患者さんが自宅にいながら医師の診療を受けられる在宅医療。共に過ごしてきた家族に見守られながら最期のときを迎える「在宅での看取り」を含め、人生で残されたときを在宅で過ごしたいという方が徐々に増えてきています。しかしながら、病院での医療が主流である日本では、在宅医療で具体的にどれほどのことができるのか、知らない方も多いのではないでしょうか。高齢者数の増加や医療従事者不足が懸念される地域では、従来の医療に加えて、在宅医療の推進が重要です。横須賀市と横浜市を中心に地域の在宅医療に取り組まれる、医療法人社団小磯診療所理事長の磯崎哲男先生にお話を伺いました。
在宅医療とは、一言でいえば「人の生活を支えるための医療」です。病院などの医療機関で行われる医療が「治すための医療」であるのに対して、在宅医療は治すことを目的にしていません。患者さんがご自宅で療養できる良好な環境を整え、患者さんの健康状態を管理することで、その方の現在の生活レベルを維持して日々の生活が送れるように支えることが目的です。
治すことを目的にしない在宅医療が、具体的にどのようなことを・どれほどできるのか、よくわからないという方も多いのではないでしょうか。
一般のご家庭には病院のような設備がないため、在宅医療にはできることに限界があると思われるかもしれません。しかし、一般的な診療の範囲であれば、病院の病室での医療と在宅医療で行う診療のレベルに大きな差はありません。
在宅医療の最大のメリットは、療養環境のよさとプライベート空間の確保です。
病院で治療する場合、基本的には複数人がひとつの大部屋に入院します。つまり、患者さんは家族以外の見知らぬ方と同じ部屋で生活を送ることになります。それぞれの患者さんは、入院時期、かかっている病気、生活リズムなどのあらゆることが異なります。そのような環境で残りの時間を過ごすことに大きなストレスを感じる方もいます。
住み慣れた自宅で療養する在宅医療の場合、患者さんはプライベート空間の確保された環境で自由に過ごすことができますし、ご家族が常に近くにいるため、精神的にも落ち着いた状態で、安心して生活を送ることができます。最大のメリットは、住み慣れた家で家族の存在を近くに感じることができる点です。
ご家族が患者さんのケアの一部を担わないといけないので、病院での医療に比べてご家族の負担が大きくなってしまいがちです。
当診療所の場合、末期がんの患者さんに対する平均訪問日数は約80日です。がん患者さんのような重症の方のケアは大変だと思われることが多いのですが、(逆説的ですが、)重症であるほどご本人が1人で動けなくなるので、家族が絶え間なく見守る必要性が減り、時間を決めての身の回りのケアや服薬のお手伝いなどで患者さんを支えられることも少なくありません。そのため、余命がある程度予測でき、在宅療養の期間が限定されるがんの在宅医療の場合、ほとんどのご家族が最期の看取りまで自分たちの手でケアを続けられます。実際に当診療所で診ているがん患者さんのうち、9割弱の方が在宅での看取りを達成しています。
一方で認知症など、直接命を脅かさない病気の患者さんの場合、症状の程度によりますが、家にいてほしいのに外を歩き回ったり(徘徊)、薬をきちんと飲んでくれなかったりといったトラブルにも対処しなければならないことがあります。そのようなケースでは、在宅療養期間の見通しが立たないまま、公的介護サービスを利用しつつ認知症患者さんへのケアをご家族も続けなくてはならない可能性があります。
在宅医療におけるご家族の負担は、患者さんの抱える病気の種類や患者さんの容体によって異なるので、一概に負担の程度を述べることはできません。しかし、これからは、患者さんとそのご家族が安心して在宅医療を受けられるように、在宅医療や介護サービスの体制強化が求められます。
高齢化が進行する日本では、財源や医療従事者の確保が課題となります。
いわゆる「団塊の世代」が後期高齢者となる2025年から、医療や介護の需要や医療費が急激に高まることが問題視されています(2025年問題)。
横浜市は人口が多いため、1年あたりの高齢者数の増加が著しい自治体です。横浜市の調査によると、市内在住の65歳以上の高齢者数は、2015年に約85万人、2016年に約87万人、2017年に約89万人、そして2018年には90万人を突破しました。近年では、毎年1万人以上のペースで増加していることになります。
