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僧帽弁閉鎖不全症の治療――​​手術と小さい創で行う“MICS”について

僧帽弁閉鎖不全症の治療――​​手術と小さい創で行う“MICS”について
下川 智樹 先生

帝京大学医学部附属病院 心臓血管外科 主任教授

下川 智樹 先生

目次
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僧帽弁閉鎖不全症の治療では、血液の逆流が軽度の場合は、経過観察あるいは薬物治療を行います。しかし、中等度以上になると根本的な治療として手術が検討されます。

今回は、僧帽弁閉鎖不全症の手術やMICSと呼ばれる低侵襲心臓弁膜症手術について、榊原記念病院 心臓血管外科 成人 主任部長、帝京大学医学部附属病院 心臓血管外科主任教授を務める下川 智樹(しもかわともき)先生に伺いました。

僧帽弁閉鎖不全症は、症状があれば手術の適応となります。また、無症状であっても心臓が拡大している場合や、動きが落ちている場合も手術が検討されます。

無症状で心臓が拡大していない場合であっても、僧帽弁の閉鎖不全が認められ、90%以上の可能性で僧帽弁形成術が実施できると考えられる場合は、手術の適応となります(ただし、手術の経験豊富な施設での実施が推奨されます)。

治療を受ける病院選びを含めた“僧帽弁閉鎖不全症の治療において大切なこと”は、こちらのページをご覧ください。

僧帽弁閉鎖不全症の手術には、“僧帽弁形成術”と“僧帽弁置換術”の2種類があります。

僧帽弁形成術とは、自分の弁を機能するように修復する手術です。一方、僧帽弁置換術とは、自分の弁を切除し、人工弁に取り替える手術です。

器質性(僧帽弁自体が厚くなって起こるもの)の僧帽弁閉鎖不全症に対しては、僧帽弁形成術が第一選択です。人工弁を使用すると、再手術や合併症のリスクがあるためです。

基本的には、僧帽弁形成術で修復を試みます。しかし、感染によって弁が破壊されている、弁が硬くなっているなど、修復不能と判断された場合は、僧帽弁置換術に切り替えます。このような点から、人工弁を“生体弁”にするか“機械弁”にするかを、手術前に患者さんに決めていただく必要があります。

機能性(虚血性心筋梗塞(きょけつせいしんきんこうそく)心筋症心房細動などによる心拡大が原因で起こるもの)の僧帽弁閉鎖不全症については、心臓の大きさや筋肉の傷み具合によって、僧帽弁形成術と僧帽弁置換術を使い分けます。それぞれの患者さんに合った方法で行うことが基本です。

生体弁とは、ウシやブタなどからつくられた人工弁を指します。一方、機械弁とは、金属でつくられた人工弁です。どちらの弁に取り替えても生命予後はあまり変わりません。つまり、長生きできるかどうかに、さほど差はないということです。

●僧帽弁置換術における“生体弁”と“機械弁”の使い分け

生体弁のデメリットとしては、だいたい15年ほどで傷んでくるため、その際、もう一度手術を行う必要がある点です。

機械弁のデメリットとしては、術後、生涯にわたって抗凝固薬を飲む必要がある点です。抗凝固薬とは、血液をサラサラにする薬で、まれに脳出血が起こるリスクがあります。また、飲み合わせの観点から、ビタミンKの多い納豆やクロレラ、青汁などの食品は避けなければいけません。

これらのデメリットを踏まえて、一般的には、65歳以下の方には機械弁を、65歳以上の方には生体弁を使用することがすすめられます。心房細動がある方は、どちらにせよ抗凝固薬を飲まなければならないため、機械弁を選択することが一般的です。

ただし、患者さんは、一人ひとりライフスタイルが異なります。もう一度手術を受けてもよいから抗凝固薬を飲みたくないと、若くても生体弁を希望される方もいらっしゃいます。また、65歳以上の高齢の方でも、二度と手術をしたくないからと機械弁を希望される方もいらっしゃいます。このように、僧帽弁閉鎖不全症の手術の際は、メリットとデメリットをよくお伝えしたうえで、最終的に患者さんに治療法を選択していただきます。

