現在、公立病院の多くが赤字問題に直面しており、経営を維持するために多額の税金が投入されています。公立病院には、時に社会貢献の意味合いが強く利益をあげにくい医療を提供する必要があるなど、民間病院とは異なる役割があります。しかしながら、病院を取り巻くスタッフに共通する「赤字は当然」といった意識は改善すべきものであると、大阪府立病院機構理事長の遠山正彌先生はおっしゃいます。約130億円の赤字額を就任から約5年で2分の1に縮小させた大阪府立病院機構の取り組みについて、遠山先生にお話しいただきました。
2006年4月に設立された地方独立行政法人大阪府立病院機構は、次の5つの医療機関を運営する法人組織です。
●急性期・総合医療センター(住吉区)
●呼吸器・アレルギー医療センター(羽曳野市)
※平成29年4月1日より、はびきの医療センターに名称変更
●精神医療センター(枚方市)
●成人病センター(東成区)
※平成29年3月に中央区大手前へ移転予定、4月1日より国際がんセンターに名称変更
●母子保健総合医療センター(和泉市)
※平成29年4月1日より、母子医療センターに名称変更
私が大阪府立病院機構の理事長に就任した2012年当時、上記5病院の抱える赤字はトータルで年間約130億円にものぼっていました。
他の大都市にも、100億円を越える赤字を抱える公立病院は存在していますが、この問題を大きく取り上げる経営者はほとんどみられません。
なぜなら、医療者や病院経営者たちの間には、「公立病院の赤字経営はある程度仕方のないことである」という考え方が根付いているからです。
しかしながら、この約130億円の出どころは大阪府民の税金であり、現状維持の経営を続けようとする姿勢は、それ自体が問題であるといえます。
そこで私は、病院で働く全てのスタッフの意識を改革すべく、経営状況をオープンにし、無駄を省くための施策を開始しました。
コストカットといっても、あらゆる経費を抑制してしまっては、病院として求められる役割は果たせません。持続可能な公立病院運営の実現のためには、以下3点を守り通す必要があります。
たとえば、病院に勤務する者が「患者目線」を持たなければ、患者さんは集まらず、経営状況は向上しません。
また、大学病院などが開発した最新の医療機器を積極的に導入し、府民全体に高度な医療を提供することも、公立病院には求められています。
このように、競争に勝てる病院としての質は担保しつつ、不要な残業の禁止ややわたり(公務員の給与制度のひとつ)の廃止などを徹底した結果、2012年当時約130億あった赤字を現時点で57~58億円にまで縮小することができました。
大阪府立病院機構で働く全てのスタッフの残業代は税金です。したがって、どの部署にどの程度の残業が発生しているかを把握し、よりコンパクトな働き方へと移行するための対策を実施することは必須といえます。
大阪府立病院機構では、医師も含めた全てのスタッフの残業時間を定期的にリストアップし、それが真に必要な業務かどうかを検討しています。
とはいえ、制限するばかりの運営を行っていては、優秀な医師を集め、よりよい医療を提供することはできません。
そのため、かつては極端に低く設定されていた地域医療に従事した際の手当や初期研修医の給与の水準を上げ、大阪府立病院機構から派遣される医師や高いポテンシャルを持つ研修医が、モチベーションを維持しながら力を発揮できるような工夫も行っています。
結果、当法人が運営する急性期・総合医療センターは、毎年多くの研修医が集まる関西有数の病院に成長し、関西ろうさい病院、警察病院と並び「御三家」と称されています。
公立病院の事務局職員は通常その自治体の地方公務員であり、2年ほどで異動してしまいます。そのため、ときには責任感や医療への関心に欠けた職員が、マネジメントのポジションに立つこともあります。これでは、下で働く事務職員たちの意欲も削がれてしまいます。
こういった事態を防ぐため、大阪府立病院機構では、外部から実績を持つ人材を中途採用し、若ければ事務局長への道を開くことにしています。
また、地方公務員のうち貢献度の低い職員については、府に戻すことができる制度も作り、実際に運用しています。
5病院トータルの赤字額縮小を実現できた一因として、私が臨床の経験をもたない基礎研究者であったということが挙げられます。
一般的に、理事長などの経営ポジションには、現場での診療経験を持つ臨床医が就任します。そのため、現場の医師目線から抜け出せず、経営者として行うべき改革に踏み出せないケースもあります。
客観性を持ち、あくまで患者視点で経営改善を行えたという点において、基礎研究出身という経歴は大いに役立ったと感じています。
残る57~58億円の赤字をさらに引き下げるためには、5病院全ての運営をゼロから見直すことが重要です。
次なる目標値である30億円にまで赤字を縮小するため、実際に実行、構想している各病院の取り組みを紹介します。
