インタビュー

末期がん患者さんの在宅緩和ケア-病院ではなく“家”で最期を迎えるために

末期がん患者さんの在宅緩和ケア-病院ではなく“家”で最期を迎えるために
川越 厚 先生

医療法人社団パリアン 理事長、クリニック川越 院長

川越 厚 先生

この記事の最終更新は2016年11月18日です。

末期がん患者さんの身体的苦痛や心理的苦痛を取り除く「緩和ケア」は、日本でも急速に広がりをみせています。しかし、ご自宅で残された時間を過ごすための「在宅緩和ケア」は、一般に定着しているとはいえません。26年間在宅での看取りを行ってきた草分け的存在であるクリニック川越院長・川越厚先生に、がん患者さんに対する在宅緩和ケアとはどのようなものかお伺いしました。

日本では既に20年以上前から、病床数抑制のための施策を講じ、在宅医療の普及に努めてきました。国を挙げて在宅医療を推し進める理由のひとつは、増大する医療費を抑えるため、もうひとつは、加速する高齢化に対応するためです。

1992年、病院や診療所以外の施設(介護老人保健施設や居宅など)でも医療行為を行えるよう医療法が改正され、日本は在宅医療の推進へと大きく舵を切りました。

2000年には介護保険制度について定めた法律である介護保険法が施行され、高齢者を対象とした制度やサービスは加速的に充実していきました。

これだけをみてもわかるように、日本では「高齢者に対する医療整備」が優先的に行われており、本記事で取り扱う「在宅緩和ケア」も上記の制度に乗じる形で発展していきました。

穏やかな時間を過ごしている病気の方

在宅緩和ケアとは、余命が限られている治癒不能の患者さんから、あらゆる痛み、苦しみを取り除き、のこされた時間を安楽に過ごしてもらうための在宅ケアのことです。

在宅緩和ケアの対象となる患者さんは、大きく非がんの高齢者の方と、末期のがんを患う方にわけられます。

在宅緩和ケアを必要とするがん患者さんと非がん患者さんには、以下3点の大きな違いがあります。

  1. 死亡時の年齢:がん患者さんが平均で70歳であるのに対し、非がん患者さんは85歳。がん患者さんのほうが平均で15歳若い。
  2. ケア期間:がん患者さんは中央値で32日、非がん患者さんは331日と、がん患者さんのほうが短い。
  3. 症状:がん患者さんは、常時緩和をせねばならない厳しい症状を抱えていることが多い。

2007年、がん予防からホスピスケアに至るまで、あらゆる段階のがん医療の基本的な方向を定めた「がん対策推進基本計画」が打ち出されました。この計画の大きな柱には、「がん医療の均てん化」があります。

がん医療の均てん化とは、地域格差を是正し、日本全国どこでも同程度の質の医療を提供できるようにするというものです。これにより、いまだ発展途上であった在宅ケアの対象に、がんの患者さんが入ってくることとなったのです。

ところが、当時の日本における「在宅ケア」は、前項で述べたように高齢者の方を対象に設計されたものでした。そのため、ごく普通の在宅緩和ケアを行う一般診療所で、末期のがん患者さんをみることは非常に難しく、病院のバックベッドがなければ、在宅緩和ケアは不可能であるという声も上がるようになりました。これでは、病床数削減を目指し推し進めてきたはずの在宅ケアが、病院のベッドがなければできないものとなってしまいます。

国はバックベッドがあることを前提とした診療所を育てようとしているのか、はたまた、大半のことは病院を頼らず在宅で行える、高い専門性をもった診療所を育てようとしているのか、それが問われることとなったのです。

このような事態の解決策として、今年2016年の4月、厚生労働省より新たに「在宅緩和ケア充実診療所」という施設基準が設けられました。

在宅緩和ケア充実診療所は、様々な施設基準を満たしてはじめて届け出ることができます。その中でも最も大きなものは、「過去1年間に在宅での看取り実績を20件以上有すること」というものです。

在宅緩和ケア充実診療所に求められる要件は非常に高いものばかりですが、これらを満たしている診療所ができることにより、質・量ともに充実したケアを提供することが可能になります。

在宅緩和ケア充実診療所は、今春できたばかりの施設基準ですので、その正式な施設数はまだ明らかになっていません。

しかし、要件を満たすような専門性の高い診療所は年々増えており、概算すると全国に既に300か所以上できています。

クリニック川越では、年間に約140件の看取りを行っています。仮に同様の規模の施設が10か所できたとしたら、単純計算で1,400件の看取りが可能になり、100か所できれば14,000件の看取りが可能になります。

