公立病院の赤字問題や若手病棟勤務医の疲弊など、現在の医療現場には、持続的な病院運営を阻む様々な問題が存在しています。また、一部のクリニックでは、「患者さんの話をしっかりときかず、とりあえず検査を行う」「薬を必要以上に処方している」といった医療行為も行われています。
このように、質の高い医療を提供しているとはいえない診療所ほど報酬が高くなってしまう仕組みもあると、みいクリニック院長の宮田俊男先生はおっしゃいます。元厚生労働省医系技官として法改正、予算編成などにも携わり、医療の根本を改善すべく立場を変えながら力を注ぎ続ける宮田先生に、これからの病院と医師、行政が取り組んでいくべき課題についてお話しいただきました。
医師の仕事のなかには、人工知能などのテクノロジーが賄っていけるものと、人間の手でしかできないものがあります。記事1『地域包括ケアを担う医師に求められる「臨床力」-技術革新に伴う医師の在り方の変化』では、今後求められる医師像のひとつとして、地域包括ケアの中心的存在となる「かかりつけ医」を挙げました。
本項では、今後も必要とされ続けるであろう病院勤務医像についてお話します。
将来、多くの手術にはロボット技術が導入され、またやがては各専門医の絶対数は、欧米のように絞られていくでしょう。
しかし、どれほど技術革新が進んでも、複雑に入り組んだ臓器などを扱う一部の高難度の手術は、人間の手と目と経験を使わねばなりません。そのため、高い技術と豊富な経験を有する職人的な医師は、その分野のスペシャリストとして今後も求められ続けると考えます。
また、病院経営を専門的に学んだ、経営のノウハウを有する医師は、今以上に求められることになると考えられます。
欧米では病院経営も企業経営と同様、システマチックに行われていますが、日本では基礎研究を中心に行ってきて臨床医としての経験が十分になかったり、病院の診療科を管理したことがない教授が病院長に就くことも多々あります。
診療報酬財源が厳しいことに加えて、病院経営が悪いために、多くの病院が赤字経営に追い込まれ、若手や中堅職員が根付かず、人材不足にあえいでいるものと考えます。
病院経営とは、ある意味では会社経営よりも難しいといえる側面を持っています。
病院におけるcustomerとは、命に関わる疾患を抱えている患者さんやご家族であり、寸分のミスやトラブルも許されません。その一方で、病院はその地域の医師会、製薬会社、医療機器メーカー、卸、保険者、行政など、様々なステークホルダーにも囲まれています。
ですから、たとえばメーカーのように、よい製品を作ればそれだけ売上を得られる企業の経営とは質が異なるというわけです。
アメリカにはMHA(Master of Hospital Administration)と呼ばれる、病院経営学を学んだ医師が取得できる学位があります。今後は日本でも、病院経営のスペシャリストを育成していく仕組みづくりが必要となると考えます。
これからの急性期病院は、専門医の持つスペシャリティを活かしつつ、患者さんの容態の変化をリアルタイムでみられるよう、新たな医療IoT機器を活用していくことが望ましいと考えます。
私の専門は心臓外科であり、現在も毎週土曜日には大阪大学関連の循環器専門の桜橋渡辺病院で外来診療を続けています。しかし、事件は外来では起こるわけではありません。
予約外来日前に不整脈が起きて緊急入院され、後日患者さんが入院した事実を知ることもあります。このようなとき、現在の医療システムにもっとテクノロジーの力を導入できないものかとよく考えます。
IoTの活用により、患者さんのバイタルサインなどをリアルタイムで把握することが可能になれば、重篤な病気を発症する前に医師が察知できるようになるかもしれませんし、患者さんご本人のQOL向上にも繋がるのではないかと期待しています。
病気の発症を未然に防ぐための対策は、病院勤務医だけの問題でなく、地域の在宅医やかかりつけ医にもできることです。ここで最重要となるのは「介護と医療の連携」です。
日ごろ最も患者さんをみる機会が多い訪問介護員と、より密に連絡を取り合えば、患者さんの変化に対する早期対応も可能になるでしょう。
