移行医療はスタートしたばかりであり、現在はまだ様々な課題が残されています。例えば小児腎臓病と大人の腎臓病は圧倒的に患者数が違います。小児期に腎臓病を発症している場合、成人後にきちんとその子どもの状態を把握し、治療を継続していけるかという問題があります。これを解決するためには、医師側と患者さん側の双方が、医療をどのように継続するかについてもう一度考えることが必要です。移行医療の現在の問題点について、都立小児総合医療センター院長の本田雅敬先生にお話頂きました。
それでは、小児腎臓病を例に移行医療の問題点を探っていきましょう。
小児の病気は、腎臓病をはじめ、心臓、知的障害など先天性の病気が非常に多く存在します。腎臓病において最も多発するのは先天性腎尿路奇形(CAKUT)という病気ですが、これを大人の病院で小児を扱ったことのない医師が正確に診断・治療することは困難であると予測できます。
先天的な奇形があるということは、ほかの奇形もあるかもしれません。また泌尿器科的な管理を要する患者も多いです。成人の病院は病気の種類や臓器によって分けられていますから、奇形そのものを総合的に診察できる医師がいないことになります。つまり、奇形のある方たちが大人になったとき、その処置方法を知らない成人の病院でどうやって治療を受けていくのかという課題があります。
このように、小児科は慢性腎臓病(CKD)のように重い病気から軽い腎炎のような軽度の病気まで網羅的に患者さんを診察していますが、重症の患者さんの場合、大人になってからどこへ転院させればよいのか判断に迷うことがあります。軽症の場合でも成人の腎臓専門医のいる病院では患者数が多く、診療所などで診ることになり、どこと連携するかは迷うことになります。
小児科は総合小児科医といえます。成人の場合は明確に診療科が分かれていますが、小児科は内科系のどのような病気も対象にしています。
たとえば重度の知的障害に身体的障害を合併しているという疾患を持っている子どもの場合を考えてみましょう。大人の場合は地域で診る体制も整ってきていますし、介護サービスも充実しています。一方、小児の場合はケアサポートが十分ではなく、地域で診てもらえるところがほとんどありません。そのような場合は、小児科医が全て中心になり診ているという現状です。
子どもから大人に成長し、知的障害が残っている方は、小児科医以外でその方を診られる成人診療科医を探す事は難しいです。このような「子どもの病院から大人の病院へ移行する」時期をどうしていくかが現在問題となっています。しかし、後述しますが移行医療は患者さんが自立していることを確証したうえで行うものであり、すぐできるものではありません。
移行医療の問題点のひとつとして、小児科医自身がひとりで抱え込んでしまう傾向もあります。内科医にとって、小児科の分野は専門ではないため、どうしても理解しきれない部分も存在します。しかし小児疾患は成人疾患と違う部分があり、成人とは異なる特別なケアが必要なことを理解してもらわなければ、移行をスムーズに進めることはできません。それよりは自分たちのほうが理解もあるし、患者さんにとってもいいだろうと、小児科医がすべてを受け持ってしまう事例があるのです。
知的障害者や重度の身体障害者など明らかに自立が不可能な場合は別として、小児科医自身が過保護な環境を作り、自立を妨げている可能性もあります。また、ご両親が過保護、過干渉な態度でお子さんに接触すると、子ども自身に甘えの構造ができてしまいます。そうすると自分自身で勉強を頑張らない、友人を作らないなど社会性が育ちませんから、将来的に仕事ができない状態になってしまいます。この状態を、両親自らが作り上げてしまうという問題があります。
このような子どもの場合、成人になっても自分の病気を良く理解していませんし、薬の服用理由や副作用もわかりません。両親が本人に変わって病気の説明をするというケースもあります。彼らのような患者さんを、どうやって自立させ、小児科という枠組みから卒業させていくかが今後のテーマになってきます。
その子どもに社会で働ける能力があれば、仕事を持てることを目標にします。ただし、現状では、仕事を持てていない方が約34%程度いるといわれています。学校卒業後、本当ならば能力的には十分仕事ができるのに、自立できず仕事をしていない方もいます。また、成人病院に移ってしまうと、小児科医の管理がなくなるため、薬を継続して飲まない方や病院に通わなくなる方がいることも大きな問題になっています。
私は、小児科医が両親に過保護・過干渉にならないように話しているにもかかわらず、小児科医自身が無意識であれ過保護になるのは避けなければならないと考えています。
実を言うと、移行医療は誤解されています。前項でお話したように、病院を移ること自体が問題なのではなく、その患者さんご自身が精神的に育ってないことが問題になっているのです。小児科医が過保護になった結果、精神的に育っていない患者さんは自立もできないため、転院をすることができません。
ただでさえ思春期・青年期(AYA世代)の方は自我が発達し、どうやって自立していくか非常に悩み苦しむ時期です。それに加えて、慢性腎臓病などの慢性的な病気を抱えていたらその子の心はどうなっていくでしょう? 想像のとおり、どのような方であってもケアが必要になります。
そのような方々を支援するため、つまり移行医療を促進するために、都立小児総合医療センターと都立多摩総合医療センターは立ち上がったともいえます。
移行医療が本格的に動き出したのは2012年位からです。つまり、移行医療という新しいテーマができたころ、都立小児総合医療センターが開院したということができます。
その移行医療のモデル的存在となるのが、都立小児総合医療センターと多摩総合医療センターであると考えています。このふたつの病院でどのように連携していくかが、今後移行医療を進めていくにあたって非常に重要なポイントとなるでしょう。
転科・転院によって、医療の質が落ちてしまうことは避けなければなりません。思春期・若年成人期(AYA世代)が移行医療に関わることは、「子どもから大人になる」という人生のイベントにおける特別な医療を受けるといっても過言ではありません。そのため、移行医療が本来の医療を妨げてしまっては意味がないのです。
ですから小児科医が考え方を変えるだけではなく、成人でみられることが少ない先天性腎尿路奇形(CAKUT)や小児慢性腎臓病(CKD)患者の特殊性を成人病院の医師が理解することも、移行医療において非常に重要です。
そのなかでも一番大事なことは、知的に働ける可能性がある子どもが普通の大人になってもらうためにどうするかを考えなければならないということです。病気のために、未来を遮られてしまうようなことがあってはなりません。慢性疾患の子どもでも、将来元気に働いて結婚して子どもを作って、という通常通りの幸せをつかんでもらうために、私たちは努めていきたいです。
東京都立小児総合医療センター 臨床研究支援センター 医員/非常勤
日本小児科学会 小児科専門医日本腎臓学会 腎臓専門医・腎臓指導医日本透析医学会 透析専門医・透析指導医
1976年慶応義塾大学医学部卒。小児の腎臓病治療に対するトップランナー。1981年に当時生存すらできない乳幼児に日本で初めて在宅透析を導入し、健常人に近い成人にすることを可能とし、1986年に小児PD研究会を立ち上げ、日本の小児透析の実態調査と治療の標準化を行ってきた。1997年から小児難治性腎疾患治療研究会の立ち上げを行い、日本から難治性ネフローゼ症候群を中心に治療法を開発し、世界へ治療エビデンスの発信を行ってきた。2010年より小児腎臓病学会理事長として活動し、現在は小児腎臓今日の早期発見や治療など、慢性腎臓病対策の啓発と小児施設から成人施設への移行医療について、厚生労働省・文部科学省などで活動している。
本田 雅敬 先生の所属医療機関