転移性脳腫瘍とは、肺がんや乳がんなど、体のどこかにできたがんが脳に転移したものを指します。転移性脳腫瘍では、転移が生じた部位によって、手足の麻痺やけいれんなどさまざまな症状が現れます。
転移性脳腫瘍の治療の選択肢には、主に脳外科手術、放射線治療、薬物治療があります。その中でも、放射線治療のひとつであるガンマナイフ治療とは、どのような治療法なのでしょうか。また、近年新たに登場したマスクシステムを導入したガンマナイフ治療には、どのような特徴があるのでしょうか。
今回は、NTT東日本関東病院 ガンマナイフセンター長である赤羽 敦也先生に、転移性脳腫瘍に対するガンマナイフ治療の特徴についてお話しいただきました。
転移性脳腫瘍とは、体のどこかにできたがんが脳に転移したものを指します。特に、肺がんから脳に転移する頻度がもっとも高く、次に乳がんから転移する頻度が高いことがわかっています。
転移性脳腫瘍では、転移が生じた部位によって、さまざまな症状が現れます。脳は、部位ごとに何らかの機能を司っています。たとえば、運動機能を司っている部位にがんが転移して運動機能に障害が起こると、手足の麻痺が現れることがあります。言葉を司る部位に障害が起こると、話す、読む、書く、聞いて理解する、などの言葉にかかわる機能のいずれか、または全てに障害が起こる失語症が現れることがあります。
ほかにも、けいれん発作や、注意力や記憶力などに支障をきたす高次脳機能障害が起こることもあるといわれています。
転移性脳腫瘍が生じると、脳全体が大きくなり、脳にかかる圧力が高くなります。その結果、脳の一部がつぶれてしまったり、水頭症*になったりすることがあります。
転移性脳腫瘍は、脳全体の機能の停止につながり、重症化すると命にかかわる可能性があるといわれています。
*水頭症:脳の表面を循環する液体(脳脊髄液)が溜まり過ぎた結果、さまざまな症状が現れる病態
水頭症について詳しくはこちら
手足の麻痺やけいれん発作などの症状が現れれば、転移性脳腫瘍の発見につながります。たとえば、脳幹部に脳腫瘍が生じた場合には、早期から症状が強く現れることが多いため、発見しやすいといえます。また、脳の中でも運動野と呼ばれる部位に腫瘍が生じると、手足の麻痺などわかりやすい症状が現れるため比較的発見しやすいといわれています。
一方、前頭葉の一部などに腫瘍が生じた場合には、「なんとなくぼんやりする」などの症状しか現れないこともあり、症状から転移性脳腫瘍を発見することが難しいケースも少なくありません。このようなケースでは、高齢であれば認知症と間違われるケースもあります。
症状が現れる前に早期で転移性脳腫瘍を発見するために、肺がんなど脳転移の頻度が高いがんの患者さんに対しては、脳への転移が生じていないか確認する検査を行うことがあります。
脳に転移する頻度がもっとも高い肺がんの例についてお話しすると、肺がんの治療を担当する医師が、定期的に脳への転移がないか、頭部CT・MRI検査を行うケースがあります。腫瘍が小さいうちに発見できれば、早期に治療を行うことができるからです。
ただし、画像検査による被曝や費用の面で課題も残っています。そのため、現状では、肺がんなど脳転移の可能性の高いがんにおいて、医師が必要と判断した場合にのみスクリーニング*が行われている現状があります。
*スクリーニング:検査によって対象疾患の発症が疑われる、あるいは発症が予測される対象者を選別すること
転移性脳腫瘍の主な治療の選択肢には、放射線治療と脳外科手術があります。また、近年では、脳腫瘍に効果が見込まれる分子標的薬*が登場しており、患者さんの状態によっては薬物治療が選択されることもあります。
なお、放射線治療には、脳全体に照射する全脳照射と、腫瘍に対して集中的に照射を行う定位照射があります。
*分子標的薬:特定の分子をターゲットとして治療する薬
転移性脳腫瘍の治療法は、腫瘍の大きさや腫瘍の数、腫瘍ができている場所、患者さんの年齢や全身状態などを考慮し、決定されます。また、肺がんなど原発巣*となっているがんの状態も確認しながら治療法を選択していきます。
たとえば、腫瘍が大きいために放射線治療による効果が見込めない場合、患者さんの状態が安定していれば脳外科手術によって腫瘍の摘出を行うことがあります。一方、原発巣が進行しているために生命予後が厳しい状態であれば、リスクの高い脳外科手術ではなく、放射線治療を選択するケースもあるでしょう。
*原発巣:最初に腫瘍が発生した病変
ガンマナイフ治療とは、定位照射を行う装置である「ガンマナイフ」を用いた治療を指します。ガンマナイフ治療では、約200本の放射線(ガンマ線)を、コンピューター制御のもとで病変に集中して照射します。病変に対して集中的に照射するため、強力な放射線を与えることができ、高い治療効果が期待できます。