また、ケアマネージャーとの連携を強化していけば、医療の手を必要としている方への早期介入も可能になると考えます。
国をあげた病床数削減計画が進み、それを補填するための在宅診療の提供量の不足が憂慮されるなか、医師だけでは賄えない部分を多職種連携により補っていく姿勢が求められます。
前項で在宅医療を担う医師の不足について言及しました。現在、病床数の削減目標は明示されているものの、在宅医療を担う医師の必要数は明らかになっておらず、増えるニーズに対応できるだけの開業医がはたして存在するのか、私は疑問視しています。
というのも、現在の日本の開業医の多くは、「耳鼻科」や「消化器内科」など、専門ごとにクリニックを設けており、あらゆる疾患をみるプライマリ・ケアを担える医師はそう多くはないからです。
しかし、高齢の患者さんは複数の疾患を抱えていることが多く、上記のような状況では、複数の病院、クリニックに通わざるを得ません。その結果として、「ポリファーマシー問題」などが起こっているのです。
ポリファーマシーとは、各施設からそれぞれの疾患に対し、薬剤が処方され、さらに重複する薬剤も処方されているといった理由により、患者さんご本人が多過ぎて飲めない状態、または必要以上の薬剤を服用している状態を指します。ポリファーマシーは、飲み間違いや有害事象の原因になるとして、社会問題となっています。
こういった問題を解消するため、かかりつけ薬剤師制度を厚労省がスタートさせました。具体的には、お薬手帳を用いて一元化し、薬の重複をチェックすることなどが、既に進み始めています。
これからは、さらにもう一歩踏み込むことが求められます。各専門医から処方された薬剤を、総合的に優先順位をつけつつ取捨選択し、おおよそ多くても高齢者が飲める5剤前後までに処方をまとめる医師も必要になるのではないかと考えます。
ある疾患に特化し、一度に多数の患者さんを受け入れることができる大規模施設を「ハイボリュームセンター」といいます。諸外国ではハイボリュームセンター化がスムーズになされており、国民ががんなどの重篤な疾患にかかったとき、高度な治療を受けられる施設が明確にわかる体制が築かれています。
一方、日本ではいまだ「どの病院にいけば高度な治療を受けられるのかわからない」という患者さんの切実な声が後を絶ちません。
ハイボリュームセンター化が進まない要因のひとつには、日本ならではの「国民皆保険制度」が挙げられます。国民皆保険制度それ自体は維持されるべき仕組みですが、現状ではどの施設の医師が手術を行っても報酬が同程度という「弱点」があります。
この弱点を克服するためには、たとえば症例数が多く治療成績がよい施設の手術は報酬を上げるなど、国民皆保険制度のリフォームが必要です。
これにより、成績も報酬もよい施設には優秀な医療スタッフが集まるようになり、自ずとハイボリュームセンター化が進んでいくでしょう。必然的に症例数や治験の依頼も増えるため、病院経営面においてもメリットがあるものと考えます。
2016年12月に、私はかぜなどの軽症患者さんが、「病院にかかるべきか、それとも市販薬で対応できるのか」を医師と薬剤師のアドバイスのもと、ご自身で判断できるよう、仲間とともにセルフメディケーションを推進するためのベンチャー企業”Medical Compass”を立ち上げました。
WEBサービスである「セルフメディケーションコンパス」も構築している最中であり、2017年前半にはリリースできる見込みです。
使い方を簡単にご説明します。まず、セルフメディケーションコンパス上に、「今日の体温」や「症状(チェックボックス式)」、「家族歴(チェックボックス式)」などを入力していきます。
必要項目全ての入力を終えると、医師監修のもと、最も疑いの高い疾患名がパーセンテージと共に表示されます。
また、市販薬で対応できる場合には、効果が高いとされる薬剤(医師と薬剤師がコラボして提案)と、その薬剤を在庫に有する最寄りの薬局が表示されます。薬剤師が対応する必要のある市販薬の場合は、薬剤師のいる時間帯も明示されます。
