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医師に聞いた乳がんの最新トピックス ~遺伝性乳がんに対する予防的治療や今後の乳がん治療の展望~

医師に聞いた乳がんの最新トピックス ~遺伝性乳がんに対する予防的治療や今後の乳がん治療の展望~
中村 清吾 先生

昭和大学 臨床ゲノム研究所 所長、昭和大学病院 ブレストセンター長(乳腺外科特任教授)・がんゲ...

中村 清吾 先生

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乳がんとは、乳房に生じるがんのことをいいます。日本の女性がかかるがんの中でもっとも多いがんで、2019年に新たに乳がんと診断された人は97,812人(男性670人、女性97,142人)です。

乳がんの治療成績は年々向上していますが、進行すると周囲のリンパ節や肺・骨・脳・肝臓などに転移を起こす場合もあります。そのため、近年では早期発見・治療のためにさまざまな取り組みがされています。

今回は乳がん治療の最新トピックスや遺伝性乳がんに対する検査・対策などについて、昭和大学病院ブレストセンター長 中村 清吾(なかむら せいご)先生にお話を伺いました。

※本記事は2024年4月時点の医師個人の知見に基づくものです。

乳がんは乳房に生じるがんのことで、日本の女性がかかるがんの中でもっとも多いがんです。

主な原因には女性ホルモン“エストロゲン”の関与や肥満、飲酒、喫煙などの生活習慣が挙げられるほか、乳がんの患者さんのうち5~10%は遺伝性であるといわれており、遺伝的な要因で乳がんにかかりやすい方もいます。

また、代表的な症状には乳房にしこりを感じる、皮膚に変化がみられる、乳房付近のリンパ節に転移すると(わき)などのリンパ節に腫れが生じる、などがあります。

なお、乳がんは2019年のデータでは9人に1人がかかるとされる一方で、早期に発見・治療を行えば比較的治りやすいがんと考えられています。早期発見のため、厚生労働省では乳がん発症のピークとされる40歳以上の女性に対し、2年に一度の乳がん検診の受診を推奨しています。

また、乳がんは自分で触って異常を確かめることができるがんです。そのため、月に一度(月経がある方は、月経の4~7日後)自分の乳房周辺を触り、胸や腋にしこりを感じたり、乳房の皮膚に異変がみられたりするなど、気になる症状があればそのままにせず、乳腺外科の受診を検討しましょう。

乳がん予防について現在特に注目されているのは、2020年4月より保険適用となった遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC:Hereditary Breast and Ovarian Cancer)に対する予防的対側乳房切除や予防的卵管卵巣摘出です。

まず、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)についてお話します。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは、“BRCA1”“BRCA2”と呼ばれる原因遺伝子に変異を持っており、女性であれば乳がん卵巣がん、男性の場合には前立腺がんなどにかかりやすい体質のことをいいます。前述のとおり、乳がんを発症する方の5~10%は遺伝性といわれており、そのうちの約半数は遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)によるものと考えられています。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の女性は、片方の胸に乳がんが発生するともう片方にも発生したり、卵巣がんにかかったりする可能性があります。また、卵巣がんが発生した後に乳がんにかかる可能性もあります。

そこで、すでに乳がん・卵巣がんを発症しており遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と診断された方に対し、まだがんにかかっていない乳房や卵管・卵巣を予防的に切除・摘出することが保険診療で認められるようになりました。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の検査が行われる対象

乳がんを発症しても、全ての方に遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の疑いがあるわけではありません。患者さんの希望があれば主に以下の条件を満たす方を対象に保険適用で遺伝子検査が行われます。また、条件に当てはまらない方であっても、希望があれば自費診療で遺伝子検査を受けることができます。

<遺伝子検査を行う主な基準>

  • 45歳以下で乳がんと診断されている
  • 2回以上乳がんと診断されている
  • 60歳以下でトリプルネガティブ乳がん*と診断されている
  • 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断されている
  • 血縁関係のある方に乳がん・卵巣がんの患者がいる
  • 血縁関係のある方にBRCA1・BRCA2遺伝子に変異がある
  • 本人や血縁関係のある方が男性乳がんと診断されている

