は統計学に弱い傾向があるようです。「統計的に正しい」という意見には、人々はなかなか賛成してくれません。
これからはビッグデータの時代です。「原理」よりも「現象」、原理はあとからついてきて、現象からスタートするのがこれからの科学、医学になりそうです。これについて、次の項で掘り下げてお話しします。

ビッグデータの時代では、「まず現象があるのだが、原理の説明がつかない」ものが増えてくる可能性があります。つまり、「因果が説明できないけれども、統計学的にそうだといえる」ということです。

今までは、因果関係を遡っていけば原理に辿り着ける、それこそが科学であると認識されてきました。しかし、そうでないものがどんどん増えてきます。これにより、統計学的に正しいことを「それは原理が説明できないから正しくない」という人が出てくる可能性があります。

ここで、例としてひとつのエピソードを挙げます。「ゼンメルワイスの悲劇」というものです。
19世紀ウィーン大学の産婦人科に2つの病棟がありました。片方は医者が見ている病棟、もう片方の病棟は助産師が見ている病棟です。医者が見ている病棟のほうが産褥熱(出産の際、細菌感染して起こる発熱)の発生が多く、死亡率が高い。これはなぜなのかということをゼンメルワイス(院内感染予防の先駆者とされる19世紀ハンガリーの医師)は考えました。

ここで、助産師の病棟では手洗いをしているという「現象」は分かっていました。ただ、細菌の概念がないので「原理」は分かっていませんでした。原理は分からないけれどもとにかく手を洗う方が産褥熱の発生も抑えられるようだから手を洗おうという提唱をしていました。

しかしこれでは「原理を説明できていない」ため、原理がなければ納得しない周りの医師たちに対しては、結局手洗いが徹底されませんでした。当時は、素手で死体の解剖を行い、そのまま赤ちゃんの取り上げもしているというような時代だったのです。現在の医学から考えればこの原因はやはり細菌感染症だったといえますが、これは19世紀の話です。まだ細菌が発見される以前のことであり、それゆえ原理が分からなかったとも言えます。

このように、「現象としては存在し、統計学的には存在するけれども原理としてはまだ分かっていない」というものが、ビッグデータの時代においてはどんどん出てきます。つまり、このゼンメルワイスの悲劇と同様のことが、今後も起きる可能性があるということです。この悲劇を繰り返さないためにも、まずは現象を認めることがこれからの医学においてはとても大切です。統計学的な考え方ができることもこれからの医療リテラシーに必要なことであると私は考えます。
もちろん、「では原理は何なのだろう?」と考えることは必要です。しかし、原理が説明できないことは多くあることも認めなくてはいけません。

私はこれまでに、日本のさまざまな地域やイギリスにおいて医療を経験してきました。
医療リテラシーは、日本でも地域ごとに全く異なります。さらに言えばイギリスでも地域や社会階層により全く異なります。相手によっては話のレベルも変えなければいけませんし、医師はそれを常に意識しなければなりません。教育レベルがまったく異なる人に同じこと言っても意味がないのです。まずは医療従事者が、相手に合わせて説明の仕方を変えることを意識していかねばなりません。

ユーザーにはアメリカのNIH(National Institutes of Health)のサイトを見てくるような患者さんもいれば、一切何も調べずに来るような患者さんもいます。つまり、人によってレベルに大きな開きがあるのです。メディカルノートの記事が増えていけば、たとえば初級者向け・中級者向け・上級者向けのように様々なレベルの記事が出揃い、読者の皆様が段階を踏んで知識を得られるようになっていくことでしょう。

私の経験では、医学のことはいわゆる「インテリ」の方であっても意外と知らないものです。メディカルノートには、これからますます興味深い記事を提供してくれることに期待しています。

記事1:これからの医療リテラシー(1)医師と患者の関係を考える——契約から信任へ
記事2:これからの医療リテラシー(2)納得するための医療知識

  • 株式会社ドリームインキュベータ 元常勤監査役、東京大学小児外科学 元教授

    橋都 浩平 先生

    日本赤十字社医療センター小児外科部長、東京大学小児外科教授を歴任後、東京西徳洲会病院で総長を務める。同院を退任後、株式会社ドリームインキュベータ常勤監査役。さらなる医療の発展のためには産業界との連携が欠かせないという信念のもと、医療人として・企業人として、双方の視点から医療界を見渡す。広い経験と深い知見に基づいた卓抜な視座から、様々な面においてなおも医療の進歩に貢献し続けている。