薬剤の効能や副作用に関する解説項目も設けており、一般の方でも簡単に医療や薬に関する知識を身につけ、安全性を高められる構造になっています。
適切なセルフメディケーションにより、軽症患者さんの受診が減り、一方で軽症にみえても医療機関にかかるべき方を振り分けることは、結果的に医療費の適正化にも結びつくため、この取り組みにも力を注いでいきたいと考えています。
過去にアトピー性皮膚炎の患者さんが、「皮膚科専門医で処方された複数の薬の使い分けがよくわからず、症状が落ち着かない」と、当院に来られたことがあります。
大学の専門病院に紹介しても、予約をすぐにとれず、待つ時間もあまりないという状況であったため、私は信頼する皮膚科医師に早急にご指導を仰ぎ、正しい使い分けや日常生活における改善点をお伝えしました。すると、数日で症状の改善を認め、患者さんは大変喜ばれました。
一部のクリニックなどでは、多数の患者さんが受診するために診察時間が数分しか取れないこともあり、丁寧な説明が行われないこともあります。その結果、患者さん側も正しく薬を使えないため症状が落ち着かず、結果病気が慢性化し悪化することも往々にしてあります。
結果、その施設は薬の種類を変えたり、追加したり、出し続けることになるため、診療の質と反比例するように売上は上がっていきます。
逆に、質の高い医療提供を行っている施設では、患者さんの来る頻度は減るために報酬は低くなります。
多数の患者さんを回転式のように扱っている施設のほうが利益がよいという現状では、日本の医療の質はますます低下してしまいます。
このような事態に歯止めをかけるためには、私は各施設で行われている医療の質を見える化し、診療報酬を反映させる体制を作るべきであると考えます。これは厚生労働省の塩崎大臣が陣頭指揮を執る「保険医療2035」策定懇談会の議題にもなっています。私も理事を務めている日本医療政策機構が事務局となり、同僚の理事の小野崎耕平さんが事務局長を務め、東京大学の渋谷健司教授が座長としてとりまとられましたが、私自身も医療の質の見える化を実践していかねばならないと考えています。
国の政策を変えるためには、ある程度の年数をかけて蓄積されたデータベースが必要です。現在はデータを収集するための時期であり、医師は目先の報酬にとらわれることなく、「とりあえずやってみる」というマインドを維持することが大切です。そのために京都大学の福原俊一教授を代表理事とする日本臨床疫学学会が、2016年12月に新しく立ち上がりました。私も理事としてお手伝いをしています。
医師同士が集まる懇談の場などでは、報酬や勤務時間、現行の制度に対する「愚痴」が聞こえることがよくあります。しかし、10年間愚痴を言い続けていても、現状の不満は改善されないでしょう。まずはネガティブな発言を最小限に留め、10年後を変えるために仲間たちと一緒に少しでも努力を持続する期間であると考えたほうが、同じ10年間がより実りある時間となり、未来は変わるとお伝えしたいです。
みいクリニック 院長
みいクリニック 院長
日本外科学会 外科専門医日本医師会 認定産業医
早稲田大学理工学部にて人工心臓の研究開発を行い、人工心臓の治験を行いたいという夢を持ち、大阪大学医学部に編入し、医師の道を歩み始める。大阪大学医学部附属病院で心臓外科医として実際に人工心臓の医療に携わるもデバイスラグの問題に直面したことがきっかけで、厚生労働省に入省。薬事法改正や再生医療新法の立案、臨床研究予算の増額、治験の規制改革などをはじめとして日本の医療改革に幅広く従事する。その後、黒川清代表理事の日本医療政策機構に参画。現在は地域の跡継ぎがなく閉院したクリニックをみいクリニックとして地域の医療を再生し、病気を持つ患者さんにとどまらず、地域の住民と対話し、地域包括ケアシステムの中のかかりつけ医としても活動している。スマートフォンを用いた医師と薬剤師がコラボするセルフメディケーションサービスの構築など、時代のニーズに応えるべく、多角的な取り組みを行っている。
宮田 俊男 先生の所属医療機関
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