また、ガンマナイフは優れた線量分布*をもっています。そのため、腫瘍への強力な照射が可能である一方、腫瘍周辺の正常組織に対しては、放射線量を低く抑えることが可能です。このように、ガンマナイフ治療は、治療効果が高く、正常組織への影響が少ない治療法だといえます。
*線量分布:照射する場所によって放射線の量を変化させること
ガンマナイフ治療は、開頭する必要がないため、患者さんへの負担を大幅に軽減できます。そのため、高齢者や合併症を持つ方など、体力的に開頭手術を受けることが難しい患者さんへの治療も可能になりました。また、脳の深部など、外科手術による腫瘍の摘出が難しいケースにも、対応できるようになりました。
従来のガンマナイフ治療では、正確に腫瘍に照射するためにフレームと呼ばれる金属製の器具で頭部をしっかりと固定する必要がありました。
フレーム固定では、局所麻酔が必要であったり、フレームを装着したり外したりする際に痛みを生じることがあるなど、患者さんにとって負担となることもあります。これらの負担のために、繰り返し照射を行う分割照射が難しいケースもありました。
近年では、前の項で述べたようなフレーム固定の必要のないガンマナイフ治療が登場しています。新たに登場したガンマナイフ治療では、患者さんの頭部に合わせた枕とマスクを使用します。
このマスクシステムを用いたガンマナイフ治療では、フレームの装着が不要であるため、分割照射が可能になりました。具体的には、これまでのガンマナイフ機器と同様、優れた線量分布はそのままに、5〜10回程度の分割照射も可能です。
当院では、腫瘍径が2㎝を超える場合、マスクシステムを用いたガンマナイフ治療によって分割照射を行うことが多いです。また、脳腫瘍が再発した患者さんに対しても、患者さんへの負担を軽減するため、マスクシステムを導入したガンマナイフによって治療を行うケースが多いです。
マスクシステムを用いたガンマナイフ治療では、従来のガンマナイフ治療のようなフレーム固定の代わりに、頭の動きを感知できるよう、治療中は赤外線のモニターで常に頭の位置を監視します。頭部が1〜1.5㎜動いただけでも放射線照射が止まるよう設定されており、頭部が固定されているときだけ照射されますので、正確な照射が可能になっています。
当院でガンマナイフ治療を受けていただくためには、基本的にまず電話でご予約のうえ、外来の受診をお願いしています。診療の結果、ガンマナイフ治療の適応と判断されましたら、治療内容について詳しくご説明させていただきます。病巣の大きさや拡がりなどによっては、治療対象とならない場合もあります。
治療の適応が決定次第、入院日程を決定していきます。転移性脳腫瘍などの悪性腫瘍の場合には、できるだけ早く、治療方針の決定から1〜2週間以内に治療をスタートできるよう努めています。良性腫瘍の場合には、患者さんの状態に合わせて日程を決定します。
フレーム固定で行う従来のガンマナイフ治療は、原則的に2泊3日の入院で行います。1日目にMRI検査によって病巣の状態を確認し、2日目にフレームをつけた状態でCTスキャンやMRIで病巣の正確な位置を確定し、ガンマナイフ治療を行います。3日目の午前中には退院です。
マスクシステムを導入したガンマナイフ治療では、1日目に患者さんに合わせた枕とマスクを作成します。2日目から治療回数に合わせて治療を行い、治療が終わり次第退院できます。たとえば、5回照射が必要であれば、5日間にわたって治療を行っていきます。
ガンマナイフ治療は、メスを入れないために出血もほとんどなく、麻酔も原則として局所麻酔のみで頭髪を剃る必要もありません。治療後には通常通りの日常生活を送ることができます。
転移性脳腫瘍をもつ患者さんは、肺がんや乳がんなど原発巣となるがんを抱えています。がんがあることに加えて脳への転移が分かれば、患者さんには大きな精神的負担がかかるでしょう。
近年は、お話ししたようなガンマナイフ治療を始め、効果が期待できる治療法も登場しています。昔と比べると、治療によってQOL(生活の質)を維持できる方も増えています。
「この先どうなっていくのだろう」と遠い将来のことばかり考えてしまうと、不安に押しつぶされてしまうかもしれません。まずは、目の前の治療一つひとつに取り組んでいくことが、結果的に、QOLの維持や生存につながると私は信じています。
転移性脳腫瘍の治療は、日々進歩しています。希望を失わずに治療に取り組んでほしいと思っています。
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