心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」という定義が近年、日本循環器学会/日本心不全学会より発表されました。一度でも急性心不全を発症すると、治療をした後も再発のリスクを抱えた状態になります。再発を繰り返すと、心臓の機能は徐々に弱り、命に関わることもあります。しかし、適切な心臓リハビリテーションを受けながら、日常生活において心不全予防を心がけることで、病気の進行を遅らせることが可能だといわれています。
今回は、心不全治療後に行う心臓リハビリテーションの重要性について、北海道大学病院 医学研究院 循環病態内科学 教授の安斉俊久先生に伺いました。
心不全は、適切な治療をしても、再発の可能性が高いことが特徴です。再発を繰り返すごとに、心臓の機能がだんだんと弱っていき、時には命に関わることもあります。
心不全は、その進行度に応じてステージA~Dの4段階に分類されます。ステージAやBは心不全を発症するリスクがありますが、まだ発症していない段階です。一度発症するとステージCとなります。そして、心不全発作を何度か繰り返し、治療が難しくなってくると、ステージDへ移行します。
ステージC、つまり心不全を発症した方は、心不全を再発させないために、心臓リハビリテーションにしっかり取り組んでいただくことが重要です。心臓リハビリテーションは、運動をするだけではありません。心不全という病気を正しく理解し、適度な運動を行い、生活習慣を改善するといった、包括的なリハビリテーションです。具体的には、以下のようなことを行います。
1)心不全への理解を深める
2)運動療法で心身を鍛える
3)生活習慣を改善する
心臓リハビリテーションにおいて行われる具体的な内容について、次項から説明します。
まずは、心不全への理解を深めていただくことが、心臓リハビリテーションの第一歩です。
がんと心不全を比べると、がんのほうが命に関わるというイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。しかし、実際はそうではありません。全てのがんの5年生存率は約58%ですが、心不全の5年生存率は約50%であり、5年生存率はがんと同等、あるいはがんよりも低い傾向があります。
心不全は心臓移植以外では根治が難しく、治療を受けて一時的に症状が改善したとしても、無理をしたり不摂生をしたりすると再発を繰り返し、徐々に病気が進行します。しかし、正しく心臓リハビリテーションに取り組むことによって、進行を遅らせたり、再発のリスクを抑えたりすることができます。
このように、患者さんが心不全への理解を深め、心臓リハビリテーションに積極的に取り組んでいただくことが、心不全の再発予防にとって重要なのです。
ここでは、心臓リハビリテーションにおいて行われる、当院での運動療法の流れをご説明します。
初めて運動療法を行う患者さんの場合は、自転車(エルゴメーター)を一定時間こいでいただき、心肺運動負荷試験を受けていただきます。この試験を受けることで、患者さんがどのくらいの運動できついと感じるかを数値化することができます。この運動のきつさを示す数値を、「ボルグ指数」といいます。そして、患者さん一人ひとりのボルグ指数に合わせて、医師が運動メニューを決定します。
運動開始前には、問診、体重・心拍数・血圧の測定、むくみの確認を必ず行います。異常がなければ、運動を開始します。
病院の外来で行う場合は、自転車(エルゴメーター)を用いることが多いです。運動は、一人ひとりのボルグ指数に合わせて運動量を調整します。ボルグ指数には6~20までの値があり、6は「安静状態」、20は「これ以上運動ができない」という状態を指しています。患者さんには、ボルグ数値が11~13である「楽」~「ややきつい」の間になるような有酸素運動をしていただくことが基本です。このように、1回30分くらいの運動を、週3~5日ほど、無理のない範囲で続けていただくのが一般的です。
「今日は体調がすぐれないな」と思った日は、無理せず休むことも大切です。患者さんの中には、「運動しなくてはいけない」という義務感にかられて無理して運動する方がいらっしゃいます。しかし、無理して運動すると、心臓に負荷をかけすぎてしまい、心不全の再発を促すこともあります。そのため、医師に相談しながら、適切な運動量を確認してください。適切な運動量を続けていれば、運動することが徐々に楽になっていきます。ですが、疲労が取れないような場合は、運動量が適切ではない可能性があります。疲労感が続く場合は、早めに主治医にご相談ください。
運動療法の目標は、早く走れるようになることや、長く走れるようになることではなく、「心不全を悪化させないこと」です。決して無理をせず、心臓に負担をかけない程度の運動を心がけてください。
心臓リハビリテーションは、運動療法以外に、適量の食事、減塩、飲酒・喫煙の節制といった生活習慣の改善が大切です。
