

従来用いられていた抗がん剤治療と放射線治療を同時併用する方法は、患者さんの負担が非常に大きいものでした。治療中の副作用も大きく、もし再発した場合の手術も非常にリスクがあり、治療の後も感染症などの危険がありました。しかし、その抗がん剤治療と放射線治療の方法を変えることによって、患者さんの負担を減らし、がんをより効果的に治療することができるようになりました。東京医科歯科大学朝蔭孝宏先生にお話をうかがいます。
放射線療法と化学療法を同時併用する治療法は、がんを攻撃する点では非常に効果が高かったものの、患者さんの術後のQOLを高めるためには、さらなる治療法を確立する必要がありました。そこで新たに考えられたのが、放射線治療と抗がん剤治療を並列で行うのではなく、直列で行うという治療法です。つまり、放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせる治療ではあるものの、同時に行うのではなく段階を分けて放射線治療と抗がん剤治療を行っていくのです。
従来、頭頸部がん治療ではシスプラチンとフルオロウラシルという2つの抗がん剤が使用されていました。そこに海外で治療効果が高いと報告されたドセタキセルを加えた3つの抗がん剤を順に使用(TPF療法)し、徐々にがん細胞を小さくしてから改めてがんを評価し、放射線治療を行うのか手術をするのか判断します。これを(導入化学療法を用いた)低侵襲治療と呼びます。放射線治療は、抗がん剤と組み合わせても単独で行っても、残る障害の程度は変わりません。副作用も軽く、仮に再発やがん細胞が残存してしまっても、救済手術が安全に行えるという利点があることから、低侵襲治療(直列で放射線と抗がん剤を使用する)を頭頸部がんの標準治療として浸透させました。
喉ぼとけの裏側、食道の入り口にできることの多いがんです。喉頭と背中合わせの部分のため、手術する場合は喉頭の合併切除をしなければならないこともあり、声を出せなくなってしまうリスクがあります。
声を残すため、抗がん剤投与を2回行い(導入化学療法)、がんをできる限り小さくします。その後、がんを評価して放射線のみで治療が可能ならば放射線治療を、放射線ではできないが部分切除で声を残すことができると評価されれば手術をします。
ちょうど扁桃腺のあたり、あるいは舌の根のあたりの位置にできるがんですが、ここの手術を行う場合、舌そのものを切除するよりももっと誤嚥や構音障害(話言葉をつくりにくくなる)を生じやすく、患者さんのQOLが非常に下がるといわれる領域です。特に中咽頭癌は、発症の原因によって2つの種類に分類することができます。ひとつはお酒やたばこを発症原因とした中咽頭がん、そしてふたつめは、近年話題になっているHPV(ヒト乳頭腫ウィルス)を発症原因とした中咽頭がんです。このふたつはまったく性格が異なり、効果の出る治療法もそれぞれに異なります。
中咽頭がんの特徴
お酒やたばこが発症要因HPV(ヒト乳頭腫ウイルス)が発症要因
高齢(60代以降)発症
首のリンパ腺が腫れるほどではないのに放射線や抗がん剤が効かないことがある
予後が芳しくない
若年(40代)発症
首のリンパ腺まで腫れが広がっていても放射線や抗がん剤がよく効く
予後がいい
ですから、少しでも高いQOLを保つための機能温存ができ、なおかつ再発の際の救済措置も安全に行える導入化学療法を用いた低侵襲治療は、下咽頭がんと中咽頭がんにもっとも適した治療法といえます。
抗がん剤治療に関しては、ほかの治療で使用される薬と同じように骨髄抑制(骨髄の働きが低下し、赤血球、白血球、血小板の数が減少する)や、シスプラチンを使用した場合は腎臓に負担がかかるため腎機能障害が起きることがあります。最近では、制吐剤の質がよくなっているため激しい嘔吐などの強い副作用はあまり見られませんが、軽度の食欲低下などもあります。しかしこの治療を行ったことによって体調が悪くなったり、生命予後に関わるような問題が起きることは、基本的にはありません。
放射線治療に関しては、従来と同じ程度の粘膜炎などは発生することはありますが、抗がん剤治療期と放射線治療期の段階を分けたことによって、患者さんの負担は大幅に少なくなりました。
治療施設によっては、抗がん剤と同時進行で行う場合は粘膜炎が強く出すぎて食事ができなくなってしまうため、あらかじめ胃ろうを準備して治療に取りかかる場合もあります。ただし、抗がん剤と同時でなく終えてから放射線治療だけを行う場合は、そこまでひどい粘膜炎になることはありませんし、施設の近くにお住いの方ならば、通院でも治療を終えることが可能です。治療中(通院中)の患者さんのQOLの面でも、低侵襲治療は非常に有益だといえます。
東京科学大学 医学部 頭頸部外科学講座 教授
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