喉頭がんの治療法は、ステージ(がんの進行具合の指標)によって異なります。また、進行している喉頭がんの場合、どのような治療を行うのかは、医師と患者がよく相談をして決定していく必要があります。喉頭がんの様々な治療方法とメリット・デメリットについて、東京医科大学耳鼻咽喉科学分野主任教授の塚原清彰先生にお話をお伺いしました。
ステージとは、がんがどれほど進行しているか、その程度を表す用語でTNM分類を用います。T分類は、がんの広がりの程度を、N分類は頸部のリンパ節への転移があるかを、M分類は別の臓器への転移があるかを表します。T分類、N分類、M分類を総括してステージが決まります。
喉頭がんの場合、がんが発生する部位によって症状も病名も異なるため(声門がん、声門上がん、声門下がんに分けられます。詳細は『喉頭とは? 喉頭の位置と役割』)、T分類が異なるのも特徴です。
がんの治療方法は、手術、放射線、薬物、免疫療法、緩和治療の5つに分けられます。
喉頭がんは、上記のステージによって治療法を決定します。以前は、進行喉頭がんになってしまった患者さんは声を失うことも少なくありませんでしたが、近年では発声機能を温存させることが重視され、治療もその意向に沿って判断されます。一般的には、早期の喉頭がんであれば放射線治療が適応され、進行したがんの場合は手術治療か化学放射線療法のどちらかが検討されます。
早期の喉頭がんに有効とされる治療法です。T1、T2であれば、放射線治療で80%~90%の方が治癒するといわれています。放射線治療であれば声帯が温存されますので、声を失うことはありません。
放射線治療のもうひとつのメリットは、外来での治療も可能なことです。しかし、放射線治療には一定の副作用を伴います。具体的には粘膜炎、声が出づらい、唾液減少、味覚障害、嚥下障害(飲み込むと痛い)などで、食事が困難な場合は入院が必要です。
手術は喉頭部分切除と喉頭全摘出の2種類の方法があります。
喉頭部分切除は発声機能の一部温存を希望される方に有効な方法です。喉頭部分切除には、声門がんへの喉頭垂直部分切除と、声門上がんへの喉頭水平部分切除があります。ただし、この場合であっても声帯を含む喉頭の一部を失うため、声がかすれる障害が残ります。また、術後は嚥下のリハビリが必要で、数か月以上を必要とすることもあります。
一方喉頭全摘出術は喉頭を全摘するので、進行したがんに対しても治療効果が比較的高い方法です。しかし、声を失うことは避けられません。一方、食事と空気の通り道が分かれるため誤嚥は生じませんので、嚥下のリハビリは不要です。
また、頸部へのリンパ節転移がある場合は、頸部郭清術を行います。これは耳の後ろから鎖骨まであるリンパ組織を切除する手術です。
化学放射線療法は手術療法と並んで、進行した喉頭がんに適応されることの多い治療法です。生存率も手術と同等との報告もあり、声を失うこともありません。現在非常に注目を集めている方法ともいえます。
喉頭が残る、すなわち発声機能を温存できる確率も高いことから、喉頭がんは手術ではなく化学放射線療法のほうがいいのではないか、という意見が多くなってきていることは事実です。
しかし近年、喉頭がん治療における長期成績(10年間の記録)が発表されました。これによると、10年後に喉頭が残っている確率は抗がん剤併用の人が高いものの、オーバーオールサバイバル(原因に関係なく、10年後に生存しているか)は放射線治療単独の方と差がないことが分かりました。詳しく見ていくと、化学放射線療法を行った喉頭がんの患者さんは、喉頭がんに起因しない死が多かったことが判明しました。
私の臨床経験からの推測ですが、化学放射線療法を行った患者さんは嚥下機能が落ちてしまうことが関わっているのだと考えています。化学放射線療法という強力な治療のおかげで、喉頭は温存することができました。しかし、強力な治療効果と引き換えに嚥下機能が落ち、誤嚥性肺炎を起こしやすくなってしまうのです。そして誤嚥性肺炎を繰り返すことで栄養状態、全身状態が悪くなり亡くなられた方が多かったのではないでしょうか。
短期的な喉頭温存率に優れ、また手術と生存率に差がないため、喉頭がんの治療においては化学放射線療法がいいという流れでしたが、10年後になると、併用療法をしたことによる別の障害が生じる確率が高まることが証明されたのです。
前述のように、手術では喉頭と共に声を失うことになります。一方、化学放射線療法では喉頭そのものは残っても、その機能の一部を失うことになります。喋る機能を残すか、長期的に誤嚥のない生活を送るか、という難しい選択をしなければなりません。どちらにどのくらいの価値観を見出すかは患者さんの個々の意志によって異なってくるでしょう。
化学放射線療法で喉頭を温存した患者さんが必ずしも誤嚥性肺炎に苦しむわけでないのも判断を難しくする理由です。音声も残る、食事も十分できる方も多くいらっしゃいます。その方たちには化学放射線療法がベストの選択であったわけです。一方で、誤嚥性肺炎に苦しむ患者さんに、その危険性を防ぐためだけに喉頭を取ろうとは言えません。しかし、喉頭があれば誤嚥は続きます。ここが難しいところであり、答えが出ないところでもあります。
私の場合は、先ほどの長期成績の話をしたうえで、手術という方法もあることを説明するようにしています。化学放射線療法はたしかに、声をなくさないために最適な治療法です。しかし、化学放射線療法が絶対にいいと断言することはできません。
呼吸と食事の機能は残り、その代わり声をあきらめるか。もしくは声を残して、嚥下機能や体力の消耗をあきらめるか。癌という病気の性質上、すべてを残すことはできません。これはもはや、その方の人生観にも関わってくるといえます。長期的に考えると、誤嚥なく食べられるという、音声を残す社会正義よりも深いものが待っていることがあります。両者には長所と短所があることを、患者さんに理解して頂くことが大事です。
治療を行った後は、定期的な通院によるチェックが必要です。治療後1~3年以内に再発する可能性も低くないため、少なくともその期間は1~2か月に1回程度外来受診をしていただく必要があります。3年目以降も受診間隔は開くものの、最低5年間は経過観察のために受診していただくことになります。
喉頭がんの生存率は声門がん、声門上がん、声門下がんによっても多少異なります。しかし、早期(Ⅰ期)であれば5年生存率は80~90%に上り、Ⅳ期であっても、適切な治療を受けられれば、65~70%という結果が出ています。
東京医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野主任教授
東京医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野主任教授
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 耳鼻咽喉科専門医・耳鼻咽喉科専門研修指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本気管食道科学会 気管食道科専門医
1998年に東京医科大学を卒業後、癌研有明病院頭頸科医員、東京医科大学八王子医療センター耳鼻咽喉科・頭頚部外科准教授を経て、2015年8月より東京医科大学耳鼻咽喉科学分野主任教授。耳鼻咽喉科として臨床に携わる傍ら、頭頸部がんに対する様々な治療を数多く行ってきた、がん治療のスペシャリストでもある。手術、放射線、化学療法の3種を患者に適した形で施し、多くの頭頚部腫瘍を手がける。特に喉頭がんに対するシャント手術に関しては、その評価も高い。また、PloS Oneに掲載された「Randomized phase III trial of adjuvant chemotherapy with S-1 after curative treatment in patients with squamous-cell carcinoma of the head and neck (ACTS-HNC)」など非常に学術的価値の高い論文を発表している。
塚原 清彰 先生の所属医療機関
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