乳がんは毎年9万人が罹患する,女性が罹りやすいがん第1位の病気です。最近は乳がんに罹患した有名人の報道も多く、この病気に対する関心が高まっています。実際に乳がんはどのような症状がみられ、どのように治療していくべきでしょうか。本記事では東京医科大学 乳腺科学分野准教授 山田公人先生に、乳がんの手術療法を中心に解説していただきました。
乳がんを発症すると一般的には次のような症状が現れます。
乳がんで圧倒的に多い症状は胸のしこりです。胸のしこりは、「検診による発見」よりも「患者さんが普段のチェックによって自分で発見する」ほうが多いといわれています。普段から自分で触って確かめる方であれば、腫瘍が1cm前後の大きさになった時点で違和感を持ち、受診されることが多いようです。一方、セルフチェックしていない方や、違和感に抱きつつも普段の生活に忙殺される方だと、腫瘍が大きくなってしまってから受診されるケースがしばしばみられます。
胸のしこり以外には、
といった症状もみられます。これらの症状は、がんが乳房の皮膚の近くにまで達することで発現します。がん細胞が皮膚のリンパ管の中に詰まると、しこりはないものの乳房表面の皮膚がオレンジの皮のように赤くなり、痛みや熱を持つようになります。これは「炎症性乳がん」と呼ばれ、がんが全身に転移しやすい病態です。症状が現れた場合にはなるべく早期に医療機関に相談してください。
乳がんはリンパ節に転移しやすい特徴があります。特にわきの下(腋窩リンパ節)、胸骨のそば(内胸リンパ節)、鎖骨の上下(鎖骨上リンパ節、鎖骨下リンパ節)には転移しやすいとされています。がんが転移することでこれらのリンパ節が腫れてくると、リンパ液の流れがせき止められて腕がむくんだり、腕に向かう神経が圧迫され、腕のしびれを引き起こすことがあります。
「胸の痛み」が理由で受診される患者さんも非常に多いのですが、多くの乳がんは痛みを伴いません。もちろん乳がんでも痛みが現れるケースがあるので、念のため医療機関を受診することは大切ですが、多くの場合は乳がんでなく、ストレスや不安が原因となって発症する乳腺痛です。乳腺はホルモンの影響を受けやすい臓器なので、ちょっとした不安やストレスにより症状が現れます。
がんが転移した臓器によって、症状はそれぞれ異なります。臓器によっては症状が全く現れないこともあります。一方、腰・背中・肩などの痛みが持続する場合には骨転移が疑われます。骨転移し、荷重がかかる部位に腫瘍ができた場合、骨折を起こすリスクもあります。
がんが肺に転移した場合は咳が出る、息が苦しくなるといった症状が現れることがあります。また、肝臓に転移した場合は比較的症状が出にくいですが、進行するとお腹の張り、食欲の低下、痛み、黄疸といった症状が現れます。
乳がんの治療は外科療法(手術)や放射線療法といった「局所療法」と薬物療法(抗がん剤・ホルモン剤・分子標的薬)といった「全身療法」の2つに大別されます。
標準的な乳がんの治療では局所療法と全身療法を組み合わせながら、患者さんの状態に応じて適切な治療を選択します。
手術療法には全摘出手術と部分切除(温存手術)の2つの方法があります。
全摘出か部分切除かの選択は、乳房を残したいかどうか、術後にどのような治療法を望んでいるかといった「患者さんの希望」に沿いながら決定します。
部分切除を選択すれば、ご自身の乳房を温存することができます。しかし、残った乳房には手術後に放射線治療を行っていく必要があります。放射線治療には1カ月半ほどの通院が必要です。そのため通院困難な高齢者、乳房再建を希望する場合には全摘出手術を選択するほうがよいケースがあります。
また、手術前に化学療法やホルモン療法を行い、しこりを小さくしてから、乳房温存手術を行う方法もあります。ただし患者さんの状態によっては乳房を温存することで再発の危険を伴うこともあるので、状態に応じて慎重に判断すべきでしょう。
乳がんの手術後、乳房再建を希望される場合には、全摘出手術が選択されます。乳房再建を施した患者さんに放射線治療を行うと、皮膚が壊死するなどのリスクがあるためです。乳房再建を希望する場合、どんなに小さながんでも全摘出が必要です。また、膠原病の患者さんのうち、強皮症や全身性紅斑性狼瘡(SLE)を合併している方には放射線療法が推奨されないため、全摘出手術の選択が望ましいです。たとえ本人に乳房を残したいという希望があり、ステージ0という状態でも、乳がんのひろがり具合によっては全摘出手術を行わなければいけないケースもあります。
患者さんがどのような状態にあるのかを正確に診断し、どのような治療を希望しているのかしっかり受けとめ、そして最善かつ可能性のある方法を考えていく、という流れで治療を組み立てていきます。
100年以上もの間、乳がんの手術といえば「全摘出」が一般的でした。しかし、現在では「部分切除」が一般的になりました。これは乳がんの研究が進み、大規模な臨床試験の結果で、全摘出と部分切除のどちらでも生存率は変わらないと報告されたためです。このような背景から、乳房をなるべく残す方針が選択されるようになりました。また、薬物治療・放射線療法が進歩したことも、温存治療が選ばれるようになった要因の一つです。
近年、がんに対する治療法は大きく進歩し、医療の進歩によって乳がんの手術療法も大きく変わっています。また、本記事でご紹介したように、乳がんの手術は患者さんの状態や希望に合わせ、医師とよく相談の上進めていくことが重要です。主治医とよく相談し、よりよい治療を選択していきましょう。
【参考書籍】
東京医科大学 乳腺科学分野
東京医科大学 乳腺科学分野
日本外科学会 外科専門医・指導医日本乳癌学会 指導医・乳腺専門医日本レーザー医学会 レーザー専門医・指導医日本臨床細胞学会 細胞診専門医日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡指導医・気管支鏡専門医日本気管食道科学会 気管食道科専門医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本癌治療学会 会員日本臨床腫瘍学会 会員日本医師会 認定産業医日本緩和医療学会 会員日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 責任医師日本臨床外科学会 会員
米国ケースウエスタン大学を経て、東京医科大学病院呼吸器外科に入局。その後、同大学の乳腺科にて乳腺疾患全般、乳がん治療副作用対策、乳腺痛に対する治療法の開発について研究を進め、同局の准教授に就任。レーザー治療技術を活かし、乳房痛の治療などで成果を上げている。診療では、患者さんが乳腺に関して気軽に相談できる環境作りを重視している。
山田 公人 先生の所属医療機関
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