インタビュー

地域包括ケアとは② 4つの階層に対するそれぞれのアプローチ

地域包括ケアとは② 4つの階層に対するそれぞれのアプローチ
田中 滋 さん

慶應義塾大学大学院経営管理研究科 名誉教授

田中 滋 さん

この記事の最終更新は2016年12月24日です。

地域包括ケアシステムの中では、要介護度の高い高齢者を対象とした医療介護専門職によるケアに目が向けられがちです。しかし要介護度の低い方たちや、今はまだ介護や支援を必要としない方たちへのアプローチはそれ以上に重要であると考えられています。地域包括ケア研究会の座長であり、慶應義塾大学大学院経営管理研究科名誉教授の田中滋先生にお話をうかがいました。

特別養護老人ホーム

地域包括ケアシステムをより分析的にみていくと4つの「階層」に分けることができます。その中でもやはり一番コアとなるところは、中重度の要介護者に対するシームレスな医療介護サービスの連携・総合確保であるといえるでしょう。

プロフェッショナル同士による医療介護連携は、記事1「地域包括ケアシステムとは① 高齢者ケアだけではなく児童や障がい者のケアなどを含む「街づくり概念」への進化」で説明したように「自助・互助・共助・公助」の中でいえば「共助」がメインになる分野です。とはいえ、中には貧困問題も抱えていたり、家族の中で複数の障害を持っていたり、といったケースもしばしば見られるため、そこには「公助」の手も必要となります。さらにいえば、先に述べたように生活支援などの面で「互助」も関わっている場合がありえます。

たとえば、様子を見に行ったヘルパーがその日の利用者の健康状態をチェックし、訪問看護師に連絡するなどは、医療者にとっては比較的わかりやすい地域包括ケアの例と考えられます。地域包括ケアシステムのプラットフォームの上で、医師、看護師、歯科医師、薬剤師、各種リハビリ職、栄養士、歯科衛生士、そして介護福祉士をはじめとする介護職、ケアマネジャーなど多数の主体が連携をとりつつ関わり、利用者のQOL(Quality of life:生活の質)を維持し、場合によってはエンド・オブ・ライフケアを提供する機能を指します。

この第1層の対象者、すなわち要介護4ないし5で看取りが近い方たちの数はそう多くはありません。しかもそういう方たちは、病院や特別養護老人ホームに入院・入所されているケースも珍しくないので、居宅における利用者数は限られています。とはいえ、この部分こそが医療職のかかわる地域包括ケアシステムのコアと言えます。特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホームや特定施設、そしてサービス付き高齢者住宅を含む場所での在宅看取りも増やさなくてはなりません。

街にでていきいき過ごす高齢者

第2層は中軽度要介護者の悪化予防、つまり要介護1~3の方の悪化予防を目的としています。悪化予防策のメインは生活リハビリテーションですから、この部分については医師がそれほど関わる必要はなく、ご本人が生活リハビリテーションを行う意欲が中心になります。そのためには介護職がPT(理学療法士)やOT(作業療法士)などのリハビリテーション専門職から習って、日常生活の中での機能訓練を自然にできるようにする必要があります。

ここで実際に介護職が行う生活リハビリは、理学療法などの専門的な機能訓練とはやや異なります。たとえば日常生活の中で、車いすを使わず、どこかに棚があればそれを支えに使いながらでも自力でトイレに行く動作によって歩行能力を高める、あるいは座りやすく立ちやすい高さと設計の椅子を用意して自分の力で食卓につくといった工夫です。利用者と同じ空間にいる時間が長い介護職が、そばで見守りながら生活リハを無理なく自然に行われるよう促せば、生活をしながら悪化を予防できるとの事例が各地から報告されています。

それ以上に悪化予防のために重要な要素は、要介護1や2の方たちが家に閉じこもってしまわないように街に出て行く仕掛けづくりです。たとえばコミュニティ・カフェやお寺で行われる健康に役立つ法話、健康麻雀ができるクラブやホットヨガなど、さまざまなものが考えられますが、そういった仕組みを地域で作っていく姿勢が重要です。

この第2層では要介護者が悪化するひとつの理由として、炊事が億劫になるために栄養不足になるなどの事態が珍しくありません。よって、買い物支援をどうするかを含む、食生活からの地域活動も大きな柱となります。

ペタンク

最近、フレイル(Frailty:虚弱)と呼ばれる状態にある虚弱高齢者防止のための取り組みが広まりつつあります。第3層はこのフレイル予防が中心です。フレイル予防活動はプロフェッショナルでなければできない事柄ではありません。そのためのプログラムは専門家が作り、フレイル予防活動の実践は市民を対象に市民のボランティアなどが担う形態でよいでしょう。

