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第37回日本社会精神医学会 特別講演「人はなぜ依存症になるのか〜依存症と環境・社会〜」レポート-後半

第37回日本社会精神医学会 特別講演「人はなぜ依存症になるのか〜依存症と環境・社会〜」レポート-後半
松本 俊彦 先生

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 部長、国立研究開発法人 国立...

松本 俊彦 先生

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この記事の最終更新は2018年05月15日です。

去る2018年3月2日(金)、第37回日本社会精神医学会 特別講演「人はなぜ依存症になるのか〜依存症と環境・社会〜」が行われました。

講演者である松本 俊彦先生は、精神科医として、薬物依存症の患者さんの診療や研究に取り組んでいらっしゃいます。本記事では、引き続き、松本先生の講演内容についてレポートします。

薬を使った人が全員依存症になるわけではありません。学校の薬物乱用防止教育では、薬物を一回でも使用すると、脳内の報酬系に快感がインプットされ忘れられなくなると教えられることがあります。このため、最初の一回が「絶対にダメ」と教えられるわけです。

しかし、実際に、薬物を使用した人が必ず依存症になるわけではありません。なぜ一部の人しか依存症にならないのでしょうか。

ある行動をして、それまでに経験したことのない快感を得ると、それが忘れられず癖になってしまうことがあるといわれています。これは、実験心理学では、「正の強化」と呼ばれるものです。

しかし、私は、人間には正の強化はあまり効かないと思っています。なぜなら、人はとても飽きっぽいからです。どんなに面白い芸人さんでも頻繁にテレビに出演していると飽きられてしまうことがあるでしょう。

それにもかかわらず、なぜ一部の人たちは飽きもせずに同じ行動を繰り返すことができるのでしょうか。私は、これは「正の強化」ではなく、「負の強化」によるものではないかと思っています。つまり、行動によって快感を得たいからではなく、行動によって痛みや悩み、苦しみが一時的に消えるために繰り返し同じ行動をとってしまうのではないでしょうか。これが依存症なのではないかと考えています。

実際に、私がみている依存症の患者さんたちが薬を繰り返し使用するようになった背景には、薬によって紛らわさなくてはいけない辛い感情があると考えられます。つまり、依存症の本質は、快感ではなく苦痛なのではないでしょうか。

そんなに辛いんだったら誰かに助けを求めたらよいのではないか、という意見もあるでしょう。「もっと相談すればいい」であるとか「人に頼ってほしい」という声もあるのではないでしょうか。

しかし、薬物依存者やアルコール依存者の多くは、程度の差はありますが、さまざまな形で人に対する信頼感を失っています。他人に裏切られたり見捨てられたりした経験がある方が少なくありません。

患者さんのなかには、「人は必ず裏切るけれども薬は裏切らない」と話してくれた方もいます。逆のいい方をすると、依存症の根っこにあるのは、「安心して人に依存できない病」なのではないかと思っています。

安心して依存できるということは、気軽に相談できたり頼ったりできるということだと思うのです。依存症からの回復プロセスでは、「どうやって人にうまく依存できるようになるか」ということが課題だと思っています。そのときに注意しなくてはいけない点は、複数の関係者がサポートすることです。あるいは、グループでサポートすることもよいでしょう。

1対1の関係は不安定になりやすく、「また見捨てられるかもしれない」という依存関係になりやすいといわれています。一人がいなくなったとしても場は続くよう、ネットワークのなかでサポートすることが大切になるでしょう。

薬やアルコールを数日単位や数時間単位でやめることは簡単なことかもしれません。難しいのは、やめ続けることです。

薬やアルコールは、一時的に苦痛をやわらげる「心の松葉杖」として機能していたのではないでしょうか。このため、やめ続けるためには代わりの松葉杖が必要になります。より健康的で、より安全な松葉杖は何かということが課題でしょう。

我々医師も、依存症の患者さんを診察するときには、改めなくてはいけないことがあるかもしれません。長期にわたる自立支援で必要なことは、

「この薬はあなたに何を与えてくれましたか」

という問いです。

一時的にではあっても、薬は患者さんにとってよいものを与えてくれたのだと思うんです。その変わりになる、より安全で健康的な松葉杖が何かを考えて支援の計画を練っていかなければなりません。その松葉杖が何かについて、いくつかヒントになるものがあります。

