「先天異常」という言葉を聞いたことがある方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。妊娠中のお母さんやこれから子どもを作ろうとしている方であれば、一度は調べたことがある言葉かもしれません。
先天異常は頻度が低いものです。しかし、頻度が低いなかでも若い小児外科医は先天異常に対して経験を積んでいかなくてはいけません。そのために小児外科はどのような工夫をしているのでしょうか? 「先天異常と小児外科医(2)―先天異常のひとつひとつの頻度は低い」に続き、東京大学で小児外科学の教授を務めた後、現在は埼玉県立小児医療センターで病院長を務めながら、日本の小児医療と外科医療双方の向上を目指し日々尽力されている岩中督先生にお話をお聞きしました。
「先天異常と小児外科医(2)―先天異常のひとつひとつの頻度は低い」では、先天異常は頻度が低く小児外科医がなかなか訓練を積めないため、「集約」によって解決する方法を検討しているが、過度な集約も決して望ましくない、ということについてお話ししました。ここでは、若い小児外科医が訓練を積むための「シミュレーターによる訓練」についてお話します。
従来、小児外科に限らず、外科領域では徒弟制度で後進の教育をしてきました。指導医と若手医師が一緒に患者さんを診療し、手術をするなかで、指導医が若手医師をマンツーマンで指導してきたのです。しかし、先天異常のような希少疾患をマンツーマンで教えるのには無理があります。そもそも患者さんに巡り会えなかったら、それ自体を経験することができません。そこで、よくある議論が「先天異常と小児外科医(2)―先天異常のひとつひとつの頻度は低い」で紹介した集約化でした。
私は数年間、日本小児外科学会で理事長を務めてきました。そこで、小児外科医を志す若者がどんどんスキルをあげていく環境を作れないか常に考えてきました。そして若い小児外科医を育て、日本の医療における技術伝承を絶やさず、さらにレベルを上げていくことが日本小児外科学会に与えられた大きな使命でもあると感じていました。
解決策のひとつとしては、シミュレーターがあります。つまり、実際に手術には入っていなくても、その手術を現場に非常に近い形で経験できるようにすることです。
さらに、3Dプリンタの進歩もシミュレーター教育の後押しになる可能性があります。手術症例数が少なくても、画像のデータから3Dプリンタでいくらでも症例を複製することができるからです。たとえば、卵くらいのサイズの空間の中で、非常に小さくて柔らかい臓器を内視鏡を使って縫っていく練習が、ハンズオンでできます。
もちろんまだまだ課題はありますが、3Dプリンタにより作った模型を元に、若い小児外科医が訓練を積んでいく方法は、良いやり方だと考えています。
私は、内視鏡外科における技術認定委員でもありました。「できるようになった」と言われる人が「本当にできるのか」という検証も必要です。つまり、若手を育成したら、その若手が積み上げた結果をきちんと評価していく必要があるということです。結果が上がらないのであれば、育成プロセスのどこかに間違いがある可能性があります。これは、専門医制度に関しても同じことが言えます。専門医を名乗るからには、質を担保しなくてはならないのです。
そのためには、すべての手術のデータを集めるべきであると私は考えています。具体的には、大規模なデータベースを整え、どこの施設でどの手術をどの外科医が担当したのか、医籍番号を入れて登録します。執刀医で入ったのか、助手で入ったのかから始まり、患者さんの病歴(たとえばどのような基礎疾患があったのか、どのような背景があったのかなど)すべてを検証していく必要があります。手術後にどのような経過をたどったのかもすべて記録していくことが重要です。だからこそ、これらのデータの蓄積である「ビッグデータ」が、小児外科はもちろんこれからの医療に必要と考えています。
(ビッグデータの詳細に関しては「日本の医療をより良くするために―ビッグデータの活用(1)」を参照)