目の酷使による乱視や視力低下に悩む方は非常に多く、将来的にも安全性の高い視力回復手術を求める声は年々増しています。一般的に広く知られる視力回復(矯正)手術には、2000年代初頭に流行したレーシック手術がありますが、合併症の報告などもあることから、近年では長期的にみてもリスクの低い眼内コンタクトレンズ(ICL)手術が注目されています。
それぞれの視力回復手術のメリット・デメリットを、山王病院アイセンター センター長の清水公也先生にお教えいただきました。
眼球には角膜と水晶体という2つのレンズがあります。一般に黒目と呼ばれる部分にある角膜は、光を目の中に取り込み、屈折させて像を網膜に結びつける1つ目のレンズとして機能しています。
人間が生まれ持つ本来の角膜は、眼光学的にみて非常に理想的な形状をしていますが、レーシック手術では角膜をエキシマレーザーで削るため、形状は理想的とはいえなくなります。
つまり、レーシック手術には近視を矯正するというメリットがある反面、光学的特性は低下してしまうというデメリットもあるのです。
白内障とは水晶体が混濁することで起こる眼疾患であり、原因の大半は加齢です。
白内障手術を受ける年齢は、個人のライフスタイルやご希望により異なるため一概にはいえませんが、平均年齢を調べたデータによると、71歳と高齢になっています。ところが、レーシック手術を受けた患者さんのみを対象とした調査では、白内障手術を受けた年齢の平均は55歳と大きく低下しています。
(参考文献 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25661126)
これは、レーシック手術を受けるような強い近視の方の場合、白内障の症状の進行が早くなることと、レーシック後の角膜は光学的特性が劣るため早い時期に見えづらくなるからです。
また、過去にレーシック手術を受けた経験のある患者さんの白内障手術は、通常の白内障手術に比べて難易度が上がります。なぜなら、角膜の形状が変化しているため、一般的な白内障手術の術式では、度数をうまく合わせられないからです。これにより、白内障手術後に、かえって遠視や近視が強くなってしまうということも起こっています。
海外では、このような現象を「refractive surprise」(refractive は「屈折する」の意)と呼んで、問題視しています。
日本でもこの問題を克服するために、度数計算法に改善を加えている病院はありますが、その数は決して多いとはいえません。
レーシック手術は、今から10年以上前の2000年代初頭に流行した近視矯正手術です。そのため、現在では術後に生じる問題点なども分かるようになり、最盛期には全国で45万~50万件実施されていた手術件数も4万件弱にまで減っています。
当院でも、以下の3つの問題点に鑑み、2008年にはレーシック手術を中止しています。
(1)ドライアイになる
全症例のうち約70%に術後後遺症としてのドライアイが見られました。ドライアイは通常女性に多い眼疾患ですが、レーシック手術後のドライアイは男女どちらにも生じています。
(2)近視が術後再び起こる(俗に言う近視戻り)
(3)見え方の質が低下する
レーシック手術を受けた方の多くは、当時30歳代の方でした。30歳代のうちは見え方には問題が生じないものの、その後、1日のうち夜間の視力が顕著に低下し、特に薄い灰色などコントラストの弱い色が見えづらくなるという症状が見られました。
高頻度で起きた問題は上記3点ですが、ほかにも次項に記す合併症などが報告されています。
(4)ハロー・グレアが起こりやすくなる
ハロー・グレアとは、夜間、明かりの周囲に光の輪ができるように滲んで見えたり、まぶしく感じたりする症状のことです。ハロー・グレアがレーシック手術の後遺症として取り上げられる理由には、次のようなレーシック手術の特徴が関係していると考えられています。
ただし、ハロー・グレアが起こる原因はレーシック手術だけに限られません。コンタクトレンズの使用やドライアイなどにより、ある程度の頻度で起こる現象です。
極めてまれな例ですが、レーシック手術のリスクの1つには、角膜をレーザーで削るために起こる角膜感染症(感染性角膜炎)があります。
レーシック手術では、エキシマレーザーを照射する前に、角膜表皮を薄く切り取り、フタの役割を果たすフラップを作ります。フラップは、手術後も角膜本来の陰圧により吸着し続けますが、完全に固着することはありません。そのため、手術をしてから10年後などに目を強くこする、ぶつけるなどした際に、衝撃で外れてしまうことがあります。
このように、強度の落ちた角膜が生涯元に戻らないという点を私は問題視しています。
私たちがレーシック手術を中止した理由には、スタートから10年が経過し、上述したさまざまな問題が明らかになってきたことのみではありません。レーシック手術を超える視力回復(矯正)手術を開発・改良し、安全性を確認できたということも大きく関係しています。
その視力回復(矯正)手術とは、「眼内コンタクトレンズ(ICL)手術」です。
眼内コンタクトレンズ手術とは、角膜に手を加えることなく、虹彩と水晶体の間に取り出すことのできるレンズ(ICL:Implantable Contact Lens)を挿入する視力回復(矯正)治療です。
私が眼内コンタクトレンズ手術を初めて行ったのは1997年のことです。
しかしながら、当時は、眼内コンタクトレンズ手術に以下の2つの問題点があったため、レーシック手術のように症例数が大きく伸びることはありませんでした。
(1)手術を2段階で行う必要があった
眼内コンタクトレンズを挿入する前に、レーザーで虹彩に小さな穴をあける必要がありました。この処置を行う理由は、当時の眼内コンタクトレンズをそのまま目の中に挿入すると、房水(眼の中を巡る液体)の循環が不十分になり、眼圧が上昇するリスクがあったからです。
(2)挿入後、全症例のうち、軽度のものを含めると約5%の頻度で白内障の進行が認められた
私は上記2つの欠点を克服すべく、2004年に眼内コンタクトレンズの中央に0.36mmの小さな穴をあけた「穴あきICL」を開発しました。
レンズ自体に穴をあけることで、虹彩を傷つけることなく、房水の循環を維持することができるというわけです。
穴あきICLを用いることで、手術は1回で済むようになりました。また、1例目の手術を行った2007年から約10年の時が経過していますが、白内障や緑内障といった合併症は1例も報告されていません。
穴あきICLは、2014年には厚生労働省より製造販売承認も受けており、現在では約70か国で承認されています。
次のページ『レーシックの次に登場した眼内コンタクトレンズ(ICL) ――手術の費用や術後の安全性』では、眼内コンタクトレンズ手術の流れとメリット、費用などについて詳しく解説します。
山王病院アイセンター センター長、国際医療福祉大学 教授
清水 公也 先生の所属医療機関
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