ヒントになるものの一例として、ある実験をご紹介します。1978年にサイモン・フレーザー大学のブルース・アレグサンダーという心理学者が発表した「ネズミの楽園」と呼ばれる実験があります。この実験では、40匹のネズミを2つのグループに分けました。

1つのグループでは、金属の檻のなかに1匹ずつ隔離してネズミを入れ、鍵をかけて管理しました。食事は1日に1回、決まった時間に与えます。もう1つのグループでは、人工的につくった「楽園」と呼ぶにふさわしい場所に入れました。温度がちょうどよく保たれ、床はウッドチップが敷き詰められてふかふかです。餌も好きなときに食べたいだけ食べることができます。

この2つのグループに、それぞれ2つの飲み物を与えました。一つは普通の水です。もう一つは、モルヒネを混ぜた水です。この2つの水を2つのグループのねずみに与え、60日間観察しました。結果は、一匹ずつ隔離されたグループのモルヒネの消費量が圧倒的に多かったのです。

私は、この実験から、ある仮説が成り立つと考えています。それは、孤独な状況や、閉塞感があり自分の裁量が効かないような状態であると、人は依存症になりやすいのではないか、ということです。つまり、しんどい人の方が依存症になりやすいんじゃないかという仮説が成り立ちます。

この実験には、さらに続きがあります。檻のなかで完全にモルヒネに依存するようになったねずみを一匹だけ楽園の方に移しました。そのねずみは、最初は他のねずみとうまく交わることができずにひとりぼっちでいましたが、数日の間に他のねずみと仲良くなり遊ぶようになりました。

そうして他のねずみと交流するようになると、そのネズミは、モルヒネ水ではなく普通の水を飲むようになっていました。

依存症からの回復には、閉じ込めておくのではなく、コミュニティーのなかにいた方が効果があるのではないでしょうか。すると、もう一つ、議論しなくてはならない課題がでてきます。それは、いかに依存症から回復しやすいコミュニティーをつくるかということです。いかに社会を変えるかということです。

依存症から回復しやすいコミュニティーをつくるという観点からみると、近年、私にはもどかしく思うことがあります。

たとえば、著名人の薬物事件があると、報道が過熱します。報道の度に、覚せい剤のイメージ画像が映し出されることになります。そのイメージ画像で欲求を刺激され、一生懸命回復しようとしている患者さんが再使用してしまうケースがあるのです。

さらに、テレビではコメンテーターが、薬物使用で逮捕された著名人に対して「もうダメだ」「終わった」「失望した」などとコメントすることがあります。これは、一生懸命治療に取り組む患者さんが「自分がいくら頑張っても社会に居場所はないのではないか」と、治療意欲を失ってしまうことにつながりかねません。

予防啓発には、「人間をやめますか。覚せい剤をやめますか」のような標語が使用されます。それによって薬物に手を出さなかった人たちもいるのかもしれません。しかし、予防啓発は偏見を強め、地域の共生が阻害されている可能性もあると思っています。

また、私は犯罪化することにも疑問を抱いています。もちろん、法律であるならば受け入れるしかありませんが、刑務所にいくことで大切な味方を失ってしまうケースもあります。さらに履歴書に書けない空白部分ができ、社会に居場所をつくることが難しくなる方もいます。

実際に、2001年より違法薬物の所持や使用を非犯罪化したポルトガルでは、薬物使用の割合、薬物過量摂取で亡くなる人の割合が激減したといいます。ポルトガルでは、犯罪化する代わりに、ソーシャルワーカーが就労支援や回復プログラムを行うなど、地域で薬物依存者をサポートしたのです。

お話ししたようなことを踏まえて、私なりに「薬に代わる心の松葉杖」は何かについての考えをお話しします。もちろん、人によって代わりの松葉杖は異なるでしょう。ある人にとっては経済的な支援であるかもしれないし、ある人にとってはトラウマの問題を解決することであるかもしれません。

しかし、どんな人にも共通しているものは、「人とのつながり」なのではないかと思っています。ポルトガルの政策がうまくいった要因は、隔離して孤立させるような政策ではなく、地域のなかで居場所を与える政策であったからなのではないでしょうか。

覚せい剤を長くつかっている薬物依存者は、人とのつながりや居場所など多くのものを失っているケースが少なくありません。人とのつながりを失わない施策が何かということを考えていく必要があるでしょう。

孤立していると人は依存症になりやすくなってしまいます。依存症の回復のためには、いかに孤立させないかが重要になるのではないでしょうか。

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