これまで大病を患ったことのなかった人が、ある日突然「がん」と告知を受ける。このような例は決して珍しいものではありません。戸惑いや不安に苛まれながら、専門用語を用いた医師の説明を理解することは、私たちにとって非常に難しいものです。そのため、医師による説明の時間が十分に設けられていたとしても、「説明不足」と感じてしまう患者さんの声は後を絶ちません。
病気は、誰にも変わってもらうことができない自分の持ち物です。きちんと理解できないまま治療を「おまかせ」してしまうことは、患者の本意といえないのではないでしょうか。
医師と上手に付き合い、主体的に治療参加するための5つのポイントを、認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)の理事長、山口育子さんに教えていただきました。
「主治医による説明は受けたものの、何をいっているのか理解できなかった。」
「現在の治療に疑問がある。事前の説明が不足していたのでは?」
このような患者の声は、COML(コムル)が活動をスタートした1990年から今に至るまで、そこかしこであがり続けています。医療現場でのインフォームド・コンセント(日本語では「説明と同意」と訳される)が定着したにもかかわらず、多くの患者が疑問や不安を解消できない原因には、一体何があるのでしょうか。
現在私が理事長を務めるCOMLとは、医療現場におけるコミュニケーションをよりよいものとしていくために、1990年9月に活動を開始した、患者と医療者双方のためのNPO法人です。今日までにCOMLが受けた患者からの電話相談は5万7千件を超え、各所で講演会や子ども向けのワークショップも行っています。
創始者は2011年にがんで永眠した辻本好子。発足当時の私はというと、3年生存率2割以下と医師が両親に説明した卵巣がんを患い、大阪市内の病院で1年半の間、合計300日を超えるもの長期入院生活を送っていました。
COMLの合言葉は、「賢い患者になりましょう」。
これは、患者が自分のいのちや病気を自分のものとして捉え、医療者と上手にコミュニケーションを取りながら、主体的に治療に参加していくために作られた言葉です。
まずは、この合言葉を作り、全国へ発信するに至った経緯についてお話します。
25歳というと、未来への選択肢に満ち溢れた年代と思われる方も多いかもしれません。当時の私も、臨床心理学を学ぶべく大学に再入学しようと試験勉強に励んでいました。ところが、受験を間近に控えた1990年9月、私は突然「ある告知されない病気」で手術を受けることになったのです。その後は8回ほど抗がん剤治療を受けたのですが、当時は強力な吐き気止めの薬もなかったため、1週間で体重が5キロ落ちるような過酷な治療となりました。
当時は、インフォームド・コンセントはおろか、がんの告知も一般的には行われない時代でした。
そのため、手術日を待たずに卵巣が破裂して激痛のなかで手術を受け、その後は吐き気を伴う術後治療を受けつつも、私には自分の病名が卵巣がんであり、腫瘍マーカーのCA125が900台と高値を示していたこと、3年生存率は2割以下であること、3種類の抗がん剤により副作用が生じていること、これらすべてが知らされませんでした。
私は、術後一切結果を語らない医師や看護師、家族の様子から、自分ががんであることを確信していました。しかし、「自分の体のことを知りたい」という一心で質問しようものなら、「神経質な患者」と呼ばれ、厄介者扱いされてしまう時代です。
医療者と良好なコミュニケーションを築かないと、本当に知りたい情報は閉ざされてしまいます。そのため、私は書店にあったわずかな専門書を隠れて読んで勉強し、医師や看護師とのコミュニケーションにおいては、相手が安心して質問に答えられるよう、どんな会話であっても必ず笑顔で終わらせることを心がけていたのです。
患者は「受け身でおまかせ」すべきであるという意識が世に根付いていた時代でも、病気になった張本人の心には不安や疑問が生じるものです。医療者に説明や回答を求める私の姿をみた同室の患者たちからは、自分にも実は知りたいことがあるといった声があがっていました。
とはいえ、私は当時の医療者を批判したいわけではありません。外来化学療法が存在しなかった時代、300日もの長い入院生活のなかで仲良くなった医師や看護師から悩み相談を受けることも多々ありました。そのなかで、患者と医師の関係からは人間関係を築く上で不可欠な意識が欠落していることに気づき得ました。
病気で入院している患者は、被害的に物事を捉えてしまう傾向があります。
「あのナースは性格がきつい」「乱暴だ」、このような私たちの言動により、当然ながら人間である医療者は傷つき、悩んでいます。しかしながら、私たち患者は闘病中、医療者も同じ人間であることを忘れてしまいがちです。