など

*トリプルネガティブ乳がん:ホルモン療法や分子標的薬が効かない乳がんのタイプ。

ただし、遺伝子検査を行うことはご自身が遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)であるかどうかが明らかになる一方で、血縁者への影響を明らかにさせる側面もあります。そのため、検査を受けるかどうかはご家族や担当医とよく相談することが大切です。

予防的対側乳房切除・卵管卵巣摘出の対象者とは

現在、予防的対側乳房切除や予防的卵管卵巣摘出が保険適用となる対象者は、以下の条件を満たす方に限られています。

<予防的対側乳房切除・卵管卵巣摘出が保険適用となる対象者>

  • すでに乳がん、あるいは卵巣がんと診断されている方
  • 遺伝子検査を受け、BRCA1・BRCA2遺伝子に異変が認められた方

前述のとおり、予防的対側乳房切除や予防的卵管卵巣摘出に保険が適用されるのは、残念ながらすでに乳がんや卵巣がんを発症している方のみです。

そのため現段階では、BRCA1・BRCA2遺伝子に異変が認められているものの、今のところ乳がんや卵巣がんを発症していない方に対しては、保険診療で予防的な切除や摘出を行うことはできません。もしこのような方が予防的な治療を希望する場合には、全額自費診療となってしまうのが現状です。

今後は遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)でありながら今のところがんを発症していない方に対しても、保険診療で検診や予防的治療が行えるように取り組んでいきたいと考えています。

乳がん治療は2000年以降飛躍的な進歩を遂げ、治療の選択肢が広がってきました。

たとえば、2014年にシリコンインプラントを用いた乳房再建手術が保険適用となり、乳がんで手術を受けた患者さんの術後の生活の質を向上させることに役立っています。一時はシリコンインプラントによる未分化型大細胞リンパ腫(BIA-ALCL:Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma)の発生が報告され、リスクが懸念されましたが、現在ではこのリスクが少ないインプラントを使用するようになってきています。

また、薬物療法でも分子標的薬をはじめとする治療薬の種類が増加し、現在もさまざまな治験が行われています。今後は前述した遺伝性乳がんに特異的に効く治療薬なども登場する可能性もあります。

さらに放射線治療では、重粒子線治療などの新しい治療方法が行われています。これらはまだ実施できる施設が限られており一般的な治療とはいえませんが、いずれは手術をしなくても乳がんが治せる時代が来るかもしれません。

このように乳がんに対する治療の選択肢が広がってきたことにより、私たちは患者さん一人ひとりの病気の状態を見極めて、どのような治療を、どのような組み合わせで、どのような順序で行うかということを考えていくようになっています。 今後さらに治療が進歩していくことを期待しています。

乳がんに関する啓発活動に加え、2000年以降乳がん治療の選択肢が大きく広がってきたことなどから、近年はたとえ根治の難しい患者さんであっても病気と上手に付き合いながら生活していくことができるようになってきました。

たとえば、再発した乳がんの患者さんでも、治療を継続しながら自分が望む生活を送る方が増えてきています。そのため、私たち医師も患者さんの希望に合わせて、一緒に治療方法を考えていく意識で治療に臨んでいます。 

今後の課題としては、前述のまだ発症していない遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の方に対する対応や、患者さんご自身への病気の啓発・サポートが挙げられます。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の方に対する対応は、前述の予防的治療の保険適用からも分かるように徐々に進歩しています。しかし、諸外国ではすでに未発症の遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)に対して検診が行われている国もあることから、日本でも最終的には未発症の方も保険診療下でカバーできるようにしたいと考えています。

また、患者さんへの啓発・サポートという観点では、治療の選択肢が増えてきたからこそ、ご自身が治療の効果や意味を理解して選択することが必要になってきたと感じています。

これだけ治療が幅広くなると、全ての治療を試すことはできません。そのため、今提案している治療にはどのような効果や意味があるのかを患者さんにきちんと説明し、理解していただくことが大切だと思っています。

また、一般的にがん治療はたとえ保険診療で行ったとしても高額になりやすく、治療を続けていけば経済面・就労面での悩みが生じることもあります。治療費や就労面で困ったときに適切なサポートが受けられる環境づくりも大切だと感じます。

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  • 昭和大学 臨床ゲノム研究所 所長、昭和大学病院 ブレストセンター長(乳腺外科特任教授)・がんゲノム医療センター長兼務

    中村 清吾 先生

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