頭頸部がんの発症には、はっきりした原因が2つあります。ひとつにはお酒とたばこ、もうひとつはHPV(ヒト乳頭腫ウィルス)です。HPVは、子宮頸がんの発症原因としても話題になっていますが、実は頭頸部領域のがんの発症原因であることも明らかになっています。東京医科歯科大学朝蔭孝宏先生にお話をうかがいます。
頭頸部領域すべてにいえることですが、この領域はお酒やたばこに非常に影響を受けます。その場合、下咽頭、中咽頭という位置に限らず、口腔から咽頭一帯が全体的に影響されることになります。口から胃にかけてお酒の通るルートに沿って、同時もしくは異時性にがんが多発します。これをフィールドキャンサリゼーションと呼びます。つまり、咽頭がんの場合、発がん物質が触れた場所一帯に、がんが発生しやすいのです。
では、「お酒を飲んだら咽頭がんにかかりやすいのか」というとそうではありません。お酒は、毎日飲む方、何かイベントがあれば飲む程度の方とさまざまいらっしゃると思いますが、単純にお酒の量だけではなく、お酒を飲んだときの症状にも注目していただきたいです。少量で顔が赤くなる、現在は違うが20歳の頃は赤くなったという方は注意していただきたいです。とにかく、今でも昔でもこの「顔が赤くなる」という方はアルコールの影響を受けやすいといえます。
通常、アルコールの代謝のプロセスでは、アルコールは、体内のアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに変えられ、アセトアルデヒドはアセトアルデヒド脱水素酵素によって酢酸にかえられ、最終的に無毒化されます。
ところが、このアセトアルデヒド脱水素酵素の力が弱い方がいらっしゃいます。それが、「お酒を飲むと顔が赤くなる方」です。さらに、これに該当する方は、日本人の約40パーセントにのぼるといわれています。その方たちが、たとえば毎日日本酒を1合半ぐらいずつ飲み続けると、通常の方に比べ下咽頭がんになる発がんのリスクがおよそ10倍になるといわれています。アセトアルデヒドは発がん物質として認定されていますが、顔が赤くなる方はそれが分解されるのが遅いため、体内に高濃度で長時間残ってしまうのです。
アセトアルデヒドは、お酒を飲んだら血中に溶け体内に均一に広がりますが、実は唾液に高濃度で含まれるという特徴があります。また、口腔内の細菌がアセトアルデヒドをつくるといわれており、それらの特徴から、頭頸部領域にがんが生じやすいと考えられています。
たばこの影響が体質によって変わることはほとんどありません。しかし、頭頸部に限らず普遍的に指摘されている要因ですし、さまざまな場所のがんに影響があります。ですから、お酒やたばこを控えることによって、咽頭がんは十分に予防できるといっても過言ではありません。
HPVは、子宮頸がんの原因として今もっとも話題になっています。HPVにはさまざまな種類がありますが、タイプ16というHPVが子宮頸がんの原因です。実は、そのタイプ16のHPVが、頭頸部領域でも同じく発がんの原因となっているのです。特に中咽頭がんの発症要因です。中咽頭は、その両脇に扁桃腺があって周囲にリンパ系の組織が発達しています。また、中咽頭部に位置する舌根にも舌根扁桃があります。扁桃腺は、桃の種のような小さな組織なのですが、その奥にHPVが入り込んで潜伏し、あるタイミングでがんを発症させるのではないかと考えられています。咽頭のほかの部分は、粘膜の表面が滑らかでもしウィルスがいても食べ物や飲み物と一緒に流されてしまう可能性がありますが、扁桃にはウィルスが留まることができるのではないかと考えられています。
東京科学大学 医学部 頭頸部外科学講座 教授
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