「乳がん」とは、1つの病気ではありません。増殖性などの特徴や薬の有効性などは、性質により異なるため、単にがんの大きさや転移の有無で決まる“病期(ステージ)”のみで分類することはできません。つまり、“ステージ1ならば安心、ステージ3だと危険”というわけではないのです。本記事では、乳がんの種類(タイプ)と、それぞれの特徴に応じた治療法について、東京医科大学病院乳腺科主任教授の石川孝先生にご解説いただきました。
乳がんを知るには、まず乳房の構造を知る必要があります。成人女性の乳房は、乳腺と脂肪などから成り立っており、乳がんは乳腺の乳管と小葉から発生します。
“乳管”とは乳汁を乳頭へと運ぶ組織、“小葉”とは乳汁を作る組織です。
乳がんの約90%は、乳管に生じる“乳管がん”であり、小葉から発生する“小葉がん”はそう多くはありません。
ただし、イラストを見てもお分かりいただけるように、小葉はぶどうの房のごとく密集しているため、小葉がんの病変の範囲を正確に診断することも、乳管がんに比べると難しく、また、複数の小葉にがんが多発していることもあり、結果として切除範囲が広くなることもあります。
もちろん、乳がん手術の基本は部分切除であり、小葉がんと診断されたとしても必ず全切除術になるわけではありません。しかし、がんの種類により手術の方法(術式)が変わることもあるため、“乳管と小葉のどちらから生じたか”という病理結果は大切なのです。
治療選択のためには、乳がんを“非浸潤がん”と“浸潤がん”にわけて考える必要もあります。
非浸潤がんとは、乳管もしくは小葉にとどまっているがんであり、手術のみにより治すことができます。非浸潤がんは“しこり”を触れないことが多くあります。
一方、浸潤がんとは、がんが乳管外へと広がった(浸潤した)ものです。浸潤した時点で転移を考えなければならないため、全身治療(薬物療法)が必要になります。
上記の異なる視点による分類を組み合わせ、以下のようなパターンで乳がんを捉えると、理解が進みやすくなります。
ただし、乳がんの治療選択は、このような分類だけを見て決めるものではありません。次項では、最も重要ともいえる“乳がんの性質”について解説します。
乳がんは女性特有ともいえるがんであり、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)に依存して発症するケースが約7割にものぼります。
閉経前の女性の場合、生理前になると胸が張る方も多いでしょう。この現象は、女性ホルモンのはたらきにより乳腺組織に変化が生じることで起こります。乳がんにおいても、これとまったく同じ現象が起こっていると考えると、“女性ホルモンに依存している”という言葉の意味がお分かりいただけるかと思います。
乳がん患者さんの中には、ホルモンの受け皿であるホルモン受容体がある方(陽性)とない方(陰性)がいらっしゃます。なお、本記事では、ホルモン受容体陽性の乳がんを、“ホルモン依存性乳がん”とも表現しています。
乳がんの性質を決めるもうひとつの重要な要素は、“HER2受容体があるかないか”です。HER2とは上皮細胞の成長因子の受容体のことを指し、HER2が発現していることを、“HER2陽性”といいます。
乳がんの性質は、“ホルモン受容体が陽性か陰性か”、“HER2が陽性か陰性か”をかけあわせて考えます。そのため、合計で2×2の4タイプに分類することができます。
(1) ホルモン受容体陽性・HER2陰性
乳がん全体の約60~65%を占める、もっとも多いタイプです。ホルモン依存性のあるがんであり、乳腺と同じように女性ホルモンが少なくなると腫瘍の成長(増殖)も止まります。そのため、ホルモン療法が重要な治療となります。治療後、何年も経ってから再発することもあります。進行が緩やかで比較的おとなしいという特徴を持っている反面、治療後何年も経ってから再発することもあります。
(2)ホルモン受容体陽性・HER2陽性
