乳がんの治療は手術、薬物および放射線を組み合わせる、いわゆる集学的治療が基本です。乳がんは他臓器のがんと比較して、サブタイプによって治療の選択法が大きく異なります。そのため、ステージ(病期)だけではなくサブタイプを理解して治療を考えることが大切です。
そこで本記事は乳がんのサブタイプとステージ分類、そしてそれらに基づく治療方針について解説します。
乳がんは、女性ホルモン*および上皮細胞増殖因子の2つの受容体の有無によって、4つのサブタイプに分類されます。
*女性ホルモン:女性ホルモンはホルモン受容体と結合することでホルモンとしての作用を発揮することができ、身体へ働きかけ、さまざまな役割を持ちます。
女性ホルモンには、“エストロゲン”と“プロゲステロン”があります。70%程度の乳がんはこれらのホルモン受容体があります。
ホルモン受容体陽性のがんは一般的にゆっくり進行することが多く、ホルモン療法を行い、女性ホルモンを抑制することでその増殖を抑制できます。
一方、ホルモン受容体陰性のがんは女性ホルモンの抑制では歯止めがきかず、進行が早いことが多いため注意を要します。
HER2(ハーツー)とは上皮細胞増殖因子の受容体です。HER2は細胞増殖に関わっているので、HER2が過剰に発現している乳がんでは増殖が速くなります。HER2陽性の乳がんは全体の20%程度です。
以上の2つ受容体の有無で2×2=4つのサブタイプに分類されます。
女性ホルモン受容体陽性かつHER2陰性のサブタイプで、乳がんの大半の70%程度を占めます。
このタイプの乳がんの多くはゆっくり増殖しますが、一部には増殖が速く悪性度が高い乳がんもあり、前者をルミナルA、後者をルミナルBと区別します。ルミナルAタイプでは女性ホルモンを抑制するホルモン療法が治療の中心になりますが、ルミナルBタイプでは抗がん剤が必要になることもあります。
女性ホルモン受容体陰性かつHER2陽性のサブタイプで、全体の10%程度を占めます。
増殖は速いもののHER2を発現している細胞を特異的に抑制する分子標的薬“抗HER2薬”が効果的です。トラスツズマブの開発以来、たくさんの効果的な抗HER2薬が開発されています。
ホルモン受容体もHER2も陽性のサブタイプで、全体の10%程度を占めます。
ホルモン療法と抗HER2療法のどちらにも効果が期待できます。
上記以外で、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2のどの受容体も陰性のサブタイプで、全体の10%程度を占めます。
多くの症例は増殖が速く悪性度が高い特徴がありますが、いろいろなタイプの乳がんが混ざっているため、さらにサブタイプ化するための研究が盛んに行われています。
増殖が速い反面、抗がん剤が効果的な症例が多く、最近では免疫チェックポイント阻害剤のような新しい治療薬の効果も期待されています。
その他のがんと同様に、ステージ分類とはがんの進行の程度を示し、がんの広がり、リンパ節やほかの臓器への転移などによって0〜IV期に分類され、数字が大きくなるごとに病状が進行していることを示します。
0期の乳がんは乳管内にとどまっている非浸潤がんといわれる状態であり、ごく早期のがんです。触診では分からないことが多く、ほとんどはマンモグラフィで発見され、手術だけで根治できます。
一方、IV期は乳がんが骨・肺・肝臓・脳など乳房から離れた臓器に転移がみられる状態です。この場合は手術ではなく、薬物療法によって病状の悪化を遅らせる治療を行います。
治療法を選択するために全てのがんにおいてステージ分類は重要です。
しかし、がんは比較的早期の段階から細胞のレベルでは全身に及んでいる病気であることや、さらに乳がんの場合、特にサブタイプ別の効果的な薬物が分かってきたため、サブタイプ分類の重要性が増しています。
すなわち、乳がんはステージ分類だけで治療方針を決めることはできません。ステージとサブタイプから症例ごとに治療計画を立てる、いわゆる“個別化治療”が大切です。
0〜III期までのがんであれば手術が行われることが一般的です。
0期は手術のみで完治が期待できますが、I〜III期の場合にはサブタイプを考慮して、手術の前後に抗がん剤の必要性が検討され、術後には放射線治療を組み合わせることもあります。ルミナルタイプでは術後に行うホルモン治療は非常に重要です。
手術には切除する範囲によって乳房部分切除術(乳房温存手術)と乳房全切除術があります。術前の抗がん剤治療によって部分切除が可能になることもあり、また最近は、形成外科的な技術が進歩しているため、手術の方法を選択する場合、再建術も含めて希望に応じて術式を選択することができるようになってきました。
IV期では他の臓器へ転移した状態であるため、手術ではなく薬物療法や放射線治療を中心に治療することが一般的です。
乳がんではサブタイプによって効果のある治療薬が異なり、治療方針を決定するためにはサブタイプは非常に重要です。
一般に増殖が遅いルミナルタイプでは抗がん剤の効果は限定的で、女性ホルモン受容体を標的にしたホルモン療法が重要な役割を果たします。ホルモン療法は長期にわたりますが、ルミナルタイプが乳がんの70%を占めるため、乳がんにとってもっとも重要な治療と言えます。さまざまなホルモン治療薬やその効果を増強する分子標的薬が開発されて、その治療薬の選択は症例ごとに考える必要があります。
一方、ホルモン受容体陰性のサブタイプでは、増殖が速く抗がん剤や抗HER2薬などの分子標的薬が効果的です。現在、手術後に補助的に行われていた抗がん剤を手術前に使うことが増えてきました。
効果的な薬物によって乳がんを縮小させるだけではなく、完全に消失させることができるようになり、そして完全に消失した場合には、ほとんど再発しないことが分かってきたため、ホルモン受容体陰性の症例やステージが進行している症例など、手術後に抗がん剤が必要になる場合は、あわてて手術を行うよりも、手術前に抗がん剤治療を行うことがすすめられます。
手術前に抗がん剤治療を行うことによって、乳がんを縮小させ、整容性の高い温存手術が可能になること、さらに抗がん剤の効果を確認して、その後の治療戦略を立てることができることの2つの大きな利点があるためです。
それぞれのステージとサブタイプによって、すすめられる治療方法は異なるため、もし乳がんと診断されてもあわてずに自分の状態を理解して治療の方法を相談しましょう。
適した治療法は一人ひとり違います。サブタイプとステージだけではなく、乳がんができた乳房内の場所や広がり方、さらに年齢や家族歴、最近では遺伝子検査なども考慮することもあります。
最終的に治療は患者の希望を最優先に決定するため、治療について不安なことや気になることがあった場合には、躊躇せずに担当医や看護師に相談しましょう。
東京医科大学 乳腺科 主任教授
東京医科大学 乳腺科 主任教授
日本外科学会 指導医・外科専門医・外科認定医日本乳癌学会 乳腺専門医・乳腺認定医日本消化器外科学会 消化器外科指導医・消化器外科専門医・消化器外科認定医・消化器がん外科治療認定医日本乳がん検診精度管理中央機構 検診マンモグラフィ読影認定医師
東京医科大学乳腺科にて主任教授を務める。多様性に富んだ「乳がん」の治療を専門とし、患者さん一人ひとりの病状と希望を正確に把握した上で、それに適した治療を提供することを信条としている。一人でも多くの患者さんを救うべく、トリプルネガティブ乳がんのサブタイプ化などを研究テーマとし、乳がん治療を前進させるために日々尽力している。
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