子どもが事故に遭わないようにするためには、事故が起きる前の対策が最も大事です。重症度が高い事故が起こったら、なぜ事故が起こったのかを検証し、いろいろなデータを集め、どうすれば未然に防ぐことができるかを検討して実行するといった一連の流れが不可欠で、それができてはじめて事故を予防することが可能となります。緑園こどもクリニック院長の山中龍宏先生が提唱される事故予防対策の仕組みは「安全知識循環型社会」という考え方で、社会全体で事故のデータを集めて分析し、安全な方法を提案していく流れです。安全知識循環型社会とはどのようなものなのか、それをもとに事故予防のためにどのようなアプローチが必要なのかを山中龍宏先生にご説明していただきました。
事故の問題を考える場合、時間軸に沿って考えることが必要です。以下の3つに分けて考えていきます。
①事故が起きる前
②事故が起きたそのとき
③事故が起きたあと
この3つのなかで、人的被害、経済的損実などの点から最も大切なのは、起こる前、すなわち「予防」です。
事故が起きたときに関しては救命処置の講習会などが行われており、事故に遭った後の治療やリハビリも確立されています。これら二つとは対照的に、事故が起きる前の対策は現在でもほとんど何もされておらず、個人の問題としてとらえられています。
日本でも、最近になって具体的な事故予防の取り組みが始まりました。
あるとき、遊具のらせん階段の上から子どもが落ちて腎臓破裂で入院するという事故がありました。現場に行って遊具の計測を行い、ダミーの人形を使って転落の状況を再現し、なぜ事故が起きたのかを検証したところ、子どもはらせん階段の内側部分を登る傾向があり、階段の内側は急角度になっていることがわかりました。このために転落し、遊具の角が背中に当たってケガをしたのです。
すなわち、遊具の階段の内側の急傾斜部分を登っていたために起きた事故だったことが判明したのです。そこで、遊具会社と遊具の構造を検討して改良案を考え、その結果を市の公園施設課に示して予算化してもらい、遊具を改良することができました。
このように、なぜそのような事故が起こったのかを調べ、具体的な改善点を提案しない限り根本的な解決にはなりません。現在は、事故に遭った子どもの治療をして(起こった後の対応)、退院するときに「元気になってよかったね。今度は気をつけてください」と言っておしまいとなっていますが、それでは予防にはつながりません。
事故を個人の責任だけにしてはいけません。子どもの事故を親の責任にしているままでは、根本的な解決にはなりません。社会全体が子どもの事故に対する意識を変えていかなければならないと思います。
たとえば「やけど」の500例を分析して、1歳が多い、男のほうが多い、事故発生時間は18時が多いなどがわかっても、具体的な予防にはつながらず根本的な解決にはなりません。事故の情報は、それぞれの専門家に伝えられなければ予防活動は完結しないのです。
ですから、子どもの事故に関係するすべての人達が連携して事故予防に取り組んでいく必要があります。事故予防のループを回していかなければ、真の事故予防活動にはなりません。このために必要な概念が「安全知識循環型社会」の構築です。
繰り返し発生している子どもの事故を予防するため、病院や保護者から子どもの事故情報を収集し、事故情報データベースを構築し、それらを分析して予防につなげる仕組みのことです。
製品や環境を改良するためには、医師だけ、メーカーだけなど一つの職種で取り組むことはできません。医師は職業柄、現場の事故データをとることができますが、製品の改良などはできません。安全知識循環では、医療機関やマスコミ、保育士、企業、研究者、行政などさまざまな職種が連携して、安全な社会を構築するための知識を共有し、予防活動を展開して目に見える効果を社会に示すことをめざしています。
日本には、事故予防に取り組み、具体的な予防策まで実施できる組織が単独では存在していませんが、安全知識循環のような仕組みがあれば、事故の発生から対策までをつなぐことができ、事故を予防する社会システムとなります。
次に、より具体的なアプローチ方法を見ていきましょう。
子どもの事故を予防するための包括的な対策としては、製品・環境の改善と行動変容の2軸から事故予防に取り組むことが重要になります。下図は環境改善と行動変容の両側面から事故予防に取り組む模式図です。この図は羅針盤の役割も果たしており、自分がどの部分に取り組むべきか、またどこに取り組んでいるのかを確認することができます。
事故を起こさないためには、どういった取り組みが必要になってくるのでしょうか。
まずは現場の事故の状況を、「変えたいもの」「変えられないもの」「変えられるもの」の3つに分類します。そして、変えられるものを見つけ、変えられるものを変えることが予防になっていきます。これを傷害制御理論といいます。
変えたいものを直接変えられれば一番いい方法なのですが、実際そのようなことは困難です。そこで、傷害を制御するためにはこの3つの因果構造を分析して、変えられるものを使って変えられないものを制御するモデルを開発することが求められています。
このような仕組みのもとで子どもの事故を考えてみると、たとえば歩行中に起きた事故(変えたいもの)であれば、まずは自宅周辺の交通事情を調べるという発想に至ります。調査すると、この道は夜になると暗くなる、狭い道が続いているから危険だ(すぐには変えられないもの)など、子どもが一人で歩くのはリスクが高いことがわかります。そこで、この道を避けて別のルートを通るように指導するのです(変えられるもの)。
こうした具体的な解決法を示すことで、曖昧な「予防が大切です」「歩行中は気をつけましょう」という指導から脱却し、具体的に事故を予防する方法論が確立されていくのではないかと考えています。
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緑園こどもクリニック 院長
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