インタビュー

海外渡航時に病院に行く方法

海外渡航時に病院に行く方法
古閑 比斗志 先生

特定非営利活動法人JAMSNET東京 理事長、ふかやクリニック 院長

古閑 比斗志 先生

JAMSNET東京(ジャムズネット東京)は、海外居住経験を持つ医療、保健、福祉、教育、生活等の...

JAMSNET東京(ジャムズネット東京)

この記事の最終更新は2016年08月12日です。

海外に行ったとき、もしも病気になったりケガをしてしまったら、どうすればいいのでしょうか。病院を受診するときの注意や医療費の問題など、渡航先によってあらかじめ考えておくべきリスクはさまざまです。この記事では、海外渡航時にあらかじめ知っておくべきことについて、日本渡航医学会評議員・JAMSNET東京理事長を務める古閑比斗志先生にお話をうかがいました。

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表:海外でかかりやすい感染症
(「海外渡航者の予防接種Q&A」(川崎医科大学小児学教室)より引用)

頻度が高く、もっとも多い病気は渡航者下痢症です。渡航者下痢症を引き起こす原因は大腸菌やウイルスなどさまざまなものがありますが、外国の人が現地に入ったときに、これらの菌などに最初にさらされて体が対応できないために下痢をするという病気です。したがって、その土地に慣れると治るということもしばしばあります。

 

風邪薬や鎮痛剤、下痢止めなど日常的に服用している薬で対応できるような状況であれば、日本から持って行った薬を使うことをお勧めします。少し風邪気味だと思うときでも、普段から日本で使いなれている薬を服用することで安心できます。

ところが、具合が悪いのに薬も飲めないとなるとやはり不安になります。何か薬を飲んでおかないと安心できないからといって、現地でよくわからない薬を探して飲んでしまうというパターンが一番良くありません。医薬品の現地調達は避け、常備薬で対応できない場合は信頼のおける病院を受診しましょう。

渡航先で病院に行く場合には、地元の方がかかるような病院ではなく、必ず外国人向けのクリニックを受診するべきです。病院で処方箋を書いてもらっても、現地で薬をどうやって入手するかという問題があるからです。特に発展途上国では、正規に販売されているものではない偽薬(ニセ薬)を売っていることもあるので注意が必要です。その点、外国人向けのクリニックは保険で対応しているので、多くの場合は先進国から直接輸入した医薬品などを使っています。

また、外国人向けのクリニックであれば、現地語しか通じないといったことはなく、ある程度コミュニケーションもとりやすいというメリットがあります。また、その国にある日本人会や在外公館なども情報を把握しています。安全性を担保するためには、多少費用が高くとも外国人向けのクリニックを受診するべきです。

海外に行っているときには海外旅行保険が使えますから、保険に入っていれば医療費についてもあまり心配する必要はありません。多くの方が利用しているクレジットカードには海外旅行保険が自動で付帯しているものがあります。滞在中はもちろん、海外に行ってから3か月以内など、それぞれのカード発行会社の規定によってサポートが受けられます。

ひとつの例ですが、仮にジェット機をチャーターして移送するということになれば、1,000万円単位の金額が必要になります。治療費や移送費など諸費用をすべて含めて補償金額の上限が定められている場合は、移送費用だけを別立てにしておくという方法もあります。つまり、クレジットカードに自動的に付帯するものとは別に、ご自分で海外旅行保険に加入し、金額の上限を無制限にするということです。

保険料は少し高くなりますが、多くの場合は数千円程度の違いで済みます。クレジットカードに付帯する保険は手間もかからず便利ですが、補償金額の範囲内でチャーター便の移送費用がカバーできない場合、通常の定期運行便で移送するということになります。金額の上限は、発展途上国で病気やケガをしたときに近くの先進国まで行って治療を受けることができるかどうかというところに関わってきます。そう考えれば、やはり補償金額は無制限のものに入るほうが安心です。

先進国であれば、クレジットカードに付帯する補償の範囲で十分事足りるのですが、渡航先によってはそれで十分であるとはいえません。たとえば、病院がどこにもないような地域に行くときに保険に入らないというのはあまりにも無謀です。

たとえばハングライダーやダイビングなど、危険を伴うアクティビティによる事故やケガは海外旅行保険ではカバーされないため、個別の保険に加入する必要があります。旅行先ではリスクのある遊びはしないに越したことはありませんが、もしご自分の責任で楽しむのであれば、それぞれ必要な保険に別途加入するべきです。

