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インタビュー

乳がん患者さんの生活を支えるために―聖路加国際病院ブレストセンターにおけるがんサバイバーシップの取り組み

乳がん患者さんの生活を支えるために―聖路加国際病院ブレストセンターにおけるがんサバイバーシップの取り組み
山内 英子 先生

国立がん研究センター 理事

山内 英子 先生

目次
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    乳がんに対する医療は進歩を重ね、患者さんががん治療を終えてからの生活時間も延びてきています。聖路加国際病院ブレストセンター長の山内英子先生は、今後の医療機関は乳がんに限らず「がんを治して終わり」ではなく、様々な方向性から患者さんの生活を考える必要があるとおっしゃいます。そのために聖路加国際病院が行っているのが「サバイバーシップ」という取り組みです。サバイバーシップでは何を行っているのでしょうか。記事1『乳がんの治療は患者さん一人ひとりに最適な方法が選択される―術前検査から手術、化学療法、ホルモン療法まで』に引き続き、山内英子先生にお伺いしました。

    最近まで、がんは不治の病とされていました。しかし現在は医療技術と研究が進み、患者さんにはがんが治ってから残される時間(治療後の生活の時間)が長くなっています。がん治療は「がんを治す」段階から次のステップに入ったといえるでしょう。そのために必要となるのが「がんサバイバーシップ」です。サバイバーシップではがん治療を受ける患者さんや、治療を終えた患者さんの生活をあらゆる点から支援するための様々な取り組みを行っています。

    では、がんサバイバーシップでは具体的にどのようなことをするのでしょうか。具体的な例をモデルに、サバイバーシップで行っている取り組みについて説明していきます。

    たとえば、乳がんと診断された38歳のAさんという女性がいるとします。

    <Aさんの場合(38歳 女性)>

    ・疾患名:乳がん

    ・既往歴:なし

    ・家族歴:あり(母親が乳がんで亡くなっている)

    ・家族構成:3人(夫、長女、本人)

    ※Aさんはもう一人子どもが欲しく、妊娠・出産を希望している

    ・職業:非正規労働(派遣社員)

    この方一人に対して、どのようなサバイバーシップが考えられるでしょうか。実際には、以下のような支援が考えられます。

    Aさんが「もう一人子どもが欲しい」と思っていた場合、「妊孕性(にんようせい)の温存」という課題が生じます。 

    妊孕性とは、女性が妊娠・出産できる能力のことを指します。乳がん治療で薬物療法を行った場合、薬が卵巣機能に影響を及ぼすことが知られていますが、38歳という若年の乳がん患者さんにとって、妊孕性が低下してしまうのは大きな問題です。

    聖路加国際病院ではサバイバーシップの一環としてリプロダクション外来を行っており、女性総合診療部(産婦人科)と連携のもと、卵巣機能を温存するためのカウンセリングや、希望に応じて受精卵の凍結などの妊孕性温存治療を行っています。

    素材提供:PIXTA

    素材提供:PIXTA

    両親や親せきなど、家族内に乳がんであった方がいた場合、遺伝カウンセリングの受診を推奨しています。

    対象となるのは以下の方です。

    乳がん全体の5~10%は遺伝性乳がんといわれます。同家系中に乳がんを発症した方が多くいらっしゃる場合、遺伝子変異ががんの発症に関与している可能性が高まります。

    遺伝性乳がんの可能性がある方に対しては、遺伝性乳がんというリスクに応じた予防・治療方針をとることが重要になります。遺伝子検査を行うことも可能です。

    Aさんには一人子どもがいるため、「子どもにがんのことをどのように伝えるか」という問題が生じます。

    子どもにとって、自分の母親が病気と闘うのは非常に大きな出来事であり、子どもの心も不安になります。なかには、「母親が病気になったのは自分のせいだ」と感じてしまう子どももいます。患者さんにとっても、我が子にどのようにして病気の説明をすべきか、手術の傷跡を見せるべきかなど悩みは尽きません。

    聖路加国際病院では、患者さんはもちろん、その子どもが安心して生活を送れるよう、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)という専門家が、患者さんご自身への支援と子どもへの支援の両方を行っています。

    ※チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)

    アメリカのChild Life Councilという学会が認定した専門資格。病院や病気でストレスに曝された子どもの発達やストレスへの対処法について知識を持ち、子どもの成長や発達、家族間の良好な関係を最善に保つべく活動を行う。

    Aさんが治療を受けながら仕事の継続を希望している場合や治療後の復職を望む場合、治療と仕事の両立をどのようにしていくかが課題となります。そのため、医療機関では患者さんが仕事を続けるためのサポートを行うことも必要です。

    聖路加国際病院では、がん患者さんのためのグループ療法である「就労リング」を開催しています。ここでは、社会保険労務士やソーシャルワーカーと一緒にグループ学習や話し合い、個々の経験の共有を行い、それらを通じて、患者さん一人一人がご自身に適切な対処や仕事とのバランスを見出していくことを目指した治療法の一つです。

    *コラム

    このように、医療現場で就労支援を行うのは非常に重要なことだと考えています。女性が社会に進出し、雇用年齢の長期化がみられる現在、がん患者さんの3人に1人は就労可能年齢であることが知られているためです。

    がん患者の退職による年間の労働損失、特に乳がん患者退職による経済損失は莫大です。もしもがんにかかった方が全員仕事を辞めた場合、最大1兆8000億円の損失が出るという報告がされています。かなりの損失ですが、特に乳がんの方は多いことが分かっており、そのためにも就労支援活動が重要だといえます。

    その他にも様々なサバイバーシップが取り組まれており、聖路加国際病院では以下のような活動も行っています。

    ●ビューティーリング

    抗がん剤によるがん治療ではその副作用により、肌や爪が脆くなったり髪の毛が抜けたりなど、見た目の変化がどうしても生じます。これらの変化で悩んでいる女性のため、美容の専門家が髪の毛や眉毛に対するケア、メイクやウィッグのアレンジ法などを教えています。

    ●シェイプアップリング

    乳がん患者さんがホルモン治療などにより術後肥満になると、がんの再発リスクが上昇することが明らかになっています。がん再発を予防するためにも、乳がん患者さんは適切なカロリー摂取と適度な運動を意識して、肥満を予防することが重要になります。聖路加国際病院のシェイプアップリングでは、同じような環境の仲間と一緒に運動を行い、栄養指導を受けることができます。

    このように、様々な角度からサバイバーシップを考えていくことがこれからさらに求められてくるでしょう。

    聖路加国際病院は、数ある医療機関のなかでもサバイバーシップに積極的だといわれています。

    元来、医療現場ではそもそもそういった考え方がありませんでした。治療自体が終わったら、そのあとのことは考えず患者さんを帰していたのです。

    しかし、治療後の生き方が考えられるほど現在は医療が進歩しており、医療機関が患者さんのがん治療後の生活を一緒に考える時代です。私は、この部分が非常に大事だと考えます。

    現在ではがんをたたくための様々な新薬が登場しだしています。がん治療の新薬は確かにがんに効果がみられるかもしれませんが、医療費の負担も大きく、患者さんへの副作用も複雑です。これらの問題を考慮すると、実際に患者さんが新薬の服薬を継続することは不可能に近いのです。このように考えると、新薬の服用は、本当の意味での治療効果が落ちているといえます。

    繰り返しになりますが、このような現実があるからこそ、副作用や治療中の就労、経済的な問題に対するサポートが重要になるのです。サバイバーシップは、本当の意味での治療効果をあげられる取り組みということができます。サバイバーシップは一歩進んだがん治療ともいえるでしょう。

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