わが国におけるがん死亡数は、年間37万人強ですので、在宅緩和ケア充実診療所が100か所~200か所以上あれば、ある程度充実しているということができます。

しかし現時点では、地域により施設数にばらつきがあるということも事実です。今後の課題は、地域格差をどのように是正していくかということでしょう。

病棟

ここまでに、在宅における緩和ケア(ホスピスケア)の歴史と現状についてお話ししてきました。しかしながら、日本における緩和ケアは、「緩和ケア病棟」を中心として発展してきたという歴史があります。

緩和ケア病棟は、在宅緩和ケア充実診療所という制度ができた現在でも、多数の地域で病床数削減の対象外とされています。くわえて、近年では診療報酬の大幅な増額が行われ、施設数も病床数も大きく増加しています。

冒頭でも述べた通り、わが国では1992年から、医療費抑制のために病床数削減に注力しており、在宅ケアの普及に努めることは、医療経済面からみても急務といえます。

そのため、緩和ケア病棟の診療報酬アップという政策は、日本が掲げている「在宅医療の推進」と矛盾するものであり、見直すべき問題点であるといえます。

実際に当院が訪問診療を行っている墨田区を中心とした地域では、在宅緩和ケアを受けることで約1億円にものぼる医療費を削減できています。これは、当院で1年間にみた患者さん全てが、仮に同じ期間緩和ケア病棟に入院したとすると、プラスで合計約1億円の医療費がかかるという意味です。日本の医療制度が転換期を迎える今、増大する医療費の抑制のために何ができるか、再検討をするべきでしょう。

病院に頼ることのない在宅緩和ケアの実現のためには、我々診療所が、“一度ケアを始めたら最期までしっかりと症状緩和をし、死亡診断書まで自らの手で書く”という、強い想いと技術、チーム体制を持っていなければなりません。

たとえば、夜中に一度でも電話が繋がらなかったら、患者さんは診療所から離れ、入院してしまいます。

また、患者さんが苦しんでいる様子をみたら、ご家族も病院に行かねばと不安に思われるでしょう。

ですから、医療者には、症状緩和を確実に行うための専門的な技術と知識が求められます。特に肺がんの患者さんの呼吸苦などは、救急車を呼ぶ必要がある苦しい症状ですので、適切に薬剤を使い、症状が出ないよう注意せねばなりません。

頭頸部がんや血液のがんなど、難しい疾患の患者さんであっても、当院は拒むことなく全て対応しています。独居や老々介護のご家庭など、ご家族のサポートが得られない患者さんについても同様です。

「この病気(または、この患者さん)は、在宅でみるのは難しい」といった考えを持っていては、在宅医療の普及、病床数の削減には繋げられません。真に在宅緩和ケアを普及させようと考えるのであれば、どのような患者さんでも受け止めるという体制が必要です。

このような在宅緩和ケアを実現するために必要なものは、医師や看護師を中心とした「チーム力」であると考えます。

クリニック川越では、常勤の医師3名で年間140件の看取りを行っていますが、これは看護師がしっかりと機能しているからこそできることです。今後の在宅ケアの鍵を握るのは、このような訪問看護師ではないかと考えます。

訪問看護師

病院において、医療行為は医師が看護師などに指示を出すトップダウンの形で行われているため、チームの統制もおのずととれ、組織はスムーズに回ります。

しかし、在宅ケアの現場では、看護師が医師の指示を逐一受けねば動けないトップダウン型のチーム医療は効率的とはいえません。

この数年で様々な法の整備が行われ、看護師の裁量権は大きく広がりました。しかし、これは病院内での医療行為に目を向けたものです。国を挙げて在宅医療の推進に取り組む今、在宅ケアならではの問題を見つめなおし、訪問看護師の裁量権拡大について再度検討する必要があると考えます。

  • 医療法人社団パリアン 理事長、クリニック川越 院長

    川越 厚 先生

    在宅ホスピス緩和ケアのパイオニアのひとり。約27年間がん患者の在宅ケアに携わり、これまで在宅で看取った患者は2000人を超える。2000年には自らのクリニックを開業すると共に、主にがん患者の在宅ケアを支援するグループ「パリアン」を設立。訪問看護、居宅介護支援、訪問介護、ボランティアン等のサービスをチームケアとして提供している。

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