一度心不全を発症すると、常に再発のリスクを抱えた生活を送ることになります。再び症状が増悪して再入院となり、入退院を繰り返していくうちに、徐々に身体機能が低下し、死に至るケースも珍しくありません。そのため、心不全患者さんに対しては、再発予防とともに、いかに生活の質(以下、QOL)を低下させないかという観点での緩和ケアが必要だといわれています。
今回は、心不全患者さんに対する緩和ケアの必要性について、北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授の安斉俊久先生に伺いました。
心不全に対する緩和ケアとは、心不全を発症した段階から、患者さんのこれからの生活をできるだけよりよいものにするために、多職種のスタッフによって患者さんをサポートすることです。患者さんに「緩和ケアを行います」とお伝えすると、「治療の余地がないのか」「そんなに悪いのか」とショックを受ける方も少なくありませんが、心不全に対する緩和ケアは早期から実施することが望ましいとされています。
なぜ、早い段階から緩和ケアをするのかというと、心不全で亡くなる前の患者さんは、がん患者さんと同じか、もしくはがん患者さん以上にQOLが低下するというデータがあるためです。そのQOLの低下をできる限り避けるために、早期のうちから緩和ケアを行う必要があります。
心不全が進行すると、呼吸困難や全身の倦怠感、痛み、抑うつ症状などが現れてきます。呼吸困難や全身の倦怠感などの身体的症状に対しては、投薬治療などを行います。精神心理的苦痛に対しては、メンタルケアなどの緩和ケアを行っていきます。投薬によって不安症状をやわらげることもあります。しかし、抗うつ剤には心不全自体を治療する効果はありませんので、私は運動療法*による精神心理的苦痛の緩和を推奨しています。
また、働き盛りの患者さんであれば、心不全によって、自分の思うように仕事に取り組めなくなる方もいらっしゃいます。そうした社会的苦痛に対しては、臨床心理士や、カウンセラー、医療ソーシャルワーカーなどの多職種のスタッフたちが協力して患者さんを支えます。
*運動療法について、詳しくは記事1『心不全治療後に気を付けることとは? 心臓リハビリテーションの重要性について』をご覧ください。
アドバンス・ケア・プランニング(以下、ACP)とは、患者さんの意思決定能力が低下する前に、患者さんが「どのように生きたいか」「どのようにすれば納得できる人生を全うできるか」を、あらかじめ患者さんやそのご家族と医師とで一緒に考えておくことです。
私が実際にACPを実施するときは、「今後はどのようにして過ごしていきたいか」など、患者さんと会話をしながら患者さんが望まれていることを伺っていきます。そのなかで、たとえば「海外旅行がしたい」とおっしゃる場合は、「どうすれば海外旅行ができるまで生活がよくなるか」といったことを患者さんとそのご家族と一緒に考えます。
「ご家族を心配させたくないから」という理由で、たった一人でACPを受けることを希望する患者さんも珍しくありません。なかには、「本当はこうしたい」という希望をお持ちなのに、「家族に迷惑がかかるから」と、ご自分の希望とは異なる選択をされる患者さんもいらっしゃいます。
しかし、ご家族と一緒にACPを受けると、ご家族から「できるだけ長く元気でいてほしい」といったご意見が出ることも多々あります。そうすると、「そこまで思ってくれるのなら、生活習慣を見直してみよう」「もっと長生きできるように頑張ろう」などと、前向きになる患者さんもいらっしゃいます。
ACPを実施するメリットは、患者さんのQOLの改善が期待できることです。生活習慣の改善に前向きになったり、気持ちが明るくなったりする、また、人生の最終段階における医療(終末期医療)*においては、患者さん本人もそのご家族も、希望した最期を迎えられるということも挙げられます。
デメリットは、心不全に限らないことですが、どうしても「どのような最期を迎えたいですか」という質問を避けることはできませんので、患者さんが強いショックを受けたり、強い不安に襲われたりするリスクがあることです。だからこそ、ご家族も交えて、患者さんのこれからの人生を考えていただくことが大切だと思います。
*平成27年3月に厚生労働省 検討会において終末期医療から名称変更
一番大切なのは、適切な心不全治療を受けていただくことです。心不全の治療には、さまざまな方法が考えられます。苦しいからといってオピオイド系鎮痛薬などを使用するのではなく、その原因を探り、塩分過多が原因であれば食事の改善によって症状がよくなることもあります。病院で受ける治療だけではなく、生活習慣の改善や運動療法など、患者さんご自身で日々取り組んでいただく治療もあります。また、ドナーが見つかれば心臓移植という方法もありますし、2011年には、補助人工心臓という医療機器を付ける治療方法が保険償還されました。心不全治療は日々進化しています。ご家族や医師と十分に相談して、QOLを低下させないよう、可能であれば緩和ケアを受けながら、適切な治療を受けてください。
また、お一人で悩まずに、困っていることや不安に思っていることは何でも医師やスタッフに話してください。心不全の緩和ケアのスタッフたちは、メンタルケアの専門性を持っていたりと、治療と仕事の両立をするための知識を持っていたり、それぞれに豊富な専門知識を持っていることもありますので、ぜひ利用していただけたらと思います。
ご家族の皆さんはきっとご存じかと思いますが、患者さんはとても大きな不安や心配を抱えていると思います。もしかしたら、ご家族が驚かれるような諦めの言葉を患者さんがおっしゃることもあるかもしれません。しかしそれは、ご家族への過度な思いやりから発した言葉なのかもしれないし、あまりに大きな不安や心配から、患者さん自身の本当の望みを見失っているだけなのかもしれません。
そのような場合、ご家族がどれほど患者さんのことを大切に思っているかを、患者さんに伝えていただくことが大切です。ご家族が生活習慣の改善を積極的にサポートしてくれたり、ACPに参加したりして、患者さんの治療や緩和ケアに積極的になればなるほど、患者さんは自分自身の病気と向き合えるようになるはずです。ぜひ、ご家族の思いを、患者さんに伝えてください。
北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授、心不全低侵襲先進治療学 教授(兼任)、心不全遠隔医療開発学 教授(兼任)、心不全医薬連携開発学 教授(兼任)
北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授、心不全低侵襲先進治療学 教授(兼任)、心不全遠隔医療開発学 教授(兼任)、心不全医薬連携開発学 教授(兼任)
日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医・内科指導医日本循環器学会 循環器専門医
情熱と愛情を持って医療に臨む
慶應義塾大学を卒業後、同大学で初期研修医として研鑽を積み、浦和市立病院の内科を経て、再び慶應義塾大学にて循環器内科医としての手技を身につける。その後、慶應義塾大学 内科学の助手を務めるなかで、研究の魅力に強く惹かれ、没頭。カルフォルニア大学 循環器科に留学し、さらに研究を深めた。帰国後は慶應義塾大学 循環器内科学の専任講師に着任。その後、国際医療福祉大学 教授、国立循環器病研究センター 心臓血管内科部門 部長を務める。その後、高校3年生の修学旅行で訪れ、憧れを抱いていた北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授に着任。現在に至る。
安斉 俊久 先生の所属医療機関
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