ホルモン依存性があり、かつHER2も発現しているがんで、乳がん全体の約5%を占めます。がん細胞は、正常な細胞に比べて活発に増殖する性質を持ちますが、このタイプの場合、増殖を引き起こしているものが2つあるため、薬剤を組み合わせて治療します。増殖のメカニズムが複雑なため、“おとなしい”とも“危険”ともいえないがんでもあります。
(3)ホルモン受容体陰性・HER2陽性(HER2タイプ)
増殖性の高い危険なタイプで、乳がん全体の約10~15%を占めます。ただし、トラスツズマブをはじめ、抗HER2薬が多数開発され、治療成績は大きく向上しています。
(4)ホルモン受容体陰性・HER2陰性(トリプルネガティブ)
2つの女性ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)がなく、さらにHER2も陰性であるため、“トリプルネガティブ”と呼ばれます。乳がん全体の約20~25%を占めます。
トリプルネガティブと分類される乳がんの中には、上記3タイプに該当しない乳がんが全て属しています。そのため、危険度の高いがんが多いものの、中には比較的おとなしいがんも含まれています。
消化器がんなど、多くのがんは5年生存率で治療成績を比較します。治療後5年以上が経過し、再発が見られない場合は、“ほとんどがんが治癒した”と考えられます。
しかし、乳がんのうちホルモン受容体陽性タイプは、5年目以降に再発することもあります。このようにホルモンに依存するがんは乳がん全体の約7割を占めるため、乳がんに関しては10年生存率で観察されます。
ホルモン非依存性のトリプルネガティブやHER2陽性の乳がんは、再発する時期が早いことが多く、術後2~3年に起こることもあります。
乳がんの“性質”を見ることが、治療に用いる薬剤を決定するために重要であることは、お分かりいただけたかと思います。ただし、これはあくまでも、浸潤がんの場合の話です。
非浸潤がんは、乳管内(もしくは小葉内)にとどまっているため、薬を用いる必要はなく、手術で病変を除去できれば治ります。
乳管外に浸潤したということは、“細胞レベルで体内にがん細胞がある”ということであり、手術でその発生源を除去するだけでは済みません。そのため、薬剤による全身治療が必要となり、“では、どの薬を用いるか”と考える際に、上記の分類が重要になるのです。
乳がんの病期(ステージ)は、腫瘍の大きさなどから次のように定義されます。
ただし、病期分類とは、がんの性質はまったく無視し、発見された時点でのがんの大きさと転移の状態で決まります。浸潤性乳がんの治療において重要なことは、腫瘍を取り除くだけでなく、転移させないために有効な治療薬を選んで体内の病変を“徹底的”に死滅させることです。
たとえば、HER2タイプやトリプルネガティブの中には、腫瘍が増大して病期が進行していたとしても、手術の前に化学療法を行うことで、体内から完全に病変を消し去ることができるものもあります。
すなわち、乳がんの治療法は病期やタイプなどにより決まるものではなく、一人ひとりのがんによって異なるものとなります。
次の記事2『浸潤性乳がんの治療――手術と抗がん剤治療、それぞれの目的』では乳がん治療の概要について解説していきますが、乳がん治療の大前提は“個別化されたオーダーメイドの治療”であるということを念頭に置いてお読みいただきたいと思います。
東京医科大学 乳腺科 主任教授
東京医科大学 乳腺科 主任教授
日本外科学会 指導医・外科専門医・外科認定医日本乳癌学会 乳腺専門医・乳腺認定医日本消化器外科学会 消化器外科指導医・消化器外科専門医・消化器外科認定医・消化器がん外科治療認定医日本乳がん検診精度管理中央機構 検診マンモグラフィ読影認定医師
東京医科大学乳腺科にて主任教授を務める。多様性に富んだ「乳がん」の治療を専門とし、患者さん一人ひとりの病状と希望を正確に把握した上で、それに適した治療を提供することを信条としている。一人でも多くの患者さんを救うべく、トリプルネガティブ乳がんのサブタイプ化などを研究テーマとし、乳がん治療を前進させるために日々尽力している。
石川 孝 先生の所属医療機関
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