いわゆる「団塊の世代」の多くはまだ元気ですが、一部にはフレイルに近い方たちもおられます。この方たちがいずれ坂を転げ落ちるように要介護状態になっていく事態を防止したい。

高齢者が要介護になる理由の3大原因は認知症、脳血管系の疾患、そしてフレイル(虚弱)やロコモティブ・シンドローム(運動器障害)の系統と言われています。認知症のケアは地域包括ケアシステムにとって最重要な一部ですが、認知症を早くから予防する確実な方策はまだ見つかっていません。また、くも膜下出血などを5年前から防ぐ手立ても難しい。しかし、フレイルについては早めの予防が可能です。

これまで述べた第1層や第2層と比べ、集団としてもっとも大きいのはこの第3層です。要介護・要支援ではないけれど、そろそろ立ち上がったり階段を上ったりする動きが辛くになってきた人は珍しくないでしょう。この方たちがフレイルにならないような予防は地域包括ケアシステムの前向きの目的であり、それを果たす中心は地域の力なのです。

千葉大学予防医学センター教授・日本福祉大学客員教授の近藤克則先生が行った調査によれば、転びやすい街と転びにくい街があるそうです。それは坂道が多いなどの外的な理由ではなく、経済学の言葉でいう「社会資本」の違いによると考えられると伺いました。つまり、フィットネスクラブやスイミングクラブであれ、囲碁クラブであれ、公園散歩であれ、個々人が持っている社会資本、平たく言えば付き合いの広さやヘルスリテラシーによって転ぶ人の発生率が違ってくるとの調査です。「転ぶ」とは、まさにフレイルの象徴的な表れです。女性の場合はそれに栄養不足や骨粗しょう症によって、転んだ時に骨が折れやすいという問題が加わります。

これを予防していく力は地域の工夫であり、商店街の協力なども重要です。川崎市ではコンビニエンス・ストア企業も市全体の地域包括ケアシステム推進会議体に加わっています。地域によってはお寺の協力も有効です。お寺には本来、地域を支える機能が備わっているはずだからです。そういった多彩な地域資源を使っていく展開も地域包括ケアシステム構築方法なのです。

4番目の層は認知症です。認知症の予防は医学の領域に委ねざるを得ない部分が大きいにしても、問題行動を防ぐケアの在り方は進化を重ねてきました。たとえば夜間のせん妄(意識障害が起こり、頭が混乱した状態)などは、昼間の寝すぎや水分不足と関係があるとの理解を元に、介護職が訓練を受けてそういったケアをきちんとしていくと問題行動を減らせたとの報告も一般的になりました。

もちろん、認知症者を地域で見守る仕組みづくりも同時に行っていく必要がありますが、現状ではその取り組みに関しても地域差が大きいので、自治体や関係者の努力も欠かせません。

街並み

このようにいくつかの層でそれぞれ地域包括ケアシステムが作られつつあります。医療職にとってもっとも近い第1層は非常に大切ですが、その部分の進展に関してはさほど心配はないと考えています。団塊の世代の現在の年齢からすると、もっとも重要な課題は第3層のところでお話ししたフレイル予防です。

これは別の言い方をすれば健康寿命を長くして不健康期間を短くすると捉えてもよいかもしれません。現在、健康寿命と平均寿命の差は女性で12年、男性は9年と言われていますが、これが半減すればある時点での要介護者数を減らせる計算になります。実際はそう単純ではないでしょうが、そのためにはもっと前の段階で社会参加、人とのつながりを促す必要があります。

地域包括ケアシステムは、児童・障がい者・高齢者などケアを受ける側だけではなく、実はそこに加わることによってフレイル予防を果たす社会参加の視点も持っています。

第1層から第4層までのさまざまな広がりを介護職がすべてカバーする方策は不可能です。介護職の仕事は医療職と同様、プロフェッショナルにしかできないところに特化していくべきでしょう。その上でプロ性が薄いところは住民活動による互助の力で補っていく、あるいは自助の力をさらに高めていく努力によって社会の活力を保つ副次的成果もまた地域包括ケアシステムが果たせる機能なのです。

その意味において、地域包括ケアシステムの真の目的は「街づくり」にあるといえるでしょう。人口の少ない自治体でも地域包括ケアシステムがきちんと機能しているところでは、商工会議所や地元の小中学校などをうまく巻き込んでいます。その結果として安心して子育てができる街になっていく面も指摘できます。

何よりも前期高齢者を虚弱化させない「フレイル予防」が重要な鍵となります。そして要介護状態になったとしても、そのとたんに地域との関係が切れないような仕組みをつくり、その方たちの悪化をできるかぎり防ぐ体制を築きましょう。