インタビュー

依存症とは(6)―依存症の患者さんにおける脳の働き

依存症とは(6)―依存症の患者さんにおける脳の働き
村井 俊哉 先生

京都大学医学研究科 脳病態生理学講座 精神医学教室 教授

村井 俊哉 先生

この記事の最終更新は2015年07月11日です。

現代、「依存」という言葉はさまざまなシーンで使われます。しかし、「依存症」となると、これは精神医学における病気です。
依存症になると、脳にはどのような変化が起きているのでしょうか。依存症と脳の関係については、まだ十分なことは分かっていません。そんな中でも少しずつ解明が進みつつある、依存症の患者さんの脳の働きについて、日本の精神医学におけるオピニオンリーダーである京都大学精神医学教室教授の村井俊哉先生にお話をお聞きしました。

その人にとって“報酬”となる特定の刺激を見たり聞いたりすると、脳の中の報酬系が賦活(活性化)されることが知られています。例えば、ギャンブル依存症の状態の人では、パチンコ店の音楽がこの刺激であることがあります。アルコール依存症では居酒屋のちょうちんを目にすることが、そのような刺激となるかもしれません。

一方で、自分が依存している物質や行為以外のものごとへの関心が落ちるため、そうした刺激に対して脳の中の報酬系の賦活が低下することも知られています。たとえば、Functional MRI(MRI検査の特殊な形式)で、被験者の脳の活動を計測しながら、ギャンブル(パチンコ)依存症の診断に該当する人に、簡単なお金のやりとりをする課題を行ってもらった研究があります。こうした課題を行っている最中、依存症の人の場合は報酬系の賦活化が落ちているのです。おそらくギャンブル依存症の診断に該当する人にとって、報酬系をくすぐるのは「パチンコ店の大当たりの音楽」のようにかなりピンポイントなものであり、それ以外の刺激への興味・関心は落ちてしまっているのではないかと推測できます。

また、そもそもギャンブル依存症に陥る人は、「衝動的に行動してしまう傾向を自らコントロールすることが苦手である」と言われます。衝動性のコントロールには前頭葉の一部の領域が関わることが知られていますので、依存症の方の一部では、前頭葉の働きが弱まっているのでは、ということが推測されています。

ただ、依存症の原因は、個々人さまざまです。その人の家庭環境・生活環境や性格など、実にさまざまなことがら、依存症を起こしやすくしたり逆に予防したりという要因となります。ですから、報酬系の低賦活にせよ、前頭葉の機能低下にせよ、脳の画像診断の結果だけで依存症を診断できるようになるのではないかという考えは間違っています。これは脳の研究がどれほど発展しても不可能ではないかと私は考えています。

依存症に至る道筋はひとつではありません。違う入り口なのに結局「依存症」という同じ行動に向かっていくことの原因は、まだ解明されておらず、非常に不思議な部分でもあります。以下にそのような入口の例を2つ挙げます。

たとえば、バイクでのスピード違反が常習の22歳の男性。こうした「リスクが快感」というタイプの人が、ギャンブル依存症に陥ることがあります。このような人の場合、「リスクに対する感覚が麻痺している」性格のために、依存症に陥るのではないかと推測されます。さらに強い快感・刺激を求めた場合には、違法薬物の使用ということになるかもしれません。

一方では、決してリスクを求めるような派手な行動はみられない人が依存症に陥ることも、稀ではありません。憂さ晴らしとしての地味な行動が、次第にエスカレートしてしまう場合です。たとえば、料理をしながらお酒を飲むのが一日のちょっとしたストレス解消手段だった方がキッチンドリンカーに移行したり、これまでの人生で賭け事などとは無縁だった中高年の人が、一度だけやってみようと入ったパチンコ店で大当たりしてしまい、そこからやめられなくなったりというパターンです。これらのタイプの人は、前者のタイプとは違って、決して衝動的な人とはいえません。

つまり、これらの2つのタイプの人は、全く違うタイプの人たちといえます。依存症の原因はこれだ、と一口に言い難い理由のひとつは、入り口は全く違うのに、同じような症状が起きてしまうことにもあるのです。

依存症はひとつの原因・ひとつのメカニズムだけでは説明できるものではありません。現代の日本では競馬や宝くじがあり、パチンコ店があふれています。お酒もタバコも、どこでも買えます。そういう状況の中で、いろいろな性格・タイプの人が暮らしています。そして多くの人はこうしたさまざまな誘惑を、嗜好品や余暇の範囲で楽しんでいます。しかし一方で、依存症という形で病的なレベルになってしまう人もいるのです。

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