乳がんは、日本の女性がかかるがんでもっとも頻度が高く、罹患数は91,605人にのぼります(2017年データ)。近年、乳がん診療の分野は、サブタイプと呼ばれるがん細胞の特徴による分類や新たな薬の研究が積極的に行われ、目覚ましい進歩を遂げています。
乳がんに対する治療である手術、薬物療法、放射線治療の詳細について、国立国際医療研究センター病院 乳腺内分泌外科 科長の北川 大先生にお話を伺いました。
乳がんの手術には、乳房の一部を切除する“乳房部分切除術(乳房温存手術)”と、乳房を全て切除する“乳房全切除術”があります。
乳房部分切除術でポイントとなるのは、がん病巣とその周辺を切除したときにある程度形が綺麗に整うか、という点です。乳房部分切除術では、残った乳房での再発を防ぐために、通常は術後に放射線治療を行います。そのため、放射線治療を実施できない病気をお持ちの方、あるいは、遺伝に関する乳がんの発症をきたした方については推奨していません。一方、乳房全切除術は、がんが広範囲に広がっている場合や、多発性(複数のしこりが離れた場所に発生している)の場合に行われます。また、医学的には部分切除でもよいけれど、残した乳房に再び乳がんが発症することが心配で全切除を選択するというケースもあります。適応に制限はありません。
遠隔転移の割合・総死亡率については、術後に放射線治療を行った乳房部分切除術と、乳房全切除術では差がないといわれています。手術の前には、患者さんにそれぞれのメリット・デメリットをご理解いただいたうえで方法を検討することが重要と捉えています。
リンパ節にがんの転移があると分かった場合には、状況に応じて、手術の際にリンパ節郭清(リンパ節を切除する手術)を行うことがあります。リンパ節への転移が分かるタイミングとしては、触診や画像診断の結果から転移を疑って細胞診を行う場合や、あるいは手術中のセンチネルリンパ節生検*です。
*センチネルリンパ節生検:センチネルリンパ節(乳房内からがん細胞が最初にたどりつくリンパ節)の一部を採取して調べること。
術後には、一般的な手術の合併症である出血や感染症などが起こりうる可能性があります。しかしながら、実際にこのような合併症が起こるケースは多くありません。
乳がんの手術に特有の合併症として、リンパ節郭清を行った場合、術後に“リンパ浮腫”が起こることがあります。リンパ浮腫とは皮膚の下にリンパ液がたまり、むくむことです。がんの治療を行った側の腕などに起こることがあります。リンパ浮腫が起こった場合には、スキンケアや医療的なマッサージ、圧迫療法などを行います。
乳房再建とは、乳がんの手術で乳房を切除した後、新たに乳房をつくることです。乳房再建で用いる素材には、自家組織(お腹や太ももなど自分の体から採取した組織)と人工乳房(シリコン)があります。基本的には、乳房全切除術を選択した場合に適応となります。
自家組織と人工乳房それぞれに特徴やメリット・デメリットがあるため、患者さんの背景やお気持ちなどを考慮して十分に話し合ったうえで選択することが重要です。
自家組織を使う場合には、お腹や太もも、背中、お尻など、脂肪が多く傷が目立ちにくい場所から組織を採り、乳房に移植します。以前よりも乳房再建の技術は発達し、現在は、お腹の皮膚と脂肪を血管付きで採取し、顕微鏡を見ながら血管同士をつなぎ合わせる“マイクロサージャリー”という方法が行われています。お腹の組織を使う場合、傷の大きさはお腹の側面から反対側の側面までで、できるだけ下着に隠れるような場所にします。採取する自家組織の場所にもよりますが、基本的に大がかりな手術のため、6〜8時間、あるいは10時間におよぶなど、長時間かかる場合が多いです。
シリコンを使う場合には、まずエキスパンダー(皮膚を伸ばすための袋)を胸の筋肉の下に挿入し、シリコンを入れるための空洞を確保します。そこから一定期間、1か月ごとにエキスパンダーに生理食塩水を注入していき、最後にシリコンに入れ替えます。あるいは、エキスパンダーを使わずに1回でシリコンを挿入する方法もあります。シリコンを用いた場合、エキスパンダーの挿入、シリコンへの入れ替えそれぞれにかかる時間は1時間ほどです。乳がんの手術と同時に行った場合、全体の所要時間は3時間~3時間半ほどです。