しかし、かかりつけ医を持たない横浜市民は5割を占め、実際に自分や家族が病気にならない限りはそもそも医療に関心を持っていないという方も少なくありません。実際のところ、病院と地域の診療所の役割分担*について知っている方は市全体の2割弱にとどまります。病院と地域の診療所の役割分担が認知されなければ、外来診療の受付時間外である休日・夜間に病院の救急外来を軽症の患者さんが安易に受診する「コンビニ受診」や、緊急性の低い疾患での不適切な救急車の呼び出しなどの問題が発生してしまいます。
横浜市における人口10万対医師数・看護師数は2019年2月現在で全国平均を下回っており、対応できる範囲には限界があります。一方で、病院や救急医療などの地域医療の充実を求める声は、横浜市に多数寄せられています。
このような状況下で横浜市の地域医療を推進し、地域にお住まいの方々の健康を守り続けるには、どのような工夫をすればよいのでしょうか。
役割分担…ここでは一般的な風邪や軽いけがなどは診療所、命にかかわる病気や重篤なけがの場合は病院を受診するといった、大病院と地域の診療所の診療の機能役割分担のこと
保険医療には、予算(公費+保険料+自己負担金)および医療を供給する人材が必要です。しかしながら、公費や保険料はすでに限界を迎えており、これ以上の医療費増額は現実的ではありません。また急増する需要に見合った医療介護供給側の人材の確保も、労働者人口が減少し、高齢者が急増する日本では難しいでしょう。これからは今ある医療資源(費用、人的資源)を効率的に使うことが求められてきます。
安定した地域医療を守り続けるために重要なことのひとつに、市民の方々の地域医療に対する理解があります。地域医療の現状と適切な利用方法を、市民の方々によく理解していただくことです。
積極的に病院と診療所の役割の違いや、身近なところに医療があることなどについて啓発し、市民の方々に医療への関心を持っていただくと共に、理解を深めていただくための努力を行政や医療者側も払うべきなのです。
医療機関にかかる前に、病院と診療所どちらを受診するか、夜間受診をするほど緊急性が高い症状か、在宅医療を活用するべきかなどを一人ひとりが考えて選択できるようになれば、医療資源を有効に活用することができるでしょう。医療資源は皆さんの共有財産であり、どのように守っていくかを考えることが、結局ご本人に返ってくることになります。
重症心不全や末期がんなどの根治が望めない病気で治療を受けている方の場合、いつ「治すための医療」をやめるのかは難しい問題です。実際に、終末期を迎えた約7割の方は、自分自身で医療に関する意思表示をすることができなくなるといわれています。
そこで、万が一のことがあったときに備えて「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」をしておくことを推奨します。
アドバンス・ケア・プランニングとは、自分が納得できる形の医療を最期まで受けるために、人生の最終段階で希望する医療について事前に考え、医師や家族と共有する取り組みです。
終末期を迎えたとき、治療を受けてできるだけ長く生きたい方がいれば、余命が短くなるとしても必要以上な治療を受けたくない方もいらっしゃいます。アドバンス・ケア・プランニングで事前にご家族やかかりつけ医と話し合っていた場合、ご本人の意思に沿った治療・ケアを行うことが可能です。
アドバンス・ケア・プランニングを実施する時期に明確な定めはありませんが、「65歳を過ぎたら」「還暦になったら」など、ご自身の中で意思決定をする年齢の目安をつけておくとよいでしょう。
小磯診療所では、横浜市・横須賀市における在宅医療の推進を目指して、診療から訪問看護、啓発活動のための講演など幅広く取り組んでいます。詳細は下記の記事をご覧ください。
https://medicalnote.jp/contents/160523-004-GE
並木小磯診療所のホームページ
http://namiki.koiso-clinic.or.jp/
小磯診療所のホームページ
http://www.koiso-clinic.or.jp/
安定した地域医療を市民の方々に届けられるように、行政や医師会の関係者があらゆる策を講じています。今回のお話を通じて、皆さんが地域医療の供給体制の現状について知り、今後医療にアクセスする際の選択肢を広げていただければ幸いです。地域医療は皆さんの財産でもあります。市民の皆さんとともにこの財産を守り、発展させていきたいと思います。
医療社団法人小磯診療所 理事長
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。