医療現場をよいものにしていくためには、今一度「人間対人間」としての関係に立ち返り、
コミュニケーションを見直さねばならない。このような問題意識が芽生え始めた頃、新聞で『COML発足1年』という記事を目にしたのです。
当時の市民団体の多くは学生運動の名残を引きずっていたためか、対立的な活動を行うもの少なくありませんでした。しかし、COMLが目指すものは対立ではなく「協働」、つまり患者も役割や責任を果たしながら、医療者とよい関係を築いていこうとするものでした。この構造に共感した私は、時機をみて創始者の辻本好子に手紙を書きました。自らの病気の捉え方、必要としている情報、医療に求めること。手紙に記した考えは四半世紀以上の歳月が経過した今も変わっていません。
辻本と出会って、その後に再び抗がん剤治療のために入院しました。そのとき見舞いに来てくれた辻本から「治療が一段落したらCOMLで一緒に活動しないか」と誘われ、私は「この人となら真剣に生きられる」との直感で即承諾しました。
30歳まで生きられないといわれていた私が、「賢い患者になりましょう」という言葉を胸に20年以上医療者と患者の関係性向上のために取り組んでいる背景には、上述した経験と、生かされた者には何か使命があるはずだという強い思いがあるのです。
さて、冒頭から繰り返しご紹介してきた「賢い患者」とは、どのような患者なのでしょうか。
私は、自らの経験やこれまでに受けた5ケタの件数の相談を経て、次の5項目を満たすことが重要なのではないかと考えています。
【賢い患者の5つの定義】
(1)病気の自覚
(2)受けたい医療を考える
(3)思いの言語化
(4)協働とコミュニケーション
(5)一人で悩まない
病気とは、私たちの命や人生を左右するものです。また、病気は誰にも代わってもらうことのできない、自分自身の持ち物です。
ですから、たとえ医師や看護師が専門家であっても「受け身でおまかせ」してしまうのではなく、自分が主体であるといった意識を持つことが大切です。
いのちの主人公は自分であり、自分が体の責任者であると意識すること、これが病気の自覚です。
医療は進歩を遂げ、現在では様々な疾患の治療選択肢が複数存在する時代になりました。もしも治療が1つしかないとしても、その治療を受けるか受けないかという2つの選択肢から、どちらを選ぶか考え、決断するのは自分自身です。
受けたい医療が決まったとしても、心の中で思っているだけでは相手(医療者)には伝わりません。
「私はこういう理由でこの治療を選ぶ」と思いを言語化して伝えましょう。ただし、医療者とのコミュニケーションは、日常のコミュニケーションのなかでも上級編といえる難しさがあります。医師との会話をスムーズに行うための心構えや練習法については、記事2『医師の説明を理解し、質問するために-「聞いていない」を減らしていこう』詳しくお話しします。
協働には、お互いが役割を果たし合うという意味があります。では、患者の役割にはどのようなものがあるでしょうか。
現在は一生お付き合いする慢性疾患が主流の時代です。毎日決まった時間にお薬を飲むこと、生活習慣を整えること、これらは患者にしかできない役割といえます。
自覚すること、考えること、伝えること、協働すること、これらはすべて自らが主体となって行うことです。しかし、突然病気の診断を受けた方が、心細さを感じることなく「体の責任者」として治療に積極参加していくことは困難でしょう。不安や孤独感、焦りを緩和するためにも、相談できる相手をみつけ、一人で悩みを抱え込まないことは大切です。周りに相談相手がいない方や、病気のことを周囲に話したくないという方は、ぜひCOMLの電話・メール相談も利用してみてください。
メール:coml@coml.gr.jp
電話:06-6314-1652(受付時間:月~金9:00〜12:00、13:00〜17:00、土9:00〜12:00)
COMLのWEBサイト(お問い合わせページ):http://www.coml.gr.jp/otoiawase.html
COMLでは、これまでに5万件を超える電話相談を受けてきました。このうち、私は2万件以上の相談を受けています。
皆さんの声を聞くなかで、これまで病気知らずの生活を送ってきた方が、ある日突然賢い患者になろうとすることや、自らの思いを言語化して医師に伝えることの難しさを痛感する機会は多々あります。むしろ、こういったことが初めからできる患者さんは少数派です。
次の記事『医師の説明を理解し、質問するために-「聞いていない」を減らしていこう』では、定義の4項目「思いの言語化」に焦点を当て、医師の説明を正しく理解し、自分の言葉で確認や質問していくための手法と地盤作りについてお話しします。