塩分の摂取は、1日6g未満にしましょう。塩分を摂りすぎると、体の中を循環する血液量が増加して心臓に負荷がかかります。心不全を発症した方は、摂取した塩分が体内に溜まりやすいようなホルモンバランスになっています。「たまには塩辛いもの食べよう」と思ってつい食べてしまうと、徐々にその回数が増えていき、結果的に塩分を摂取しすぎてしまい、それが元で心不全を再発される方も少なくありません。心不全によって再入院となる大きな原因が塩分制限の不徹底といわれていますので、十分に気を付けることが重要です。
運動療法とともに大切なことが、良質な栄養バランスの食事を取ることです。せっかく運動しているのに、食事のバランスが取れていなければ筋肉が衰えてしまいます。三大栄養素である「たんぱく質、脂質、炭水化物」をしっかり摂取しつつ、ビタミンやミネラルなどそのほかの栄養素もバランスよく取りましょう。
一般的に、純アルコール20g未満であれば、飲酒しても問題ありません。純アルコール20gのめやすは、ビールでは中びん1本、日本酒では1合くらいです。
喫煙している方は、禁煙しましょう。喫煙は、心不全の再発リスクを高めるものであり、禁煙によって心不全を含む心血管疾患の再発率が下がることが分かっています。
睡眠時間は、6~7時間ほど取るとよいでしょう。ただし、適切な睡眠時間は一人ひとり異なるため、どうしても眠れないときに「寝なければ」と思うのも、またストレスになってしまいます。自然に眠くなったらしっかりと睡眠を取り、規則正しい生活を心がけましょう。
心不全の再発は、自分ではなかなか気付きにくいものです。できるだけ早い段階で再発に気付くためには、体重や血圧をこまめに測定することが有効です。
心不全によって、血流の流れが悪くなり、体に水が溜まってしまうと、1週間のうちに2~3kgも体重が増加することがあります。急に体重が増えるようなことがあれば、心不全再発の疑いがあります。
また、心不全が進行してくると、脈拍が速くなることがあります。そのため、血圧をこまめに測定して、ご自分の脈拍に異常がないか確認するようにしましょう。
心不全の再発を予防するために、心臓リハビリテーションに取り組むことで、体の運動能力が高まります。息切れが軽減されるようになり、歩行距離が増え、日常生活における行動範囲が広がります。
また、うつ病発症の予防効果もあるといわれています。心不全を含む冠動脈の病気を発症した患者さんの中で、うつ病を患う患者さんは珍しくありません。「心不全はだんだんと悪くなる病気です」と説明すると、「ささいなことで悪化するかもしれない」「すぐ再発するかもしれない」といった不安な気持ちに襲われると思います。もちろん、治療の中で看護師や臨床心理士などが患者さんの気持ちに寄り添い、うつ病の発症を防ぐサポートをしますが、運動することによって気持ちが前向きになったり、不安が解消されたりする効果も出ています。
このように、心臓リハビリテーションによって、患者さんの生活の質(QOL)の向上が期待できます。
心臓リハビリテーションに取り組むと、塩分制限の徹底、バランスのよい食事、規則正しい生活、体重や血圧の測定、運動療法など、日常生活のさまざまなことに気を付ける必要があるため、苦労される方も多いと思います。しかし、心臓リハビリテーションは体の機能だけに効果があるものではありません。積極的に取り組むことで、心不全再発のリスクが減ったと安心感を持つこともでき、心身共に健康になることができるというメリットもあるのです。
ぜひ、よりよい生活を目標にして、積極的に心臓リハビリテーションに取り組んでいただきたいです。
北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授、心不全低侵襲先進治療学 教授(兼任)、心不全遠隔医療開発学 教授(兼任)、心不全医薬連携開発学 教授(兼任)
北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授、心不全低侵襲先進治療学 教授(兼任)、心不全遠隔医療開発学 教授(兼任)、心不全医薬連携開発学 教授(兼任)
日本内科学会 認定内科医・総合内科専門医・内科指導医日本循環器学会 循環器専門医
情熱と愛情を持って医療に臨む
慶應義塾大学を卒業後、同大学で初期研修医として研鑽を積み、浦和市立病院の内科を経て、再び慶應義塾大学にて循環器内科医としての手技を身につける。その後、慶應義塾大学 内科学の助手を務めるなかで、研究の魅力に強く惹かれ、没頭。カルフォルニア大学 循環器科に留学し、さらに研究を深めた。帰国後は慶應義塾大学 循環器内科学の専任講師に着任。その後、国際医療福祉大学 教授、国立循環器病研究センター 心臓血管内科部門 部長を務める。その後、高校3年生の修学旅行で訪れ、憧れを抱いていた北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授に着任。現在に至る。
安斉 俊久 先生の所属医療機関
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