現在の成人病センターは、平成29年3月に移転し、4月移行は「大阪国際がんセンター」としてスタートを切ります。これに伴い、外来の受付時に手のひらの静脈をかざすだけで手続きを済ませ、これとクレジットカードを連結させることにより支払いも自動的に済ませる静脈認証システムを導入する予定です。
多くの患者さんの入り口は外来であり、外来診療を軽視する病院経営は好ましいものとはいえません。
国際がんセンターは、静脈認証システムにより患者さんの待ち時間を削減し、スムーズに外来診療を受けられる通いやすい病院を目指します。
急性期・総合医療センターでは、全ての救急患者さんを受け入れることを信条としています。
なぜなら、病院に来る患者さんとは、重症度に関わらず、皆それぞれにご自身が大変な状況であると感じて受診されるからです。
病院側が患者さんを選ぶのではなく、常に「患者さんが自分の家族だったらどうするか」という考えに基づき対応する姿勢が、急性期・総合医療センターの強みといえます。
また、急性期・総合医療センターには、90%程度に留まっていた病床稼働率を100%近くに上げたという実績もあります。これを可能にしたのは、地域医療連携室の働きです。
通常の病院では、ベッドコントロールの権利を医師や看護師が持っていますが、この体制では医師の個人的な都合によるお断りも生じてしまいます。
急性期・総合医療センターの病床稼働率を常時100%近くへと引き上げた「医師や看護師によらないベッドコントロール」の手法は、大阪国際がんセンター、母子医療センターにも広がっています。
大阪府立病院機構が運営する5病院のなかでも、最も抜本的な改革が必要な施設は呼吸器・アレルギー医療センターです。これまで、呼吸器・アレルギー医療センターには耳鼻科やリウマチ科がなく、本来みるべき結核などの疾患にも十分に対応できていない状態でした。
この施設の生まれ変わりを図るため、平成29年4月には耳鼻科を設け、名称も「はびきの医療センター」と改めることが決まっています。
リウマチ科、消化器内科の開設も決定しており、今後は求められる役割を果たせる病院として機能できるものと確信しています。
また、呼吸器・アレルギー医療センターに特色を持たせ、病院としての競争力を上げるべく、平成28年11月には花粉症米(スギ花粉症治療米)の臨床研究も開始しました。
花粉症米とはスギ花粉の成分を含む特殊なコメのことで、継続的に食べることにより、体内の免疫機能が花粉を異物として認識しなくなるのではないかと考えられています。
呼吸器・アレルギー医療センターの臨床研究により、スギ花粉症の食事療法が確立されれば、将来的に様々な感染症の治療確立にも結びつくものと期待しています。
枚方市に位置する精神医療センターもまた、地域にどのような貢献ができるかを考え、特色ある先進的な取り組みを行っていかねばなりません。このような考えに基づき、精神医療センターは枚方市と共に、認知症の予防と早期発見のための枚方プロジェクトを開始します。
高齢者の認知症発症をいかにして防ぐかは、現在の日本全体の課題といえます。そのなかで、「目の動き」をモニターし、認知症をごく早期に鑑別するための検査機器が注目され始めています。この検査機器は、もともと子どもの自閉症の鑑別に使用されているものですが、高齢者のパーキンソン病とアルツハイマー型認知症、前頭側頭型認知症の鑑別にも応用できると考えられています。
枚方プロジェクトでは実際に参加者の視線パターンをモニターし、正常な状態か認知症になりかけの状態かを検査したいと考えています。
このほか、精神医療センターは吉本興業ともタッグを組み、笑うことが脳にどのような変化をもたらすかを検証するプログラムを4月から開始します。このプログラムも、認知症の予防を目的としています。
このように各病院の在り方を抜本的に見直し、それぞれに強みを持たせることは、患者さんを集めることのみならず、その病院で働くスタッフの自信やモチベーション向上にも繋がります。
公立病院に共通してみられる「赤字は当然」という意識を変え、これまで手をつけられないと思われていたところにこそ手を加える構造改革が、さらなる経営改善のために必要な次の一手であると考えます。
地方独立行政法人大阪府立病院機構 理事長
大阪府の5つの公立病院を運営する地方独立行政法人大阪府立病院機構にて理事長を務める。医師目線とは一線を画した患者目線での病院経営を行い、より利便性が高くきめ細やかな医療提供ができる病院づくりを目指す。また、5病院各分野の特性を活かした地域貢献と高度先進医療の推進にも努めており、生体内のがんを生体外で再現する大阪国際がんセンター独自の手法を生かし化学療法開始前に適切な抗がん剤の選定に道を開くCancer Cell Portの設立、認知症予防を目指す「枚方プロジェクト」(精神医療センター)やスギ花粉症緩和米の臨床研究(はびきの医療センター)など、特色的な取り組みを実施している。