“僧帽弁形成術”と“僧帽弁置換術”の手術の流れは、ほぼ同じです。

まず、人工心肺を取り付けます。胸骨正中切開を行う場合には、胸の真ん中を15〜25cmほど切開し、胸骨と呼ばれるかまぼこ板のような骨を切ります。心臓の表面にある心膜を切開すると心臓が表出するため、人工心肺の血液を送る管と抜く管を取り付けます。そして、心筋保護液を流して、心臓の動きを止めます。

弁の修復、もしくは人工弁の取り付けを行い、その後、心臓に血液を流し始めると心臓は再び動き出します。人工心肺の力を少しずつ弱めて、超音波検査で逆流が消失したと確認できたら手術は終了です。

一般的に、僧帽弁閉鎖不全症の手術時間は、麻酔を含めて4〜6時間ほどかかります。手術が終わったら集中治療室に移ります。術後は、局所麻酔薬を使うことで痛みを緩和させます。

手術の翌日以降は、リハビリテーションも兼ねて立って歩いていただきます。手術後は、1〜2週間ほど入院します。

僧帽弁閉鎖不全症の術後半年ほどは、無理をせず、ゆっくりした生活を送っていただきたいと思います。具体的に何かを禁止したり制限したりするわけではないですが、飲み会などの夜の付き合いはなるべく控えてほしいと伝えています。何より大切なことは、無理をしないことです。

術後は、調子がよいときと悪いときの波が出てくるため、ご自身でも体調の変化をキャッチし、判断できるようになると思います。半年経った時点で逆流がきちんと治っていれば、基本的にその後は問題ないと思ってもらってよいでしょう。

MICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery)とは、低侵襲心臓弁膜症手術のことです。

“低侵襲”とは、患者さんの身体的な負担が少ないことを指します。前述した胸の真ん中を縦に大きく切開する胸骨正中切開とは異なり、右胸からわき腹にかけて5〜8 cmという小さい創で行う方法です。胸骨を切らないため、出血や術後の不整脈が少なく、回復が早いというメリットがあります。残る傷口も小さいため、精神的な負担も軽減されます。

胸骨正中切開をして胸骨を大きく切ると、骨がくっつくまでに時間がかかり、社会復帰に時間がかかります。しかし、MICSでは基本的に胸骨を切らず、小さい創で行うため、術後にライフスタイルが大きく変わらないことがメリットです。私は、患者さんが術後に1日でも早く社会復帰できるよう努め、手術をしたことを忘れて生活を送れるようなMICSを目指しています。

MICSは、全てのケースで適応となるわけではなく、手術リスクの低い患者さんに適応される手術です。緊急に手術をしなければならない場合や、いくつもの弁を同時に治す場合など、リスクが高い方にはMICSは不向きのため、従来の胸骨正中切開で手術を行います。

患者さんの適応とされる手術を間違えると、手術時間が長くなり、低侵襲ではなくなってしまいます。そのため、適応となる患者さんを適切に判断することが重要です。さらに、リスクが低い無症状のときにMICSで手術を行うことが大切であるといえるでしょう。

MICSが日本で行われるようになったのは、1997年ごろからです。当時は、小さい創で手術をするものの、従来の器具を使用していました。その後、MICS専用の器具ができたことで、さらに小さい創で手術を行えるようになりました。

2019年現在は、3D内視鏡や手術支援ロボットでMICSを行う時代に突入し、以前よりも安全かつ小さい創で手術を行うことが可能になっています。そのため、これからは、より小さい創に合った弁形成の手技を行う必要があります。

また、画面だけを見て手術を行うため、患部を直接目で見て縫うときの手技を変化させ、単純化していかなければなりません。そして、今後はこの新しい手技の耐久性についても、データを出していく必要性があると考えています。

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