先進国の中でも特にアメリカなどは医療費が非常に高額です。たとえば、ICU(集中治療室)に1日入っただけで100万円前後を請求されることもあるため、海外旅行保険には必ず入っておく必要があります。しかも、クレジットカードがないとデポジット(預り金)を支払わなくてはなりません。アメリカではホテルなどでも同じことがいえますが、クレジットカードがあればデポジットを支払う必要がない場合が多いため、クレジットカードは必需品です。

日本では抗生物質は医師の処方がなければ入手できません。ですから、海外へ行く前に病院(トラベルクリニック)を受診して、抗生物質や下痢止めなどの薬をもらってから行くのもひとつの方法です。その際、どのような状況になったときにどの薬を服用するかといった指示を受けておくとよいでしょう。

ただし、このようなケースは基本的には保険外診療です。実際には病気になっていないので、ワクチンマラリアの予防薬と同様に保険診療外の扱いとなります。トラベルクリニックでは、これから海外に行く方たちに対して、滞在中どんなときにどの薬を使えばいいかという指導も含めて処方をすることができます。

しかしその一方で、トラベルクリニックでこうした相談や受診ができるということは、まだあまり知られていません。日本渡航医学会の活動も、その前身である「海外渡航者の健康を考える会」の当時から継続してきた結果、ようやく少しずつ知られてきたというところです。

JAMSNET東京でも、オリンピックなどの機会をとらえて、厚生労働省など関係機関と協力して情報を発信していくことによって、我々の取り組みを少しずつ知っていただくことを目指しています。トラベルクリニックの存在が知られるようになれば、海外で病気になって倒れる人も少なくなっていくのではないかと期待しています。

ひと口に海外渡航者といっても求めるものはひとりひとり異なりますので、行き先が決まっている場合には専門のトラベルクリニックなどに行って相談をしていただきたいと考えています。

海外で感染症などにかかって日本に戻ってきたときには、海外で流行している病気に関して知識がある医療機関を受診する必要があります。代表的なところとしては国立国際医療研究センターの国際感染症センター、東京医科大学の渡航者医療センターなどがあります。

経験や知識のある医師でない場合、病気を見落とす可能性があります。たとえばマラリアの中でも「熱帯熱マラリア」は重症化すると死に至ることが知られています。現地でマラリアの薬をもらっていた間はいったんよくなったように見えても、帰国してからマラリア原虫が体内で増えて亡くなってしまうということもありえます。

医師にマラリアの診療経験があればすぐに検査をすることもできるかもしれませんが、もともとマラリアの検査ができない病院ではどうしようもありません。また、熱帯熱マラリアはたとえ重症化しても、透析の設備と抗マラリア薬があれば助かりますが、治療をしなければ救うことはできません。

そうならないためには、やはり専門の医療機関を受診すべきであろうと考えます。渡航医学会のホームページではトラベルクリニックのリストを掲載していますので、参考にしていただくとよいでしょう。

海外に行くからには、どんな場所でもそれぞれにリスクが伴います。それは先進国でも例外ではありません。たとえばアメリカに行けば、HIV感染のリスクは日本とは大きく異なりますし、病気以外にもテロリズムの脅威や銃による犯罪に遭遇するリスクは比べものになりません。

私も仕事でイラクに行く前には、爆弾や銃への対応について訓練を受けました。よく映画などで強盗が入ってくるとみんな一斉に地面に伏せたりするシーンがありますが、立っていれば銃弾が当たりやすいので、それが正しい対応であるということがわかります。日本で地震の備えをするのと同じように、海外ではテロへの対応を知っておく必要があるのです。

病気のことも事前に考えておけば対応しやすいという点では同じです。渡航先で蚊が媒介する病気が流行しているということを知っていれば、蚊に刺されないように対策をしますが、知らないまま行ったり、軽く考えていたりすると最悪の場合、熱帯熱マラリアで死ぬこともあります。

特に発展途上国の場合には、現代の日本の感覚で行くのは危険です。日本でも昔は蚊が多くて、日本脳炎などのリスクも今よりもずっと高かったのです。今は蚊が少なくなりましたが、それは皆さんが気をつけて蚊が発生しないように対策をしてきたからです。それぞれの渡航先のことをよく調べて、事前に準備をしておくことが大切です。

 

  • 特定非営利活動法人JAMSNET東京 理事長、ふかやクリニック 院長

    古閑 比斗志 先生

    外務省入省後、在モンゴル日本国大使館・在ホンデュラス大・在上海日本国総領事館・外務本省専門官・外務省診療所・在アフガニスタン大・在マイアミ総医務官として勤務。2008年より厚生労働省横浜検疫所検疫衛生課長・関西空港検疫所企画調整官・東京検疫所に勤務。感染症のみならず、NBC(核・生物・化学)やBCP(事業継続計画)にも造詣が深い。

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