自家組織を使う場合、胸以外の部分に傷ができたり、術後の創部にむくみが生じて乳房の大きさに左右差が出たりします。そのため術後間もない頃には整容面でシリコンに劣ることもありますが、時間の経過とともに自家組織がなじみ、見た目も改善されていきます。一方、シリコンは術後すぐの段階であれば整容面では優れていますが、人工物であるがゆえ乳房組織になじみにくく、時間の経過とともに周辺の組織が痩せ、シリコンの形が目立ってしまう可能性があります。
将来的に、反対側の乳房に乳がんが再発する可能性は0ではありません。そのため、自家組織を使うときには再び自家組織が必要になる可能性を考慮しつつ、再建手術を計画します。また、出産の可能性や予定のある患者さんの場合、お腹から組織を移植する方法では出産時に問題を生じる可能性があるため、太ももの内側など問題になりにくい場所を選ぶことが重要です。近い将来出産を希望される場合には、まずはシリコンでの再建を行い、出産を終えた後、患者さんと相談したうえで自家組織での乳房再建を行うこともあります。
乳がんに対する薬物療法には、ホルモン療法(内分泌療法)、細胞障害性抗がん剤(いわゆる“抗がん剤”と呼ばれる薬)、分子標的薬があります。
薬物療法は、主に以下の目的で行われます。
このうち、再発のリスクを下げる、あるいは、手術前にがんを小さくする目的で行われる薬物療法については、使える薬の種類と組み合わせがおおよそ決まっています。一方、延命や症状の緩和を目的に行われる薬物療法では、薬の選択肢が広く、自由度が高いです。
こちらのページでもご説明しましたが、乳がんの薬物療法はがん細胞の特徴による“サブタイプ”に応じて行われています。乳がん全体の70%ほどはエストロゲン(女性ホルモン)に関連する乳がんといわれており、このタイプの乳がんに対してはエストロゲンのはたらきを抑制するホルモン療法が効果的です。また、全体の15〜25%ほどは、がん細胞の表面にHER2タンパクが出現するタイプであることが分かっており、このタイプに対しては、抗HER2療法が非常に有効です。そして、これら2つのタイプに当てはまらないものを“トリプルネガティブ乳がん”と呼び、現時点ではサブタイプ専用の有効な薬剤がないため、細胞障害性抗がん剤による治療を行います。
さらに現在では、がん診療の分野で“免疫チェックポイント阻害薬”という薬物療法が登場し、細胞障害性抗がん剤と共に投与するなど、新たな薬物療法の形が模索されています。
これまでは、がんを治すために複数の薬を組み合わせて行う治療により、高い治療効果が得られるのではないかという“足し算”的な考え方が主流でした。しかし、徐々に治療の副作用、生活の質などが解決するべき課題となり、現在は、本当に必要な薬だけを使う治療へと考え方がシフトしています。しかしながら、必要最低限かつ効果的な薬を開発するのは簡単ではないため、世界で精力的に研究・開発が進められている状況です。
放射線治療とは、がんに高エネルギーのX線を照射し、がん細胞を死滅・縮小させる治療法です。乳がんの治療においては、体の外から放射線を当てる“外照射”という方法を採用しており、乳房部分切除術の術後などに行います。
基本的には、平日5日×5週間(計25回)の照射を行います。しかし、この照射方法では患者さんが1か月ほど病院に通う必要があり、お仕事をされている方などの場合に負担が大きくなってしまうという課題がありました。そこで、照射回数を減らして放射線治療を行う方法が新たに採用され始めています。
放射線治療による副作用として、照射部分の皮膚が日焼けのようになる“皮膚炎”があり、かゆみや色素沈着、むくみなどが起こることがあります。また、まれではありますが放射線の影響による肺炎が起こる可能性があります。いずれも、医学的に大きな問題になることは少ない副作用です。
乳がんの患者さんのほとんどは女性であり、かつ日本では40歳代から50歳代の患者さんも多くいらっしゃいます。そのため、私たちが対応する乳がんの患者さんは、お仕事をされていたり、妻や母親という役割を担っていたりします。私は、そのような方々がいかに日常生活を保ちながら治療を受けられるか、という点を重視して診療にあたっています。また、高齢の患者さんの場合には乳がん以外にも糖尿病や高血圧などの併存疾患を抱えていることがありますので、一人ひとりの状態や背景をきちんと理解して治療を提供できるよう心がけています。
国立国際医療研究センター病院 乳腺内分泌外科 医長・診療科長
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