「頭頸部」は、私たちの耳にあまりなじみのない言葉です。具体的には首から上の目以外の領域を指します。脳、目、耳、鼻など日常生活に欠かせない部分が深く関係し、なおかつ人の目にふれる部分のため、繊細な治療を必要とします。そして、その治療には非常に高い技術が必要です。近年、新しい手術法や器具などが開発され、難しい頭頸部領域の病気でも治療後の患者さんのQOL(生活の質)を高めることに成功しています。東京医科歯科大学朝蔭孝宏先生にお話をうかがいました。
「頭頸部」には、話をする、飲み込むなど日常生活に不可欠な機能があるほか、常に他者の目にふれるため容貌に深く関わる場所です。したがって、この場所に起きた障害は、患者さんのQOLに大きく関わる領域と考えられています。
たとえば、お腹の中にある消化管などに障害が起きた場合、悪い部分を切除してつないでしまえば、本来と同じ程度の機能を取り戻すことができます。しかし頭頸部は、「悪い部分を切除してつなぐ」ということが容易にできない領域です。特に進行したがんの場合、広範囲にわたって切除することも難しい領域です。
また、頭頸部のがんは、がん全体から考えると5パーセント程度で、非常に少ないがんです。しかし、手術が難しく日常生活に大きな影響を与える場所であることから、より質の高い治療が求められます。
1980年頃、当時東京大学の形成外科教授であった波利井先生が、頭頸部癌切除後の再建に遊離組織移植を導入しました。たとえば、口の中やのどにできたがんを切除したあと、おへその脇の腹直筋や前腕の皮膚などを切り取って移殖したり、下咽頭から食道にかけて組織を切除した場合は、空腸(十二指腸から続く小腸の一部で内容物がない)を移殖するという新しい手術法です。頭頸部がんの手術は、切除しても身体の他の部位から移植することが可能となり、技術の発達とともにどんどん拡大切除に移行していきました。
拡大切除で問題だったのは、患者さんのQOLを保てないことです。「頭頸部のがんでも切除できる」ということは明らかになったものの、拡大切除では遊離組織移植を行ったとしても、ある程度のQOLの低下は避けられませんでした。ですから、1995年頃から現在に至るまで「いかに小さく切除するか」そして「いかに患者さんの術後のQOLを高く保つか」ということが考えられてきました。
実は、「手術で小さく切る」というのはとても難しいことです。そこで、2000年頃、手術ではない治療法が考え出されます。放射線治療と抗がん剤治療を並行して行うという治療法で、両方合わせて行うため治療効果も高く、海外で広まっていました。ところがこの治療法には、手術と同等の効果を狙うと強い副作用が発生してしまうという問題がありました。手術をしないため、放射線の当たった臓器はそのまま体内に残ることになり、のどの知覚低下や口腔の乾燥感、味覚障害などが発症します。さらに、それらの後遺症は時間の経過とともに悪化する場合もあり、臓器は残っているのに食べることができない、飲み込んでもむせてしまうなどの事態が起こってしまうのです。
また、一度放射線治療や抗がん剤治療を行って再発した場合、次に行う治療は手術しかありません。しかし、放射線が当たった部位は板のように硬くなってしまうため、最後の救済措置である手術も非常に困難で、成功しても傷が瘢痕化して非常に治りが悪いという特徴があります。さらに、放射線が当たった部位は血の流れもよくないため感染症にも弱く、膿に晒されると血管が破たんして大出血を起こしたりする場合もあるのです。
東京医科歯科大学 医学部 頭頸部外科学講座 教授
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